22.
シゲルを乗せた草竜は驚くほど速く、そして休む間もなく街道沿いを駆け抜けている。
草竜は風を操る魔法を使えるのか、風圧を感じないのは幸いだった。ただ、少しでも喋ると舌を噛みそうなほどの悪路を駆けているため、シゲルは必死で歯を食いしばって、パージが繰る草竜にしがみついていた。
アソンの村を出てから3日が経っていたが、まだ目的地であるシニストロの町には到着しない。
「今日はこの町で宿を取ろう」
日が暮れる前にたどり着いた町でアーノンが言うと、シゲルはやっと安心することができた。
村を出てからというもの、ほぼ休みなく草竜を走らせていた上に、夜は連日野宿だったからだ。
野宿はおろか、キャンプすらしたことのないシゲルにとって、野宿は地獄以外の何物でもなかった。
結界の魔法陣を展開するおかげで魔獣に襲われる心配こそないものの、小さなテントに男3人だ。もちろん風呂も入れない。
夏の夜に汗と埃にまみれた男三人が体を寄せ合って眠るのだ。これが地獄と言わずして何と言えばいい。
いくら古かろうが汚かろうが、久しぶりに風呂に入って屋根の下で眠れることは、この上ない幸せだった。
「やっと人心地ついたな」
宿の風呂で湯舟に浸かってパージが言うと、シゲルも笑顔で頷いた。
だが、その笑顔はぎこちないものだった。
「どうした?初めての長旅で疲れたのか?」
パージがシゲルを覗き込むと、シゲルは咄嗟に目を逸らしてしまった。
「疲れてるわけじゃないよ――ただ」
「ああ――」
シゲルの言葉に納得したのか、パージはそれ以上聞かなかったので、シゲルも何も言わなかった。
「明日にはシニストロに着く。今日はゆっくり休め」
3日ぶりの風呂と人間らしい食事を終えると、アーノンはシゲルの頭をいつものように叩いて言った。
「いけるな?」
「――はい」
シゲルがアーノンの目を真っ直ぐに見て答えると、アーノンは満足そうに頷いた。
その様子を見て、パージの表情も優しく緩んでいた。
「無理はさせてるとは思うけど、村にお前1人を置いていくわけにも行かなかったしな」
部屋に戻ったパージが悪びれずに言うと、シゲルも神妙な顔で頷いた。
依頼を受けたシニストロは、公国の最西端にあるアソンの村から最も遠い所にある町だった。
公国と隣国のアンドレア王国の国境に位置するシニストロは、アソンから草竜で4日もかかる場所にある。
いくらエイクたちがいるとはいえ、10日以上もこの世界に詳しくないシゲルを置いて出かけることは、アーノンたちの選択肢にはなかった。
だから当然のように「お前も行くんだ」と言われて、シゲルは困惑より嬉しさが勝った。
シニストロの依頼はどのようなものかは分からないが、急ぎであるらしいことは理解ができた。
オスカーの家から戻ると、アーノンはパージとシゲルに依頼を受けたこと、3日後には出発することを告げた。
そこからは慌ただしかった。
旅の仕度のために、シゲルはキールから頼まれていたスクロールを大急ぎで作って納品しなければならなかったし、アーノンとパージは不在時のためにと朝早くから大森林に入って魔獣を間引いていた。
「シニストロではお前も戦力だ。戻ったら大森林に行くぞ」
出発前に言われたアーノンの言葉は、シゲルの気持ちを引き締めるのに十分だった。
――いよいよ、帰れるんだ……みちるの元に。
シニストロの町は、正確にはアンドレア王国の領土だ。
南北にそびえ立つ山脈の山間にある町で、その周囲にはシニストロの樹海と呼ばれる樹海が広がっている。
国境の町らしく、大きな城壁に囲まれたその景色は、道中通り過ぎたどの町よりも立派に見えた。
夕方近くにようやく着いた関所らしきところには兵士が立っていたが、アーノンが何かを見せると特に止められる事もなく町の中に入れた。
「俺らは依頼で来てるからな」
パージが小声で教えてくれた。
「依頼じゃなかったらもっと時間かかるんだ?」
「そうだな。荷物の確認やら通行税やら――商人なんかは事前に届出をして税は後払いだから早いみたいだけどな」
「どこの世界も入国の手順は似たようなもんなんだね」
シゲルの呟きはパージには聞こえていなかったようだ。
草竜に乗ったまま町の中に入ると、アーノンは依頼主である領主の元に向かった。
パージは勝手知ったるといった感じで草竜を操って町中をゆっくりと進んでいく。
「ここは初めてじゃないの?」
「ああ。何度か来てるからな――父さんとの仕事でも来たことがある」
つまり、それ以外でも来ていたということなのだろうか。
シゲルがぼんやり考えていると、草竜は大通りを抜けた場所にある建物の前に止まった。
「ここだ。降りれるか?」
そう言いながら先に草竜を降りたパージは、シゲルに手を差し伸べた。
「一人で降りられるよ」
いい加減草竜にも慣れたと思いたかったが、それでもこの4日間というもの、長時間の騎竜のせいで足に力が入らなくて、何度もパージの手を借りていた。
さすがに町中でパージに抱き下ろされるのは恥ずかしいと思ったが、やはり足に力が入らずによろけた結果、パージの胸に飛び込む形で着地となった。
大通りから外れた場所とはいえ、人通りもあるのに恥ずかしいとシゲルは咄嗟に周囲を確認すると、目の前に、長い金髪をひとまとめにした、20歳手前頃だろうか――青い瞳の少女がシゲルたちを見て顔を赤らめながら、口元を押さえていた。
お読みいただきありがとうございます。
シニストロ編のスタートです。




