31.
「こんなに作ってくれたのはありがたいけど、全部買取りはちょっときついぞ」
着火のスクロールが200枚、灯りのスクロールが100枚、炎のスクロールが50枚。結界のスクロールも15枚ある。
さすがにそれだけの量を持ってこられるとは思ってなかったらしい。
「いいんだ。預けておくから、売れたらアーノンさんに代金を渡してくれれば」
「アーノンさん……そうか。わかった」
シゲルの言葉に、キールは優しい目でスクロールをまとめた。
予定では4日後にはカインが村に到着する。そうなればいよいよ大森林だ。
その計画は、エイク達にも共有されている。
キールが何も言わないので、シゲルは有難いと感謝して、頭を下げた。
キールの店を出ると、鍛冶屋が目についた。
職人が手にしていたものを見て、シゲルはやっと自分にできることを思いつくと、鍛冶屋を訪ねた。
「シゲル、用事終わった?」
「かけ鬼しよう!」
子供達が鍛冶屋から出てきたシゲルを見つけると、嬉しそうに集まってきた。
「……うん。そうだね、遊ぼう!」
子供達の親が呼びにくるまで、シゲルは全力で子供達と遊んだ。
身体強化ができるようになったシゲルは、もう子供達に一方的に揶揄われることはない。
かけ鬼の鬼になったり、逃げ役になったり、広場の中で存分に走りまわると、子供達は楽しそうに大笑いしながらシゲルを追いかける。
子供達の笑顔を覚えておこう。
ここもまた、僕の居場所だったんだから。
「さて――」
その夜、シゲルは鍛冶屋から届いた鉄と、パージに譲ってもらったサイノスの魔石、そしてテオ・オヴィーの骨を並べていた。
『金属の加工と錬成』によると、魔獣の骨を触媒にして金属を加工することができるらしい。
鍛冶屋で見たのは鎖帷子だった。
シニストロの樹海での戦闘を思い出すと、シゲルは今でも足がすくむ。
魔獣に襲われたことではなく、アーノンとパージを失うのかもしれないということが、何よりも怖かったのだ。
彼らは、この世界でのシゲルの庇護者である以上に、シゲルにとってかけがえのない存在なのだから。
テオ・オヴィーとの戦いは恐ろしかったが、むしろ良かったのかもしれない。大森林にはあれよりも強い魔獣がいるに違いないと思えたからだ。
ならば、それなりの装備を整える必要がある。
ただ、シゲルが知る鎖帷子は重い。有名な近藤勇の着用していた物で6kgほどもある。
いくら身体強化をしていたとしても、長時間の移動を伴う旅では少しでも負荷をかけるのを避けたい。
シゲルはひとかけらの鉄とオヴィーの骨を手に取ると、魔力を手に集中させた。
軽い鉄――骨のように中を空洞化させてやれば軽量化できるんじゃないだろうか。
表面は固く、中は空洞に――イメージを固めて魔力を込めると、鉄は赤く溶け始めた。
魔力を更に練り上げると、鉄はシゲルの思い描く姿に形を変えていく。
サイノスの魔石を砕いて加えると、鉄に魔力が帯びるのが分かる。
うまくいっただろうか。
形作られた鉄を見ながら注意深く魔力で熱を逃がして固めると、1mほどの細い鎖が完成した。
手に取ってみると、嘘のように軽い。だが身体強化をして力一杯引っ張ると、結合が弱かったのか千切れてしまう。
手順は間違えていない。だが、通る魔力が弱いのだと、すぐに気が付いた。
「やっぱりオヴィーじゃダメか……」
溜息交じりに鎖を置くと、袋からテオ・オヴィーの骨を取り出した。
同じ手順でもう一度加工を試みる。
初めの時よりも魔力の消費が激しいのが分かるが、逆にそれが手応えだと確信できた。
慎重に魔力を操作して、出来上がった鎖を力一杯引っ張るが、今度は千切れない。
「これならいけるかも」
シゲルは確信を得た。
カインは予定通りにアソンの村にやってきた。
「まさか、お1人でこられたのですか?」
従者も連れず、1人で草竜で移動してきたカインに、村長のオスカーもアーノンも驚いたが、カインは事もなげに笑ってみせた。
「この村に来る事ができる人間など限られてるだろう?そんな優秀な人間を私の護衛などに使うわけにはいかないさ」
「だからって……先日あの男に襲われたばかりでしょうが」
「だからだよ。私ですら圧された魔力だ。あの者に襲われたなら他の者がいたとて護衛になどならんだろうよ。それに――」
アーノンの苦言に答えながら、カインは小さく息をついた。
「大勢で動けばうちの――いや、あの者に見つかるかもしれん。動くなら1人の方がいいだろう」
カインがニヤリと笑ったのを見て、アーノンは理解した。
カインはきっとエスクード侯爵家にも黙って出てきたのだろうと。
「――ちゃんと使いは出してくださいよ」
「心配するな。君達に迷惑はかけないさ」
カインは楽しそうに笑うと、自分よりも背の高いアーノンの肩を叩いた。
「オスカー。少し頼みがあるがいいだろうか?」
カインが声を掛けると、村長はうなずき、二人は家の中に入って行った。
「家に案内しましょう」
カインが出てくるとアーノンはそう言って、草竜に跨った。
「くれぐれも頼んだぞ、アーノン」
背中からオスカーの声が聞こえたので、アーノンは振り向かずに手を振って答えた。
駆け足で走る草竜の背中で、カインは村の様子を興味深そうに見ていた。
「小さな村だと思ったけど、思ったより活気があるんだな」
「そうですか?」
「ああ。人が活き活きしている」
「生きてますから――」
アーノンの言葉に、カインは小さくうなずくと手綱を握りしめた。
シゲルの目には、アーノンの家にカインはとても不釣り合いに見えた。
チュニックにパンツ姿のカインは、一見するとエイク達と同じ姿だが、その首から上が全く違う。
手入れの行き届いた肌に、もつれる様子が一切ない艶やかな金髪はどう見ても貴族だ。
この人どうやってここまで無事に来れたのかと、シゲルは思ったが、今はそんな事は問題ではないことも重々承知している。
「私のわがままで同行を決めたが、受け入れてくれたことに感謝する」
開口一番、カインが言うとパージは組んでいた腕を解いた。
「閣下が何の理由もなく、その身を危険に晒すはずがない――父さんも俺もそう判断しました」
パージの言葉にカインはうなずいた。
「ありがとう。私の目的を伝える前に、君達がなぜ大森林の奥を目指すのかを教えてもらっていいだろうか」
カインの青い瞳は、シゲルを見つめていた。




