3.
浮遊感の後に体の感覚が戻ると、滋は自分の足元がないことに気が付いた。
正確には地面から数十センチ程の高さに体があったのだ。
それは、しばらくに感じられたが実は一瞬の出来事で、滋の体は地面に強く叩きつけられるように足元から落下――もとい着地し、地面に座り込んだ。
何……何、どういうことよ……
滋の困惑は当然で、手のひらから得られる感覚はアスファルトのそれではなく、踏み固められた土のそれだった。視界に広がる光景は、さっきまでの帰宅途中の町並みではなくクラシックなドラマで見たような――とても古めかしい、粗末ささえ感じる石造りや土壁で作られた家が並ぶ町並みだった。
さっきまで家に帰る途中の道を歩いていたはずの自分が、なぜここにいのか。いや、それよりもさっきまで確かに夜だったのに、なぜ今は昼なのだ。
さっきまでの蒸す暑さとは違う、乾いた暑さも混乱を増長させる。
戸惑う滋の周りには、あっという間に数十人の人垣ができていた。
「なんだこいつは――」「空から落ちてきたぞ」「いきなり空中に現れたんだ」
滋を囲む人垣から口々発せられる言葉は明らかに日本語ではない。
あまり語学が得意ではない滋でさえ、聞いたことがない発音の言葉であることはわかる。なのに理解できている。
「空中に――?王国の手の者か?」
「そんなバカな。王国がなんでこの村に。自殺行為だろ」
「まさかまた戦争に――?」
相手の言葉が分かるのなら自分の発する言葉も理解してもらえるはずだ。
だが、聞こえてくる言葉があまりにも物騒で、怖気付いた滋は、自分が持ってた鞄を抱きかかえるようにして、体を縮こめた。
どうしよう……どうしたら……
困惑しながらも、とりあえず状況を確認するために周囲を見回す。
滋を囲っている人たちは、見る限りちゃんと人間だ。
ただ、目鼻立ちはやたらくっきりしているし、髪も栗色や金色に近い麦わら色や赤毛が多く、見た目は西洋人のようにも見えるが、どことなく西洋人とも違う。
服装はチュニックやパンツで、一目で質の悪い繊維で作られたものだということが分かる。
以前、美術館でみちるが、14世紀イタリアの服装について教えてくれた特徴ととても似ている。さすが服飾系の専門学校出身だけある。
と、いうことはここはルネサンス前のイタリアなのかと思ったが、どう聞いてもイタリア語ではない。
そもそもイタリア語なら、なぜ話している内容がわかるのだ。
先ほど見た建物には、木戸の他にガラスらしい窓もはめ込まれていたので、少なくとも14世紀のイタリアにタイムスリップしたわけではなさそうだと、どこか冷静に考えていた。
で、あればあの時自分を包んだ光――あれが原因なのかもしれない。
宇宙人に攫われたか、あの有名な異世界転移か。
「しかし、こいつの格好を見ろ」
「見たことないくらい上等な服を着てる」
「王国の貴族か?」
「いや、俺が春の月に王国に行った時はこんな服着てるやついなかった」
「それにこの髪……バロッティか?」
「いや、顔が違うだろ」
もしかしたら夢なのかも知れない。
人々のざわめきを聞きながら、滋は全く現実味のない状況が飲み込めなかった。
しかし、夢でないことは手のひらから伝わる土の感触や、どこか懐かしさを感じる埃っぽい藁や木の香りが証明している。
宇宙人ならこんなロストテクノロジー感満載の景色のはずがない。――いや、待て。僕が生まれる前からやってる有名なSF映画の代表作のアレは、割とこんな世界だったっけ。
でも、だとしたら毛まみれのモフモフの獣人や、ナメクジみたいな奴とかもいるはずだけど、ここにいるのは人間だけだ。
って言うことは、異世界転移の可能性が高い。
「どういうことだよ!異世界とか普通死んでから行くんじゃないのかよ!僕――僕、死んだの?」
やっと出た言葉がこれだった。
しかし、自分の姿を見る限りさっきまでの帰宅途中の格好のままで、手に持っていた鞄だってある。
つまり、自分は死んでここに来たのではなく、何かしらの力でここに呼び寄せられたに違いない。
それまで呆然としていた滋が声を出したものだから、滋を囲っていた人だかりが一斉に半歩後ろに下がったのが分かる。
「あの――僕の言葉、わかりますよね?王国て何のことですか?バロ――何とかもちょっとわからないけど、僕気が付いたらここにいて、さっきまで全然違う場所にいたんですよ。……そうだ、異世界転移とかなら大体いるんですよね?魔法使いとか魔術師みたいなの!誰かが僕を召喚したんですよね?誰ですか?僕を元の世界に返してくださいよ」
堰を切ったように話すと、周りの後ずさった連中の気配が変わったのが分かった。
「なにをわけわからないことを言ってるんだこいつは――」
「魔法使いだって?そんなのこの村にいるはずがないだろ」
「でも、俺確かにみたぜ。こいつがいきなり目の前に現れるのを」
「そんな魔法は聞いたこともない。どこかの国が転移の魔法を見つけたってことか」
「バカか。そんなもんあるわけないだろ」
「どうする?とりあえず捕まえて領主様に――」
「村長が先だ。村長を呼んで来い」
滋の言葉が通じたことはわかったが、話が通じたかと言うとそうではなかったようだ。そして、この世界には魔法が存在するらしいことも。だが――
「捕まえるってなんだよ……」
魔法と聞いて一瞬ときめいたが、すぐにそんな場合ではないことを察した。
男達の意見がまとまったのか、一斉に覚悟を決めた目で滋を見ている。
「待ってよ。捕まえるってなんなんだよ!僕がなにしたってんだよ!僕だってなんでこんな世界に来たのかなんて知らないよ!帰らせてよ。明日はみちると大事な話をしなきゃなんだ!」
警戒しつつ四方からにじり寄る男達に、滋は逃げ場がないことを察した。
捕まえるって……捕まったらどうなるんだ?牢屋とかに入れられるの?もしかしたら最悪処刑とか――そんなのダメだ!
