19.
「パージ……遅いよ……」
シゲルは山狼の血を浴びたままパージを見た。目元と頬だけ血が流れている。
「悪い……お前が付いてきてるとばかり思って」
パージは腰のポーチから布と治癒のスクロールを取り出すと、シゲルの顔に付いた血を布で拭った。
「腕、出せ」
「パージ……僕――」
「スクロールを使うから」
「僕――まだ逃げてた……君が、アーノンさんが守ってくれてることが、どっかで当たり前って思ってた」
しゃくりあげながら言うシゲルを、パージは抱き寄せた。
「落ち着け。お前は逃げてない。逃げてないから今生きてる。俺がいる時は守ってやる。でも、俺がもし守れなかったら、お前は自分で自分を守らなきゃいけないんだ。だから――俺も焦ってた」
パージの胸は温かくて、早鐘を打つ優しい音がした。
「ごめんなさい」
「謝るのは俺もだ。――さ、手を出せ」
「うん――痛くなってきた」
スクロールを腕に当てながら、パージは「そりゃそうだろ」と軽く笑った。
スクロール越しに流れてくるパージの魔力は温かかった。
「家に帰る前に、ちょっと寄りたい場所があるんだ。いいか?」
一の小屋に着くと、草竜の縄を解きながらパージが言った。
その顔はどこか真剣で、シゲルは黙った頷いた。
「その前に血を落としてこい。また魔獣が襲って来るぞ」
パージの言葉で、シゲルは小屋に備え付けられている小さな風呂で体を洗った。
シゲルが体を洗っている間に、パージがシゲルの服を綺麗に洗っておいていてくれていた。風のスクロールを使って乾燥までしてくれている。
「行くか」
草竜に荷物を積み、シゲルを乗せるとパージも草竜に跨った。
草竜は軽快に森を進み、1時間ほどで目的の場所にたどり着いた。
そこは、建物が倒壊した跡が痛々しく残る村のように見えるが、大森林と同じような魔力を感じる場所だった。
「アーミットの村」
パージが小さく呟くように言った。
やはり村だったのかと、シゲルは納得した。
崩れているが、あちこちに見える石垣の跡はアソンの村とほぼ同じだったからだ。
「ここはさ、俺の幼馴染が住んでいたんだ」
パージの声が少し震えた気がした。
「ここの人達は――?」
シゲルは務めて平静に尋ねた。
聞かなくてもわかる気がしたが、パージが聞いてほしいのではないかと思ったからだ。
「多くの村人は避難できた。だが、ハンターと一部の錬金術師は全滅した」
やっぱり。
シゲルは胸が痛んだ。
「ここは魔獣溢れで――?」
「そうだ。7年前にな」
パージは草竜を進めると、一軒の家があった場所で止まった。
「ここに、俺の幼馴染が住んでた。5つ上で、錬金術師を目指してたんだ」
あの本の――と、シゲルは言いかけて言葉を飲み込んだ。
「妹のセナは俺と同じ年で、父さんみたいなハンターになるんだっていつも言ってたから、きっと真っ先に魔獣に向かって行ったんだろうな」
まるで独り言のようにパージは続けた。
「あの頃、この村はハンターが不足してたんだ。アソンの村からも協力はしたけど、追い付かなかった」
突然魔獣が大森林から溢れ出し、この村を襲った。
ハンターが不足していたせいで魔獣の討伐が追い付いていなかったことが原因と思われた。
そして、その日村は滅んだ。
「母さんがいたんだ。あの日、ここに」
「え――?」
パージの口から、初めて母親のことが語られて、シゲルは驚いた。
「俺の弟か妹が腹にいた。俺は――自分の夢を叶えるために村を出てたから、助けに来れなかった」
パージは草竜を降りると、家があった場所に歩いていった。
シゲルも慌てて後を追うと、パージは背中を向けたまま続けた。
「俺は、子供の頃から騎士になりたくてさ。ロワイヤで修業をしてたんだ。報せを聞いたのは全て終わった後だった。ここに――母さんの剣が落ちてたらしい」
「剣――」
「体は見つからなかった。ほとんどの奴らがそうさ。魔獣に喰われたんだよ」
パージは腰に掛けた剣を、大事そうに触った。
きっとその剣がそれなのだろうと、シゲルは理解した。
「リディ……さんとセナさんは?」
聞かなければいけない、とシゲルは理解していた。パージは聞いて欲しいのだと。
「セナはあっちで、着ていた服の一部が残っていたらしい。リディはここで――父さんたちが到着するまで、最後まで生きて……いや、左腕と右足を喰いちぎられて、体のあちこちをオヴィーにかじられながら、最後まで魔法を放っていた。あいつがかなりの魔獣を倒してなかったら、父さんたちも危なかったそうだ」
あまりに凄惨な話に、シゲルは理解ができなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。
だが、やっと理解した。
なぜパージが自分を守るのか。なぜ、自分に強くなって欲しいのか。
「――ごめん。僕……」
シゲルは絞り出すように言ったが、その続きは出てこない。
パージは弾かれるように振り返ると、シゲルを抱き締めた。
「俺が守る。今度こそ守るから――生きてくれ。死なないでくれ」
「死なないよ。僕――強くなれるかはわからない。でも、死なない。約束する」
パージの背に手を回しながら、シゲルよりも背の高いパージの頭を、ポンポンと叩いた。
初めて、パージが年下に思えた。




