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最強魔法使いは異世界から帰りたい(リライト版)  作者: やまだ ごんた


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2.

『明日、仕事が終わったら会えないかな?話したいことがあるの』


 滋はスマホの画面を凝視した。

 間違いなく送信者はみちるだ。

 絵文字やスタンプを使った、彼女の人柄を表現したような可愛らしいメッセージの履歴が残る画面に、事務的にも見える短い文字列だけが浮かんでいる。

「大丈夫か?」

 速水の言葉で我に返ると、滋は速水を見つめた。

「先輩……これ、これって多分そう言うことですよね?」

 スマホの画面を見せつける滋の顔は、紅潮している。目には戸惑いと喜びが浮かんでいるのが見て取れる。

「そう……なのか?いや、お前が言うならそうなんだろうな。うん」

 奥歯に物が挟まっているような言い方だが、滋には気にならなかった。

 メッセージを返す方が大事だったからだ。


 明日、いつもの店でいいかな?

 その返事はなかったことに、滋は気が付いていない。

「中津君、どうしたの?タバコから帰ってきたらいつもよりやる気に満ち溢れていない?」

 いつの間にか側に来ていた江坂が心配して声を掛けるが、滋は締まりのない顔で微笑むだけだった。

 集中力が途切れると顔が緩んでしまう。そりゃそうだ。

 これから先、みちると家族になってずっと一緒にいられるんだ。

 観葉植物に水をやらないといけないと言われたから、一度も泊りのデートをした事がなかった。

 ホテルで休憩をした時に隣で眠ってしまったみちるの寝顔が愛しくて、滋はずっと眺めていた。

 気持ちよく眠っているみちるの寝顔に、起すのを躊躇って帰る時間が遅くなり、怒られた事もあった。

 けど、結婚したらあの寝顔はずっと見つめていられるんだ。

「江坂課長、僕頑張ります!頑張りますから!」

「え?どうしたの急に……頑張るのは、いい事だよね」

 顔を引き締めて画面に向き直す滋に、江坂は戸惑いながらも邪魔しないように、手に持っていた書類をこっそりと自席に持ち帰った。


 ――疲れた。

 フロアの端に設置された自販機にコインを入れて、息を吐く。

 あれからずっと頑張ってたからなぁ……。

 お気に入りのモカを選ぶと、ゆっくりと豆がミルに充填される音が聞こえる。

 インスタントのコーヒーと違って、豆から挽く自動販売機は美味しいコーヒーが飲める。

 ドリップが始まると香ばしいコーヒーの香りが鼻をくすぐる。この時点でもう口の中にコーヒーの味が広がる。

 少し高いけど、今朝のコーヒーは冷めて味気なかったからな。

 少しくらいの贅沢は許されるだろ。

 一人で微笑むと、自販機が出来上がりを知らせた。

 滋は淹れたてのコーヒーを取り出すと、その場で一口啜る。

 

 あれ――?

 

 いつものコーヒーなのに、初めて飲んだような気がした。

 感動的に美味しいというわけではない。むしろその逆に近い。

 さっきまで思い浮かべていた味とまるで同じなのに、脳がそれを認識していないかのような違和感――いや、浮遊感に近い。


 まただ……。


 滋は小さく溜息をついた。

 時々起こるこれは、滋をイラつかせた。

 どことなく――まるで世界が自分を拒むような――

「あっつ!」

 ぼんやりとしたせいか、口に付けたカップからコーヒーがこぼれ落ちて、滋のシャツを小さく染めた。

 やっちゃったよ。

 またみちるに怒られるな。

 滋はみちると出会った飲み会を思い出した。


 滋の歓迎会を兼ねた社内システム部と総務部の飲み会を企画してくれたのは、他でもないみちるだった。

「入ったばかりで人の事なんて覚えられないでしょ?今日は顔だけ覚えて帰ればいいからね」

 総務部長の――名前は忘れたが、人の好さそうな中年男性が滋に言ったが、4人しかいない社内システム部と比べて、10人以上いる総務部の人間の顔なんてすぐに覚えられるはずがない。

