6.
食事は思いの外美味しかった。
固めのパンとスープに肉を煮込んだもの、果物まで出されたので、シゲルが驚いていると、オスカーはどこか自慢げだった。
その様子を見るに、この食事は一般的ではなく、非常に高価なものなのだと推察された。
だが、驚いたのはそれだけではない。
ちゃんと味があるのだ。
「塩が……ある?」
シゲルが呟くと、村長は不思議な顔をした。
「お前のいた世界には塩はないのか?」
「あるよ!ありますよ」
異世界っていえば塩と胡椒は貴重なもんだろ?
なんでこんなにしっかり味があるんだよ。
「オシュクールの数少ない産業に塩がある。南の海から良質な塩が取れるし、北の山では岩塩が採れる。港もあるから香辛料なんかも手に入りやすい」
「なるほど……」
トイレにまで使えるほど、ギアが普及しているということは、工業技術や船舶技術もそれなりに普及してるということなのだろう。
だが――その割にオスカーの服は繊維こそ細かめだが麻でできているし、簡易的なチュニックにパンツといった典型的な中世のものだ。
女中にいたっては筒形のワンピースを胸元で縛って、前掛けをしている程度だ。
シゲルはもう少しだけこのアンバランスな世界を見てみたいと思った。
村長の家に風呂まであることに驚いたが、オスカーがわかりやすく自慢していたので、これも特別なのだろう。
魔力で動く水道に風呂とくれば、完全に異世界だ。
シゲルは寝る直前まで好奇心で胸がはやることが抑えられなかったが、ベッドに入ってやっと自分の置かれてる状況を整理する事ができた。
「お前がアベル王子と関係がない――とは考えられないが、それでも、お前が元の世界とやらに帰る手段を探したいって言うなら、やっぱり大森林に行くべきだ」
シゲルによる質問攻めのせいか、すっかり敬意を失ったオスカーだったが、それでもまだシゲルがアベル王子の現身である可能性は捨てていなかったらしい。
アベル王子の魂はまだ大森林にいて、生きている――オスカーの言ったことは、にわかに信じられなかった。
だが、あの声もそう言っていた。『僕の下へおいで』と。
シゲルは埃臭くて薄い布団を被ると、目を閉じた。
心地よい疲れで眠りに堕ちるシゲルは、みちるのことを思い出していないことに気がついていなかった。
異世界でも夏が暑いのは同じだった。
シゲルはオスカーから渡された、繊維の粗い麻でできたチュニックとパンツを着ていた。
朝の鐘が夜明けに5回鳴ったことから、恐らく5時あたりなのだろう。時計を見ると、ちょうど10時間ずれていたが、時間の概念は同じらしい。
「ここだ」
早朝から1時間近く歩かされて連れてこられたのは、石垣が並ぶ集落の一番先……昨日オスカーが言っていた大森林に最も近い場所に建つ小さな家だった。
「あの……」
「アーノン、いるか?」
シゲルを無視して、オスカーは石垣の合間に作られた木枠の門を開けて入る。
門の先には小さな畑があり、その奥に小さな家があった。
それなりに親しいのか、それともそういう文化なのか、オスカーは家の扉を勝手に開けて中に入って行った。
シゲルがどうすべきか悩んでいると、オスカーが手招きしたので、おずおずと続いた。
「こいつを俺にどうしろって?」
アーノンと呼ばれた男は、170cmのシゲルが見上げるほど背が高く、素晴らしく鍛え上げられた体つきをしていた。
白色に近い長い髪を後ろに縛り、灰色の瞳が鋭くシゲルを見つめていた。
素晴らしく整った顔をしているが、左眉尻から頬にかけての古い傷が、彼の顔の凄みを増しているように思えた。
シゲルが関わったことのない人種であることは、聞かなくてもわかる。
「どうしろって……昨日連絡した通りだ。お前のところで面倒を見てやってくれ」
オスカーの言葉は寝耳に水だった。
昨日はそんな事一言も――いや、大森林に行くべきだと言った時「手助けしてくれる人間を手配してやる」と言っていたような気がする。
それが……この人?
シゲルは自分を睨む灰色の瞳から逃げたかった。
「俺は弟子は取らん」
値踏みするようにシゲルを見た後、アーノンはオスカーに言った。
僕も弟子入りするつもりはありませんよ――と、言いたいのをぐっと堪える。
「それは知ってる。だが、こいつはどうしても大森林に行かにゃならん」
「素人が大森林に入る?尚更認められん」
そんなやり取りがしばらく続き、シゲルは自分の意見はそっちのけにされていることをどう伝えればいいのか悩んでいた。
そもそも、大森林に行けって言われたところで、魔獣とかいるんだろ?見た事ないけど、魔獣って言うくらいだからゲームのモンスターみたいなクリーチャーなんじゃないの。いやだよ、僕……
それでも、大森林を避けられないことは、不思議なほど理解できている。
その時だった。
「父さん!」
アーノンによく似た若い男が血相を変えて、家に飛び込んできた。
「どうした、パージ」
「エイク――エイクがサイノスに!治癒師を呼んでください」
エイクが運ばれてきたのは、その直後だった。
恐竜――としか言いようのない、博物館で見たオルニトミムスのような見た目の生き物に跨った、若い男が赤い髪の男を担いで裏庭にやってきた。
髪が赤いのか、血で染まって赤くなっているのか分からない。
だが、恐竜の鱗のようにひび割れた、鈍く光る皮膚に血がべっとりついている。
目の前に広がる衝撃に、シゲルは眩暈を覚えた。
エイクを運んできた、長い髪の男が震えながら腰のポーチからスクロールを取り出す。
「治癒師が来るのは明日だ。なんとか傷だけでも塞げば――」
オスカーの言葉に、男は涙目で頷く。
アーノンは冷静にエイクの傷口を押さえて出血を止めようとしている。
広げたスクロールは30cmほどの大きさで、アーノンは男から受け取るとエイクの体に押し付けた。
アーノンの体から魔力が流れていくのがわかる。
だが、シゲルの目にはそれが間違いだということがわかっていた。