どうやったのか分からなかったが、捕まりたくない、こいつらから姿を隠したいと強く思った瞬間だった。
滋の周囲の土がせり上がり、男達と滋を隔てる壁になった。
なんだこれ。いつの間にできたんだ?
「ま……魔法陣を使わずに魔法を使っただと」
壁の向こうで戸惑う声が聞こえる。滋はぼんやりと、よく聞く無詠唱魔法がどうのこうのってやつかと考えた。男達のざわめきに耳をそばだてていると、「そんな――」「バカな」というテンプレート通りの言葉が聞こえる。
「魔法陣を展開せずに魔法を使えたのはアベル王子だけ――あの先々代のエスクード侯爵ですらできなかったんだぞ」
「まさか――アベル王子の生まれ変わりだっていうのか?」
よくわからない名前が聞こえてくるが、当然ながら滋の知らない名前ばかりだ。
第一、自分はここの世界には何の関係もない。何かの事故か誰かの思惑で連れてこられただけの人間なのだから、この世界の人間の生まれ変わりなんかであるはずがないだろう。そんなのはいらないから、とっとと元の世界に返してくれ。
「みちる――」
明日はみちるとの約束があるのだ。
きっと彼女は妊娠なんて予想外のことで戸惑ってるに違いない。これまで態度がおかしかったのはもしかしたら滋が子供は諦めてくれなんて言うような冷たい男だと思っていたのかもしれない。
そんなわけない――って言いたい。ちゃんとみちるを愛しているし、一生一緒にいようって伝えてあげたい。
付き合ってまだ半年だが、滋はみちるのいいところをたくさん知っていたし、会えば会うほど好きになっていく自分が分かっていた。
そんな彼女を放っておけるわけがない。
来られたのなら帰れるはずだ。なんとしても帰らなきゃ。けど――
どうやって帰るのか。その手段どころか、どうやって自分がここに来たのかすらわからないのだ。
ただ、さっき男達が言っていた魔法。魔法が使えるのなら元の世界に帰る魔法だってであるんじゃないのか。きっと自分はその魔法でこの世界に連れてこられたに違いないんだから。
多元宇宙論だとか量子宇宙論だとか難しいことはわからないけど、転移したということは自分がいた世界とこの世界は実存していて、間違いなく何かしらで繋がっているに違いない。
それを紐解いて――る間に時間は過ぎてしまう。そんな時間はないんだと滋が落胆したその時――
『落ち着いて。ここは君に害をなす世界じゃないことだけは私が保証するよ』
突然、耳元――いや、頭の中に優しい男の声が聞こえてきた。
「誰だよ。あんたが僕をここに連れて来たのかよ」
『そうかもしれないし、そうでないかも知れない。この世界と君の世界は君の思う通り別次元に存在するから本来は干渉しない』
声はあくまで優しく語り掛けてくる。滋はその声にどこか安堵を覚えたが、今は安心できる状況でも気分でもない。
「あんたが僕を連れて来たんなら僕を元の世界に帰してよ。みちると約束してるんだ!僕がいないとみちるのお腹の子はどうなるっていうんだよ」
『落ち着いて。大丈夫』
「なにが大丈夫なんだよ!大丈夫なら僕を今すぐ帰らせろ」
『大丈夫だから。きっと帰すと約束するよ。でも、その為にはまだ力が足りない』
「力――?」
『私の。そして君の』
「なんで僕なんだよ。僕の力が何だっていうんだよ。僕は関係ないだろ!」
『それはこれから君が知る。大丈夫。君が力を付けたら、君は元の世界に戻れると約束しよう』
「なんだよそれ!僕は今すぐ帰りたいんだ!おい!」
声はもう聞こえない。怒りなのか悲しみなのかわからない感情が滋の全身を包み込むのを感じた。感情が抑えられない。
全身を包み込んでいたものは、やがて滋の周囲を渦巻き滋は息苦しさを感じていた。
何なんだよ。何なんだよこれ――
そう思った瞬間、何かが爆発するような感覚がして、滋の意識はそこで途絶えた。
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バロッティ
アベル王子
は、【侯爵家の婚約者】にちらっと出てきます
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