 だが、こうやってみんなで歓迎してくれるのは嬉しかった。

「新人が入るたびにこうやって集まってるんですか?」

 滋は隣に座った女性に尋ねた。

 そうだとしたら、転職の多い業界だ。飲み会だけで大変だろうな。

「まさか!今日は社シスとの交流会も兼ねてるのよ。せっかくだからってみちるちゃんが企画してくれたのよね」

 女性の視線の先を追いかけると、小柄でかわいらしいみちるが、せっせとみんなのオーダーを聞いたり、料理を取り分けていた。

「中津君は25歳だっけ?住吉くんと歳が近いから、仲良くなっておくといいよ。おーい、住吉くん」

 部長に呼ばれて、みちるは小さな歩幅を忙しく動かしてやってきた。

「君の2つ上だって。今まで年の近い人間いなかっただろ?よかったな。――ま、仲良くしなさいな」

「あはは。ほんとだ!やっと年の近い人が入ってくれた!」

 部長が立ち上がると、交代するようにみちるは隣に座った。

「住吉みちるです――って、ああ!」

 酔いが回ったのか、みちるに見惚れていたのかは覚えていない。

 だが、手にしたジョッキは滋の口には届かずに、ビールを飲んだのは滋本体ではなく彼のシャツだった。

「大丈夫ですか?――すみません!おしぼりください」

 急いで手元にあったおしぼりで滋のシャツを押さえると、みちるは通りかかった店員からおしぼりを受け取り、シャツに浸みたビールを丁寧に拭いてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 滋が礼をすると、みちるは花が咲いたように微笑んだ。そして、滋の目を真っ直ぐ見つめて続けた。

「でも、帰ったらちゃんと洗ってくださいね?放っておいたらシミになりますからね」

「はい――」

 みちるの目に射止められたように、滋は呆然として頷いた。

「中津君、住吉さんが可愛いからって見惚れちゃったの?」

 手洗いから戻ってきた江坂が笑いかけると、みちるは「そんな――」と小さく言って顔を赤らめた。


 あれで、みちるを好きになったんだった。

 事あるごとに総務部にいってはみちると話す機会をつくり、食事やお茶に誘い続け、ひと月後にようやく付き合えた。

 大学までは、それなりに付き合った人も何人かいた。

 でも、みちるはその誰とも違うと思えた。

「結婚――か」

 口に出すと急に現実感が増した。

 まだ26歳で結婚なんて早いのかもしれない。でも、人生なんてそんなもんだろ?

 滋はコーヒーのシミを愛し気に見つめた。

 時計を見ると、18時を回っていた。

 休憩しすぎた。あとあの報告書をまとめたら終わりだ。

 少し冷めたコーヒーを飲み干すと、急ぎ足でオフィスに戻っていった。


 電車で30分揺られて最寄り駅に到着すると、22時を回っていた。

 だが、不思議と疲労感はない。

 明日みちるにプロポーズをするというミッションが、滋から疲れを奪っているようだ。

 明日は、定時に終わって急いでみちるの好きな花と、指輪――はだめだ。姉ちゃんが旦那にプロポーズされた時に渡された指輪、全然好みじゃなかったって怒り狂ってた。

 指輪は一緒に買いに行こう。みちるが好きなデザインを選んでもらう方がいいに決まってる。

 駅から家までの道は、10分程度のはずなのにとても長く感じられた。

 ふと、目の端で何かが動いた気がして振り向くと、さっきまではなかった光る何かがそこにあった。

 さっきまでそこにはなかった、控えめに浮かぶ光。地面でも街灯でもない、不思議な輝きがぽつんと存在していた。

 なんだこれ?

 不思議と恐怖心はなく、むしろ懐かしい感じを覚えた。

 子供の時にこんなおもちゃあったような気がする。

 滋は意識せずに、その光に近付くと手を伸ばした。


 え――?

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