16.
次の日も、エイクはシゲルを村の子供達の所に連れてきた。
ジェインはパージと狩りに出ていて、代わりにキールが店番を休んで付き合ってくれている。
「そもそもさ、身体強化ってなんだよ」
エイクと子供達の無限の体力についていけない26歳の男は、無意識に胸元をまさぐったが、当然タバコはない。
この世界に来てから一度も吸いたいと思わなかったのに――と、シゲルは思った。
「身体強化っていうのは、魔力で体を強化するんだ」
「それはわかってるよ。僕が知りたいのは理屈だよ」
キールに噛み付くが、キールも困った顔をしている。
「うまく説明できなくて、悪い」
謝られるとバツが悪い。
シゲルは居心地が悪くなり、頭をかいて俯いた。
「身体強化をしてるとさ、服を着てるような感覚に近いんだよな」
キールは何とか伝えようと考えながら話してくれている。
「服……」
「魔力が体にぴったりくっついて、動きを助けてくれるというか」
魔力制御とどう違うというのだろう。シゲルは考え込んだが答えは出ない。
「キールたちはそれが物心ついた頃からできるようになってるんだよね」
「そういうことだな」
「……ありがと。あと、ごめん」
シゲルが言うと、キールはシゲルの頭をポンポンと軽く叩いた。
僕の方が年上なのに……
なんとなく張りつめていた気が緩んでしまった。
あの日、自分がやるんだと決めた日からずっと気を張っていた気がする。
広場では走り回っている子供達が見える――見えるのだ。
「あぶない」
一人の子供がよそ見をして走っているが、その先には立てかけた木材がある。
お約束とかやめろよ――
シゲルが咄嗟に立ち上がると、次の瞬間にはその子供は木材に突っ込むところだった。
駆け出しても間に合わないことはわかっていたが、シゲルの足は勝手に走り出していた。
「シゲル!シェリル!」
シゲルはシェリルの体を抱いて、木材の下敷きになっていた。
「おい、大丈夫か?シゲル」
シゲルの体には目立った外傷はなく、エイクの呼びかけにすぐに目を開けた。背中が痛む。
「僕、今――」
「できたじゃねえか」
シェリルを抱いたままのシゲルを、エイクが抱き締めた。
シゲルに遅れて目を覚ましたシェリルは戸惑っていたが、すぐに状況を思い出してシゲルとエイクにしがみついて泣きだした。
「ちゃんと前を見ろっていつも言ってるだろ。シゲルがいたからよかったけど、お前の魔力じゃ下手したら死んでたぞ」
「ごめんなさい」
シェリルを叱るエイクの姿は、まるで父親のようだった。
シゲルは、絶対に忘れてはいけないことを忘れていたことを思い出した。
「どうした?」
家に戻るとパージが狩りを終えて大森林から戻ってきていた。
表情が強張ったままのシゲルを見ると、駆け寄って肩を抱いてくれた。
その温かさが、シゲルの我慢を溶かした。
「エイクが――シェリルが――父親みたいで……僕、忘れてたんだ」
言葉になっていないことなど、シゲルにもわかっている。だが、うまく話せない。
パージが「ああ」とだけ言うと、目の奥に熱がたまった。ぽろぽろと涙がこぼれ落ち、シゲルはしゃくりあげた。
「僕――帰らなきゃいけない。みちるが妊娠してるかもしれないのに、なんで僕はここでのんびりしてるんだよ」
パージの腕はずっとシゲルの肩を抱いている。
あの日目が覚めてから、ずっとそばにいてくれた温かさだ。
シゲルは縋り付くようにパージの胸に腕を回した。
「みちるを忘れてたんだ。ここでの生活が楽しくて――帰りたいって思ってたさ。帰らなきゃって。でも、一番大事なみちるを、僕は忘れてたんだよ」
「でも、ちゃんと思い出した。忘れてない。忘れるってことは、思い出さないってことだ」
パージの言葉はどこか重みがあって、シゲルは一瞬泣いていたことを忘れた。
「そのみちるって人は、お前の奥さんなのか?」
パージの手が、宥めるようにシゲルの背中をさする。
「違う――まだ結婚はしてない。でも、するって決めたんだ。みちるを守りたいって、みちると、みちるの子供を守るんだって」
「じゃあ、早く強くなって帰らねえと」
パージの声は、優しかった。
そうだ。僕は早く戦えるようになって大森林のアベル王子の元に――あの声の元に行かないといけないんだ。
「強く――」
独り言のように呟くと、背中に回されたパージの腕に力が入った。
「そう。強く――だ。お前も、俺も」
シゲルは小さく、しかし力強くうなずいた。




