35.
既にライオウの縄張りに入っていたのはわかっていた。
だが、自分達を狙うような気配は感じなかった。
「アーノンさん……話が違いませんか」
ライオウは獲物を弱らせるためにつけ狙うのではなかったのか。
シゲル達はそうなったとしても、速やかに縄張りから離脱する計画だったというのに。
「時期が悪かったのか、こちらが集団だからか分からんが、まとめて狩りをする気なんだろう――いいか。目を逸らすな。逸らしたら一気に襲ってくるぞ」
アーノンの一言はシゲルにとって死刑宣告のようなものだった。
三の小屋でアーノンに聞いた話では、ライオウは雷の魔法を使うことができる。
油断できる相手ではない。なのに――
「私はあの大きいのを相手しよう」
カインはどこか楽しそうに剣を構えた。
「なら俺はこの2体をやろう」
「俺はそいつでいいですか?」
3人とも戦う気に満ち溢れている中、シゲルだけは死にそうな顔でライオウを見ている。
「ってことは、僕はこいつですよね……」
無理だ――とは言っていられない。
睨み合いの時間はとてつもなく長く感じたが、数分もなかったのかもしれない。
先に動いたのはシゲルの正面の個体だった。
「魔獣と対峙する時に目を閉じるな!」
思わず目を閉じて身をすくめるシゲルに、アーノンの声が聞こえた。
慌てて目を開けると、隣に立っていたはずのカインの背中が視界に入った。
シゲルを守るように立ちはだかるその背中に、シゲルは自分の失態を悔いた。
「カ――」
カインの名を呼んでどうするというのか。シゲルはカインの背中を情けなく見つめることしかできなかった。
カインが動いた事で、他のライオウもそれぞれの獲物に襲い掛かかる。
アーノンとカインは2頭を相手にしながら、軽やかに剣を振っているが、カインの方は2頭のライオウに圧されているように見える。
「早く立て直せ。長くは持たない」
カインの言葉に、やっとシゲルは体勢を立て直した。
何をやってるんだ、僕は――
いつまでも守られることを当たり前だと思っていた自分が恥ずかしいと、シゲルはカインの背中の向こうにいるライオウを見据えた。
「魔法を打ちます、カインさん!」
シゲルの言葉と共に、カインは正面のライオウの眉間に蹴りを入れると、そのまま後方に飛び退いた。
すごい――圧されているように見えたのに、自分のペースをちゃんと守ってたんだ……
シゲルは感心すると同時に、カインの頼もしさを改めて感じた。
大丈夫。僕は一人じゃない――テオ・オヴィーの時と同じように……
魔力を練ると、あの時と同じように地面から土の槍が飛び出た。
「ああっ!」
しかし、すんでのところでライオウは身を翻して躱してしまった。
「魔力が読まれてる?」
「いや、よくやった」
シゲルの独り言にカインが応えると、ライオウが体勢を立て直す前に飛びかかった。
カインの剣先はライオウのうなじを貫通し、ライオウは息絶えた。
安心する暇はない。ライオウはあと四頭いるのだから。
シゲルはもう一頭を目掛けて炎を投げつけるが、案の定避けられた。
だが、それでいい。
カインが剣を抜き構える時間が作れればいいのだ。
その時だった。
ライオウの体が光った気がした。
「シゲル!避けろ」
パージの声で、咄嗟に右に飛べたのは、大森林での修行の賜物だったのかもしれない。
シゲルのいた場所に、ライオウが雷撃を放った。
話に聞いてはいたが、パージの剣と同じくらいに威力が強い。
直撃していたら無事では済まなかっただろう。
「くっそ」
シゲルはすぐに体勢を立て直して防御の魔法陣を展開しようとしたが、それよりも早くライオウが飛びかかってきたのが見えた。
間に合わない――
ライオウの牙は確実に自分の首元を狙っている。
「シゲル!」
アーノンの剣から炎が一直線に吹き出し、ライオウの体を貫いた。
だが、同時にアーノンの右肩にもう1頭のライオウの牙が食い込んだ。
「アーノンさん!」
シゲルが叫ぶよりも早く、カインは対峙していたライオウの顔面に蹴りを入れて、その反動でアーノンに噛みついたライオウの首を斬り落とした。
2体のライオウの死体が転がると、残る3体は攻撃をやめて後ずさり、森に消えていった。
「父さん」
「アーノンさん」
パージとシゲルは同時にアーノンに駆け寄るが、アーノンは崩れ落ちることもなく、2本の足でしっかりと立っていた。
「シゲルの作ってくれたこれのおかげで怪我はない」
アーノンは鎖帷子を見せて笑うと、大きな温かい手でシゲルの頭を軽く叩いた。
「すみません――僕が足を引っ張ったから」
「そんなことはない。君の魔法がなかったら私は今頃喰われてたさ」
カインの言葉が慰めであることは明白で、シゲルは何も言えなかった。
「いずれにしろ、ライオウの毛皮が手に入ったのはいいことだ」
あっけらかんとカインが言うと、アーノンも同意するように頷いている。
「さすがは大森林のライオウだ。他の土地のものより毛並みがすばらしい」
「確かに。あの時の奴よりもいい毛並みをしている」
ライオウの死体を見ながら、アーノンとカインが嬉しそうに話しているのを、シゲルは怪訝な顔で見つめていた。
事実、目の前に倒れている2頭の毛皮は、シゲルがこれまで見たどの毛皮よりも艶やかで美しかった。
「もしかして、お二人ともこれが目当てだったのでは……?」
シゲルの独り言が聞こえたのか、パージは「ある程度のおまけがないとな」と言ってシゲルの頭をポンポンと叩いた。
「こいつはひとまず下処理だけして、帰りに取りに来ることにしよう。シゲル、手伝ってくれ」
アーノンとカインはご機嫌でライオウの解体を始めていた。
旅は順調に思えた。
だが、それは西の砦から3日も進むと、それは間違いだったと思い知らされた。




