34.
大森林には狩猟小屋が用意されている。
一の小屋は草竜で1時間も走れば到着する。
休憩や早朝の狩りに備えた宿泊施設として誰でも使うことができる。
二の小屋は一の小屋から草竜で半日ほど奥に進んだ場所にある。
この辺りの魔獣は強力になるため、協会が認めたハンター以外は使うことができない。
三の小屋は二の小屋から更に奥にあった。
二の小屋から徒歩で半日以上進んだ場所にあり、アソンの村ではアーノンとパージ以外は使用を許されていない。
二の小屋までは、エイク達の付き添いで草竜で行くことができたが、そこからは徒歩だった。
「すまない。俺達はここまでだ」
エイクが申し訳なさそうに言ったが、アーノンは「問題ない」と笑った。
「俺達がいない間、迷惑をかけるけど、頼んだぞ」
パージが言うと、エイクは「任せろ」と胸を叩いた。ジェインとキールも頷いた。
3人に草竜を預け、二の小屋で一泊した後に三の小屋に到着したのは、出発してから2日後の夜だった。
幸い、魔獣にも遭わず順調に行程をこなすことができた。
「風呂も寝床も、今日が最後だ。ゆっくり堪能しろよ」
アーノンが言うと、シゲルはシニストロへの往復の旅路を思い出して少しゾッとしたが、文句は言っていられない。
パージは、事前に運び込んでいた食糧を使って、いつもより少し豪華な食事を作ってくれた。
「シニストロで買った香辛料を使ってみたんだ」
ガーグの肉に香辛料をふんだんに使ったそれは、全員の胃袋を満足させることに成功したようだ。
「前も言ったが、西の砦という場所はライオウの縄張りの可能性がある」
食事が終わるとアーノンが言った。
「ライオウは狙いを定めると獲物が弱るまで待つ。執念深い奴だ」
アーノンは若い頃に遭ったライオウを思い出したのか、左頬の傷に無意識に手をやった。
「それは、その時の?」
シゲルが尋ねると、アーノンはうなずいた。
「3日間、奴は俺を狙って見張ってた。気配を感じてはいたが、俺はカトプレイパスを探すのに躍起になってたのもあって無視していた。だが、あいつは巧妙に俺を自分の縄張りに誘い込んでいたんだ」
全員がアーノンの言葉に固唾を飲んだ。
「だが、君はあの毛皮を持ち帰った――つまり、ライオウに勝ったんだろ?」
カインが言うと、アーノンはニヤリと笑って頷いて見せた。
「2日間睨み合った末になんとかな」
順番に風呂に浸かると、夜はすっかり更けていた。
剣の手入れを終えたアーノンとカインは寝ているが、シゲルは寝付けずに小屋の外に出ていた。
「寝ないのか?」
「パージこそ」
シゲルが振り向くと、パージが立っていた。
「お前が出て行くのが見えたからさ」
シゲルの隣に腰を下ろすと、空を見上げた。
シゲルもつられて見上げるが、知ってる星座が見つけられない。
どれだけどれだけこの世界に馴染んだつもりになっても、自分はこの世界の人間でないことを思い知らされる。
当たり前のことが、今日は何故か寂しく感じられた。
「心配すんな」
パージはシゲルの頭をいつものようにポンポンと叩く。
「お前は俺達が何があっても連れて行ってやる。守ってやる」
「うん――僕も、足手まといにならないように頑張るよ」
パージは、シゲルがこれからの旅を不安になっていると思っているようだった。
だが、シゲルの本心は違っていた。
「お前の大事な人はきっと待ってくれてるさ。お前がそれだけ大事に思ってる相手なんだ」
「……そうだね」
シゲルは頭に置かれたままのパージの手の温もりを噛み締めるように感じていた。
そうだ。僕はみちるのために帰らなきゃいけないんだ。
たとえ、この世界がどれだけ居心地がよくても――
「カインさん!伏せて!」
シゲルが叫ぶと、剣を構えていたカインはすぐに伏せた。
直後、シゲルが放った炎がウルスを襲う。
その隙をついてパージがウルスの足元に雷撃を這わせると、ウルスは怯えて森の中へと逃げて行った。
大森林を歩き始めて5日が経っていた。
時折魔獣に襲われることもあったが、今のように撃退することができている。
「下手に殺すと血の匂いで他の魔獣が集まってくる。大体の魔獣はある程度攻撃すると逃げるから、殺さない程度に攻撃して撃退するように」
三の小屋を出る時にアーノンが言ったことは正しかった。
時折、山狼やウルスといった肉食の獣が襲っては来たが、いつもの狩場で遭遇する魔獣たちとは違って人に慣れていないせいもあり、ある程度攻撃をすると逃げていってくれる。
無駄な殺生をしたくないシゲルにはありがたいことだった。
「ここだ」
西の砦らしき場所に到着したのは、夕方に差し掛かる頃だった。
アーノンが20年以上前に刻んだ印は、幸いなことに半分以上が残っていた。おかげで思った以上に順調に進むことができている。
「少し早いけど今日はここで野営するとしよう」
アーノンの提案に誰も反対する者はいなかった。
砦跡はかなり崩れていたが、石垣の跡や建物の一部だったらしい四辺が整った大きな石が重なり合っていた。
その一部に大きな空洞を見つけると、パージは中に入っていった。
「ここは安全そうですね」
「ああ、そうだな」
パージとアーノンが荷物を置いたその時だった。
さっきまで気配すらなかったというのに、4人を取り囲むように白い毛が美しい、虎のような姿の魔獣が5体現れた。
「ライオウ――」
アーノンが忌々し気に吐き捨てたのを、全員が聞き逃さなかった。




