23.
両手で口元を覆った拍子に、少女の腰に下げてた剣が落ちたらしく、派手な金属音がした。
パージの足元に転がった剣を少女が拾うより先に、シゲルの手を離したパージが拾うと、彼女に差し出した。
「あんたの命を守るもんを落とすな」
その言葉は正しいがきつい、とシゲルは咄嗟にパージを嗜めようとした。
「よっ――余計なお世話よ。こんな道の真ん中でいちゃついてる方が悪いのよ」
少女は顔を赤らめたまま、特徴的な青い瞳でパージを睨んだ。
「拾ってもらった礼もなしか。さすがお貴族様だ」
パージが言うと、彼女は赤らめてた顔をさらに真っ赤にしたが、剣を抱くように持ち直すと大きく息を吐いた。
「私の身分は今は関係ないでしょ。でも拾ってくれたのは事実ね。礼を言うわ――では失礼」
尊大な態度で一息に言うと、彼女は扉を開けてパージ達が泊まる予定の宿屋へと入っていった。
「今のはパージも悪いよ……」
シゲルの言葉に、パージはばつが悪そうに頭を掻いた。
「それより――」
僕たちいちゃついてるって――?
シゲルは少しだけ元の世界の思い出がよぎったが、パージが草竜を連れて宿屋の裏手に歩いて行くのを慌てて追いかけなくてはならなかったので、すぐに忘れてしまった。
宿屋に入るとパージは慣れた様子で店主と二言三言交わすと、鍵を手に戻ってきた。
「俺が有名なんじゃない。父さんが有名なんだよ」
シゲルが言わんとしたことを察したのか、パージは先に言い訳めいたことを言ったが、どっちにしろシゲルは感心してパージを見ていた。
「荷物を置いたら飯に行くぞ」
半ば呆れ気味に、しかし少しだけ耳の先を赤くしながら、パージは荷物を抱えて部屋に向かった。
宿屋の1階は半地下の酒場になっていた。
「ずいぶん繁盛してるね」
シゲルが感心するほどに、さほど狭くも広くもない酒場はまだ夕方だというのに満席だった。
「村とは違って町はこんなもんだ。特にここは城壁で囲まれてるから、みんな警戒する必要なんかないんだ」
アソンの村では夕方になると、店じまいをして家で過ごす。
何かあった時にすぐに避難できるよう、家族で固まっているのだ。
「そういえば、アソンはなんで城壁とかで囲わないの?」
単純な疑問だった。
城壁で囲むことでこんなに平和に過ごせるのなら、アソンの村やアーミットだって城壁で囲めばと。
「魔獣溢れの時に対応できないだろ。出口が限られてたら逃げる時に大惨事になる」
パージが呆れたように言いながら、空いていた席を見つけて腰かけた。
シゲルも座ると、どこからともなく店員が注文を聞きに来た。
「俺は果実酒を――シゲルは?」
「あ、じゃあぼくも同じのを」
「なんだ?」
店員が立ち去ると、唖然と自分を見ているシゲルに向けて、パージはわざとらしく不機嫌そうな顔を作ってみせた。
「いや、ひと月くらい一緒に住んでるけど、パージがお酒を飲むのって初めてだなって思って」
「ひと月?まだ夏の月は終わってないぞ」
「あ、僕の世界では大体30日をひと月って数えるんだよ」
この世界の暦はさほど発達していない。ざっくり季節ごとをひと月と数えるようで、今は夏の月の終わりごろだ。元の世界では盆辺りだろうか。
そんなことを考えていると、二人の前に大きめのコップとデキャンタに入った赤い酒が置かれた。
「アーノンの連れでしょ?店主がおまけしとくってさ」
愛想のない女中がそう言うと、パージはにやりと笑って受け取った。
「村じゃさ、ゆっくり酒なんて飲めないからな」
コップに酒を注ぐと、美味そうにあおる姿は明らかに嬉しそうだ。
シゲルも口を付けると、ワインとはまた違ってとろりと甘い香りがする。
「お酒、好きなんだ?」
「まあな。ロワイヤにいた時も隠れてよく飲んでたな」
「騎士の――修行をしてたってところだよね?」
少しだけ気を遣ったが、パージは唇の端を緩めただけだったので、大丈夫なのだろうと分かった。
「ああ――ロワイヤは公国の首都でな。15から行ってた」
「そんな年から飲んでたの?」
「普通だろ?――みんなで神官の目を盗んで飲んでたな」
少しだけ目の周りを赤くして、とろりとした表情のパージは、どことなく年相応に見えてシゲルは嬉しくなった。
いつも僕たちのお世話をしてくれてるんだもんね――たまにはこういうのもいいよね。
口に出したら怒られるだろうと思いつつ、シゲルがにこにこしているのを、パージもどこか嬉しそうに眺めている。
「あなたたち、やっぱり恋人同士なわけ?」
どこかで聞いた声がしたと思ったら、先ほどの少女がテーブルの前に立っていた。
「なんだお前」
途端にパージが不機嫌な顔になったが、シゲルは見てしまった。
自分たちに声を掛ける直前の、彼女の緩んだ口元を。
間違いない――
シゲルが確信したと同時に、アーノンの声が聞こえた。
「お前たち、なにをしてるんだ?」




