20.
山狼を倒してから、しばらく肉が食えなくなったが、アーノンに言われた言葉がシゲルを奮い立たせた。
「誰かが獲ってきた肉も、自分が獲った肉も、奪った命は同じだ。俺らは自分達の手で奪うからこそ、責任として感謝して食べる」
「あ……僕のいた世界でも、そうだった。僕達が食べる肉は、誰かが殺してくれたものだったんです……僕は、食べる癖に自分が手を汚すのは嫌だなんて……傲慢だ」
落ち込むシゲルに、アーノンはいつも通り頭を軽く叩いて口元を緩ませるだけだった。
無理をするなとも、頑張れとも違う。
シゲルは「ありがとうございます」とだけ小さく言って、その日の夜はしっかりと肉を食べた。
自分が奪おうが、パージが奪おうが、奪う命に変わりはない。
責任から逃げちゃダメなんだ。
食べながら涙が出たが、パージもアーノンも何も言わなかった。
「微かな魔力の揺れや、物音、そんなもので獲物がいるかどうかがわかる」
アーノンはそう言っていたが、魔獣の魔力は、空気中に溢れ出している魔力と同じような感じがしてシゲルにはよくわからない。
「気配が違う。あとは呼吸音や毛の擦れる音なんかを聞き分ける。魔力を耳に集中させろ」
端的だが、効率のいい教えのおかげで、シゲルは日々大森林で生きていられるようになっていた。
初めからアーノンさんに教えてもらえば早かったんじゃないのか?
シゲルはそう思ったが、一緒に頑張ってくれたパージに申し訳いと思い、口には出さなかった。
「お前の体格で剣を振るうのは危険だ。大森林は木々が多い。俺やパージのように戦い方を覚えた人間でないと思うように振れないもんだ」
一の小屋で休憩中に、シゲルも剣が欲しいと言ってみたところ、アーノンはそう言ってナイフを使い続けるよう言った。
「なにもナイフで戦えって言うんじゃない。それはあくまで護身用だ。お前は後ろから魔法で俺達を支援してくれ――スクロールがなくても使えるんだ。便利でいいじゃないか」
アーノンはにやりと笑うと「あんまりスクロールを使うとパージがうるさいんだ」と小声で言った。
シゲルは、剣の手入れをしているパージを横目に見て納得した。
家計までパージが握ってるとなると、アーノンも頭が上がらない理由がよくわかる。
さすがはお母さんだと、シゲルは納得したが、口に出すと殴られるのはわかっていたので、それも心に仕舞っておいた。
「でも、アーノンさんもパージも魔法剣――って言うんですか?それ、使えるんですよね?スクロールなんていらないんじゃないんですか?」
「使えるが――お前も見ただろ?弱いんだ」
シゲルはこの世界に来て2日目のあの魔獣の襲撃を思い出した。
パージとアーノンの連携がすごかったが、確かにあの稲妻と炎じゃ魔獣をスタンさせたり怯ませるのがせいぜいだ。
なぜそんな弱い魔法しか仕込んでいないんだろう。
「あの……その剣って手に取って見せてもらってもいいですか?」
命を預ける武器を、そうそう人に見せるものかと言われるのを覚悟したが、アーノンは思ってよりもあっさりと剣を手渡してくれた。
シゲルの体ほどもある大きな剣は、身体強化なしでは――いや、身体強化があっても重い。
悪用しようにもできないことを知ってるのだろう。
違う。信用してくれてるんだ。
シゲルはそう思うと、胸が温かくなるのを感じた。
剣を観察すると、グリップからブレイドまで緻密な幾何学模様と魔法陣に描かれている文字が魔力で彫られているのがわかる。
「これ――回路が間違えてます」
剣はグリップ部分に描かれた魔法陣から、刀身に向かって回路が刻み込まれている。
鍔にあたるガード部分に魔石を嵌めるようになっていて、そこからブレード部分に向かって、炎を発動させるためのプログラムが書き込まれている。
「多分、ここの魔法陣から魔石に魔力を送って、魔石がトランジスタの役割をして魔力を増幅させて、このブレイドに送る……ってやりたかったんでしょうけど」
「すまんが、何を言ってるか全くわからん」
シゲルの説明にアーノンは眉を寄せた。
「えっと、つまり魔力が魔石とぶつかって刀身に行かないんですよ、これだと」
「だが、炎はでるぞ?」
「なんだ?」
パージが剣の手入れの手を止めて間に入ってきた。
シゲルはパージの剣を確認すると、やはり回路が逆になっていた。
パージにももう一度説明すると、アーノンと同じくパージも「俺のも使えてるぞ?」と、首を傾げた。
「それはアーノンさんとパージの魔力が大きいからだと思うよ」
半ば呆れ気味にシゲルが言うと、パージは納得したように頷いた。
「ああ、だからこの剣使った後はめちゃくちゃ疲れるんだな」
「そうだな。かなりの魔力が必要になるからな」
アーノンも続くと、シゲルは呆れて2人を見た。
「おかしいと思わなかったんですか?そんな効率の悪い状態でずっと使ってたなんて」
「そうは言っても……そういうものだと思ってたしな」
パージが気まずそうに言ったが、アーノンは違った。
「こいつらは代々俺の家に伝わる剣なんだ。他に似たようなものは見たことがない。比較対象がないから仕方ない」
開き直りにも近いが、言ってることは理解できた。
「よくあるものじゃないんですか?」
「スクロールを使って似たようなことをするものはよくある」
パージが答えるとシゲルはなるほどと納得した。
多分これで作ってみたけどうまく動かなくてスクロール式に変えたんだな、と直感した。
けど、魔法陣の仕組みを解き明かせないのに、よくこれだけのものが作れたな――
「これ、ちょっとだけ触っていいですか?壊しませんから」




