14.
スクロールはシゲルの好奇心を十分に満足させてくれた。
書かれている文字は、おそらく古代語だろう。オスカーの家で見た緑の革の本に書かれていた文字と同じようなものだった。
そして、一番シゲルの興味を誘ったのはその内容だった。
着火のスクロールは、魔力が周囲の空気や物質に振動として伝わり、エネルギー密度を局所的に高めることで燃焼点を超える。灯りのスクロールは魔力そのものを光エネルギーへと変換している。
それらのフローが書かれたのが魔法陣なのだ。
「ジュール熱に発光ダイオード……」
シゲルは感心しかなかった。
「……科学的に説明するとこうなるな。魔法だけど、原理は物理的なんだ」
アーノンに渡されたスクロールは、それ以外に結界や攻撃用のものがいくつかあったが、それらもすべて解読することができた。
問題は、そのインクだった。
紙は問題なかったのだが、インクは使用者の魔力を効率よく運用するためか、魔力を含んでいる。
さすがにこの村に錬金術師用のインクがあるとも思えない。あるなら渡されているだろう。
「難しいのか?」
頭をひねるシゲルに、パージが話しかけた。
手には暖かい飲み物が入ったコップがある。夜遅くまで作業をしているシゲルへの差し入れだろうか。
「飲むか?」
やはりそうだ。シゲルはありがたく受け取ると、花の香りのする茶を口に含んだ。
やっぱり懐かしい。
「できそうか?」
「魔法陣自体は問題ないんだけど、インクがね」
「インク?」
シゲルが手短に説明すると、パージは何か思い出したように「待ってろ」と、部屋を出ていった。
5分もしないうちに戻ってきたパージの手には3冊の本が積まれていた。
「錬金術の本だ――俺はよくわからねえけど、お前ならわかるんじゃないか?」
その本は、大事に保管されていたのだろう。日焼けなども少なく、綺麗な状態だったが、所々血のような跡があった。
「パージ、こんなの持ってたんだ」
「ああ。ちょっと預かってる」
パージの声に優しさと悲しみが含まれた気がして、シゲルはそっとパージの顔を覗き見た。
「預かり物なのにいいの?僕に渡して……」
「役に立てるんならいいんじゃね?」
そう言うとパージはシゲルの頭を軽く叩いて部屋を出た。
シゲルは残された本を見た。
『錬金術の基本と歴史』
『魔法陣の研究』
『金属の加工と錬成』
3冊の本はどれもシゲルの好奇心をくすぐるものばかりだ。
早速、『錬金術の基本と歴史』を開いた。
パージの差し入れが冷たくなっても、シゲルの部屋の灯りが消えることはなかった。
翌朝はパージに叩き起こされた。
「もう少し寝かせてよ……」
「知るか。お前が勝手に夜更かししたんだろ」
生活を共にして6日目になるが、シゲルの目にはパージはお母さん以外の何者にも見えなくなっていた。
朝は早く起きて朝食の支度をして、アーノンとシゲルの世話を焼く。
「父さん、なんで炭の服と狩用の服を一緒にしてるんです。血が取れなくなるでしょう?」
「すまん――つい」
アーノンさんも何気にパージに敷かれてるんだよなぁ……
シゲルはぼんやりと2人のやり取りを眺めていた。
「あの、ですねパージさん」
ガミガミと叱っているパージに、シゲルはおずおずと声をかける。
「どうした。おかわりか?」
シゲルの皿が空になっているのを素早く察知する。さすがお母さん。――そうではない。
「おかわりじゃないよ――でもちょうだい。……じゃなくて、魔法陣用のインクを作る方法がわかったんですけど」
「そうか」
パージのお説教から解放されたのが嬉しいのか、問題が解決したことが嬉しいのか……多分前者だろう。アーノンが笑顔で頷いた。
「ただ、道具が必要で……魔力と親和性の高い素材ってのが、オヴィーの骨なんですけど」
「骨か――確かこの間のがまだ村長のところにあるはずだ。もらってこよう」
「ありがとうございます」
「僕が行きますよ。父さんの服を洗濯屋に持っていかなきゃいけませんから」
シゲルの前に皿を置きながら、嫌味を含んだ声でパージが言うと、アーノンはその大きな体を丸めた。
「ついでにスクロール用の紙も買ってきてやる」
「ありがとう」
パージはどこまでも気が利く。やっぱりお母さんだとシゲルはクスリと笑った。
パージが出掛けると、アーノンは薪割りをすると裏庭に出た。
パージが戻るまで手持ち無沙汰のシゲルもその後についていく。
「やってみるか?」
アーノンが手斧を差し出したので、シゲルは受け取った。
適度な長さに切られた気を立てて、手斧を振りかざすと、アーノンに笑いながら止められた。
「そんなやり方じゃ手を痛める――こうやるんだ」
シゲルの手から手斧を取り返すと、木に軽く刺す。木をひっくり返して斧を台座に打ち付けると、木は驚くほど簡単に割れた。
「やってみろ」
もう一度手斧を渡されて、同じようにやるとシゲルにもできた。
「パージって、面倒見がいいですよね。家事もテキパキしてるし。昔からあんな感じなんですか?」
「そうだな――7年前に母親が……死んでな。そこからずっと頼りない俺の代わりに家事やらをやってくれてる」
アーノンが一瞬言い澱んだことに、シゲルは気がつかないフリをした。
7年。傷が癒える歳月でもあり、癒えるにはまだ早い年月でもある。
シゲルは「そうなんですね」とだけ言うと、薪割りを続けた。




