26.
午後からの探索でのシルヴィアは、午前中と様子が違っているように見えた。
いや、昼食の間からかもしれない。
「待て」
アーノンが何かを見つけて屈みこむ。
「オヴィーの糞だ。新しい――この辺りが縄張りに近い」
糞は縄張りを示すものだと、アーノンが言うとシルヴィアは頷いて糞を見たが、どう違うのか分からない。
「オヴィーは基本肉食だが、マルスの葉も好む。糞に混じってるのがそれだ」
言われてみれば、何か植物も混じっている。
アーノンはその後もいくつかの新しい痕跡を見つけ、一行は日が暮れる前に小屋へと戻った。
小屋の天井や壁には灯りの魔法陣が刻み込まれているおかげで、小屋は快適な明るさを保っている。
パージが土間の隅で夕食の支度を始めるのを、シゲルはいつものように見ていた。
「種火用の木がねぇ……」
パージの舌打ちが聞こえたので、シゲルが立ち上がって近寄ると、竈の前で薪を持って溜息をついている。
「シゲル、お前のナイフを貸してくれ」
シゲルが近寄ったことに気が付くと、パージが手を出した。
「いいけど、なんにするの?」
「薪のままじゃ火が付くまで時間がかかるからな。こうするんだよ」
パージは受け取ったナイフで薪の表面を何度か削いでみせた。
削がれた表面が毛羽だった薪をいくつか作って竈に放り込むと、そこに着火のスクロールを放り込む。
「多少手間だがな、小枝や小さい木切れがない時はこうやって火を起すと早いんだ」
覚えとけ、とシゲルの頭をポンポンと叩くと、パージは口許を緩めた。
夕食はウルスの肉を焼いたものと、樹海で採れた木の芽や野草を使ったスープだった。
パンは相変わらず硬いが、スープの塩気で流し込むことができた。
「明日は罠を仕掛ける。一度でかかってくれればいいが、ダメなら数日間繰り返す。最悪は戦闘になるが、シルヴィア――」
アーノンはそう言うとシルヴィアを見た。
「今日のような失敗をしても、俺達は助けてやれないかもしれない」
「いいえ。もうあんな失敗はしないわ」
シルヴィアは青い瞳でアーノンを正面から見つめた。それは決意に満ちた目だった。
翌朝は夜明け前に小屋を出た。
シゲルは夜のうちに作った結界のスクロールがポーチにあることを何度も確認しながら、アーノンの後ろをついて行った。
オヴィーは群れで狩りをする。
以前に見た時もそうだった。
アーノン達を弄ぶようにつつきながら包囲し、徐々に弱らせて狩る魔獣。
あの時は50cm程度の大きさだったが、アーノンの見立ててではテオ・オヴィーは1m近くはあるらしい。
そんな大きな魔獣があのような動きをしてきたら、自分達は無事でいられるのだろうか。
シゲルは不安な気持ちを抑えながら、シルヴィアの後ろ姿を見ていた。
この子だけでもちゃんと守らないと。
「シゲル、ここでこの木を燃やせ。一気にだ」
アーノンはそう言うと、近くに落ちていた太い枯れ枝をシゲルに差し出した。
シゲルが言われた通りにすると、他の場所でも同じことをやらされた。
罠を仕掛けると言っていたのにと、シゲルは不思議に思ったが、いつの間にか樹海の中の開けた場所にたどり着いた。
昨日までの探索でも何度か通った場所だったが、こんな場所でどうするんだろうとシゲルが考えていると、アーノンはシゲルにここで結界を張るよう告げた。
「お前の魔力を撒いただろう?オヴィーは草竜と同じで魔力に敏感だからな。あの魔力を追いかけてここに来るはずだ」
「え?それって……罠って、そういうこと?つまり、僕が餌ってことですか?」
シゲルが泣きそうな顔をすると、アーノンはシゲルの頭を軽く叩いた。
「ああ、だからお前は結界から出るな。シルヴィアも、無理をすることはない。危ないと思ったらこの中にいればいい」
シルヴィアは、何かを言いたそうにしたが、言葉を飲むように黙ると、小さくうなずいた。
自分の身の丈を理解したのだろう。
それでも、腰から下げた剣を握りしめて、正面を見据えている。
4人は結界の中でそれぞれの方角を監視していた。
太陽が真上に来ると、昼食に干し肉をかじる。
「本当に来ますかね?」
「来なければまた明日やるだけだ」
シゲルが独り言のように言うと、アーノンが応えた。
大森林でも学んだことだが、狩りとは忍耐だと、シゲルはしみじみと感じた。
明日もこれはつらいな……
そう思った時だった。
木立の向こうから大きな魔力が動くのを感じた。
「父さん」
「ああ」
パージとアーノンはうなずいて結界から同時に出た。
シゲルが驚いていると、アーノンは気配のする方向に向けて、素早く剣を振った。
炎が一直線に木立の向こうに飛ぶと、魔力が乱れる気配がした。
「来るぞ」
アーノンの魔力に釣られてか、木々の向こうから依然見たオヴィーとは比べ物にならない大きさのオヴィーが5体、飛び出してきた。
1体がパージに飛びかかると、パージはその頭を剣で叩き返す。
刃を立てる隙がないほどの速さだった。
殴られたテオ・オヴィーは、すぐさま距離を取り、残りの4体と共にアーノン達を囲った。
アーノンの見立て通りテオ・オヴィーは通常のオヴィーの倍近くはあった。
だが、素早い動きは変わらず、交互につつくように攻撃を繰り返しながらじわじわと包囲を縮めている。
シゲルはおろおろと二人を見ていたが、シルヴィアはその隣で剣を握りしめていた。




