25.
「私はまだ騎士ではないわ。正直言うと、この剣はひいおじいさまのものなの――それがあなたに不快な思いをさせていたなんて知らなかった。ごめんなさい」
シルヴィアは腰に下げた剣を触りながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
悪い子じゃないのかもしれない。
シゲルはすぐに絆されたが、パージは困惑しているようだった。
「いや――不快って言うほどでも……」
言い辛そうにもごもごと言っているが、シルヴィアは聞いていない。
「私の話も聞いて欲しいの。私は、遊びでこれを下げているわけではないし、ここに来たのも物見遊山なんかじゃない。私は――ひいおじいさまのように立派な騎士になりたいのよ」
シルヴィアはそう言って正面からパージを見つめた。
「女が――」
「女が騎士を目指して何が悪いのよ」
パージの言葉を遮ってシルヴィアははっきりと言った。
「私はエスクードの直系よ。その中でもひいおじいさまに似て、一族で一番魔力が多いの。――あなた達、貴族の女の一番の役割がなんだかわかる?」
「――結婚だろ」
パージが顔をしかめて答えると、シルヴィアはうなずいた。
「そう。貴族の女なんて結婚して子供を産むことが一番の役割なの。このままだと、来年成人したら私は結婚させられるわ。でも、私はただ子供を産むためにこの魔力を使うなんていや。この魔力をもっと人の為に、世のために使いたい。だから騎士になりたいの」
シルヴィアの言葉に、シゲルはそっとシルヴィアの魔力を見たが、パージやアーノンと同じか、それよりも多い程度の魔力量に見える。
いや、それだけアーノンさんたちの魔力量が多いってことなのか。
シゲルが考えていると、パージは少し考えて「わかった」とだけ言った。
「ひいおじいさまが約束してくださったの。この件を解決したら騎士になることを許すって。だから――お願い。力を貸して欲しいの」
シルヴィアはそう言って頭を下げた。
シニストロの樹海は大森林ほどではないが、奥に行けば行くほど魔力の圧力を感じるようになる。
そのせいか、2日目にしてシルヴィアは目に見えて疲れているように見えた。
「おいおい。大丈夫か?小屋で休んでていいんだぞ」
「大丈夫よ――あなた達、よく平気ね」
パージの煽りにも言い返す元気がないらしく、シルヴィアはアーノン達を恨めしそうに睨んだ。
「シルヴィアはこういう場所が初めてで、体が慣れてないだけだ。何度か経験するうちに慣れると思うが」
アーノンが言うと、シルヴィアは歯を食いしばって背中を伸ばした。
「なら、慣れるためにも休んでいられないわよ。時間は限られてるんだから、行くわよ」
負けず嫌いなんだなと、シゲルは微笑ましくシルヴィアを見つめていた。
「それなら気を張れ。この辺りはウルスの縄張りでもある」
アーノンの言葉に、シルヴィアは表情を引き締めた。
テオ・オヴィーの痕跡を追って樹海を探索しているが、まだ縄張りの範囲を絞り切れない。
依頼は7日間の期限だ。シルヴィアが焦るのも無理はない。
先頭をアーノン、シルヴィア、シゲルと続き、しんがりをパージが務める。
時折木の根などに躓くシゲルを支えるパージを、シルヴィアは見逃していなかったことも、シゲルは知っていた。
だが、平和なのはそこまでだった。
茂みが揺れたと思った瞬間、熊のような大きさの魔獣が飛び出してきた。
「ウルスだ!」
パージが声を上げたが、ウルスは目当てを付けていたのか、わき目も振らずにシルヴィアに襲い掛かった。
「防御を――くそっ」
シルヴィアが剣を抜けずに驚いている間に、パージとアーノンは素早く剣を抜いた。
アーノンが炎を真っ直ぐにウルスの前に飛ばすと、ウルスは怯んで足を止めた。
その隙をついて、パージが雷撃を纏った剣で背中を斬りつける。
ウルスが痛みで鳴き声をあげる間もなく、アーノンの大剣がウルスの首を斬り落とした。
時間にしてほんの数十秒ほどの出来事だった。
シルヴィアは声も上げられずにその場に座り込んだ。
「一旦こいつを小屋に運ぼう」
アーノンが言うと、パージはちらりとシルヴィアを見て頷いた。
アーノンとシゲルが小屋の外でウルスの血抜きをするめに、ウルスを吊るしている間、パージは昼食の仕度を始めていた。
元々、小屋で食べるつもりはなかったのだが、せっかく小屋に戻ったのだからと、昨日のスープを温めるために竈に火を入れた。
「手慣れてるのね」
その様子を眺めながらシルヴィアが言ったが、パージは振り向かなかった。
「うちは母さんが死んだからな」
思わぬ返事に、シルヴィアは口をつぐんだ。
「7年も前のことだ。気にすんな」
「――ごめんなさい」
「気にすんなって言っただろ。そんなことよりなんであの時防御の魔法陣を展開しなかった」
パージは苛立ったように言うと振り向いた。
グレーの瞳がシルヴィアを見据えている。
「咄嗟のことで――」
「騎士は」
シルヴィアの言葉を遮ってパージは言った。
「剣技よりも礼節よりも、まずはじめに防御の魔法陣を完璧に覚えさせられる。なんでだかわかるか?」
「死なない――ために」
パージの目から逃げるように、目を逸らしながらシルヴィアは答えた。
「まさか防御の魔法陣を使えないのに来たのか?」
「そんなはずないじゃない」
シルヴィアは立ち上がって声を上げた。
「独学だけどずっと勉強していたわ。ほら――」
言いながら手を差し出して防御の魔法陣を展開してみせた。
「さっきは、魔力で圧されて少し――焦ったの。でも、次は失敗しない」
「一度の失敗で命を落とすってのに、随分余裕なんだな」
パージの言葉に、シルヴィアは何も言い返せなかった。




