10.
パージの繰る草竜に揺られながら、集落を進む。
「この辺は全部ハンター……の、家なんですか?」
「そうだ。石壁がある家は全部ハンターの家だ」
道すがらパージが教えてくれた。
「魔獣が襲ってきてもここで迎え討つ。石壁はあいつらの動きを分散させて止めるからその間に村人を避難させる」
石壁を持つ家は30戸程度が点在しているが、それらは確かに機能的に配備されているようにも見える。
それぞれの家が、前庭と裏庭を備えており、裏庭は必ず大森林側にあった。
生きるための知恵なんだろうと、シゲルは感心した
共同浴場は石壁を村側に抜けた場所にあった。
オスカーの家には風呂があったが、村人は共同の浴場を使うらしい。
だが、それにしてはここは村の生活域から離れているように思える。
「ハンターはハンター用の浴場があるんだ」
きょろきょろと周囲を見てるシゲルに、アーノンが教えてくれた。
「ハンターは村の奴らよりも汚れ方が特殊だからな」
笑いを含んだ声でパージが続けた。
共同の浴場と聞いて、シゲルはてっきり衝立で囲まれた露天風呂程度を想像していたが、浴場は思ったよりもしっかりとした建物だった。
脱衣室で服を脱ぐと、獣の皮らしいカーテンで仕切られた部屋に入る。
湯気がもうもうと上がっていて、息苦しいくらいだ。
「来い。髪を洗ってやるよ」
所在なさげなシゲルに、パージが声をかけてくれたが、髪くらい自分で洗えると反論したい。
しかし、その間も無く抑えられると、壁から突き出た台座に座らされて頭から湯をかけられる。
次いで石鹸で頭を洗われると、気持ちよさにうっとりとしてしまった。
「ほらよ」
仕上げの湯がなければ寝ていた。
テルマエじゃないか――
湯船に浸かりながらシゲルは唖然としていた。
昔映画で見たことがある。
まるで同じではないが、仕組みはほぼ同じだ。
違いと言えば石鹸で体を洗うくらいだろうか。
思うに、この世界はローマ帝国相当の技術や文化がそのまま発達したようなものなのかもしれない。
唯一違うのは魔法があるというくらいで。
「そういえば――入る時お金払ってなかったみたいだけど?」
思いついた疑問は素直に尋ねるのは、シゲルのいいところだ。
「ああ、ここは村の費用で維持してるからな。金はいらないんだ」
大きな体を湯船に溶かしながら、アーノンが教えてくれた。
「その代わり魔力を入れる。それで湯を沸かすんだ」
言われてみれば、髪を洗ってもらっていた間、アーノンは壁に手を当てていた。あそこに魔法陣があるのだろう。
ボイラーのような魔法があるのかもしれない。
「父さんに付き合ってたらのぼせるぞ」
パージがシゲルの肩を叩いた。
「そういえば、僕――ちゃんと自己紹介してなかったよね」
昨日は泣きじゃくってたし、今日は起き抜けでシスルの花茶からの風呂だ。
自己紹介なんてする暇もなかった。
「そういやそうか――俺はパージ」
「僕はシゲルです」
今更だな、とパージが笑うと、シゲルもおかしくて笑ってしまった。
「とりあえずこれを着てろ。その服は目立つし貴族と思われる」
パージが用意してくれたこの世界の服は、まだ新しい麻なのか少し硬いものだったが、肌触りはそんなに悪くなった。
「あと、パージでいい。敬語も不要だ」
「僕の事もシゲルって呼んでよ。多分同じ年くらいだろうし」
パージの言葉に、シゲルは少しだけ打ち解けたようで、照れ臭い気がしたが、すぐに打ち砕かれた。
「お前が俺と同じくらい?冗談だろ?どう見ても子供じゃないか」
シゲルは、パージがこれまで自分に親切にしていたのは、シゲルが子供に見えていたからだということを察した。
「いや、僕は確かに童顔だけどね。これでも26だよ」
「は?俺より年上――?嘘だろ?」
「いくつなんだよ」
シゲルがムッとすると、シゲルよりも少し背の高いパージはシゲルの頭をポンポンと叩いて「24だ」と言って笑った。
確かに、体格からして全然違う。
シゲルは自分の貧弱な体とパージの男らしく逞しい体を見比べて、がっくりと肩を落とした。
そりゃ子供に見られてもおかしくないよな――
「悪かったって」
パージは服を着ながらまだ笑っている。
シゲルは恨めし気もしたが、生活環境が違うのだ。それに、シゲルだって転職してから――正確にはみちると出会ってから――ジムに通って少しばかりは鍛えていたのだが、パージの体と比べると非常に情けないし頼りない。
「そういえば、アーノンさんはまだ出てこないの?」
話を変えようとシゲルは尋ねた。
「ああ、今日は大森林も大人しいからな。ゆっくり風呂に浸かれるって喜んでるんだろう」
早朝から狩りに出た日は、森の様子も観察できる。様子に変わりがなければゆっくり風呂に入れるのだと、パージは説明してくれた。
「そうなんだ――そういえば、パージとアーノンさんは親子なんだよね」
服に袖を通しながら尋ねると、パージは得意げに頷いた。
「父さんはこの村で一番のハンターだ。それはつまり、世界で一番ってことだ」
「すごいな――ってか、めちゃくちゃ若くない?僕、てっきり歳の離れた兄弟かと思ったよ」
「ああ――」
パージは2枚に重ねた布をシゲルの頭に被せると、わしわしと髪を拭きながら言った。
「父さんはその辺の貴族なんかより魔力が強いからな。あれでも今年で46歳だ」
この世界に来て一番の衝撃だったかもしれない。




