トイレ
俺の名は若菜陽一。実はこの体の中には別の意識が存在している。と言うか別の意識が今の主人格になっている。もしかしたら乗っ取られた? そうかもしれないし、そうでないかもしれない。この短編の本題に入る前に自己紹介と俺が所属していた勇者パーティの紹介をしておこう。
この主人格の名はグリーンだ。つまり、俺だ。俺は異世界から来た転生者だ。陽一の意識がどのタイミングでどのようにして消えたのかはわかっている。30歳の誕生日に泥酔してぶっ倒れたのがキッカケだ。その時に陽一は俺になっていた。
多分、俺の意識は陽一が生まれた時からすでに陽一の体の中に居たのだろう。だから、俺は日本語を話せるし、日本で生活する上で必要な知識を持っていた。覚醒した当初は少し戸惑ったが、すぐに慣れたのもそれのおかげだ。なぜ異世界の住人である俺の意識が陽一の中のいたのかはわからないが、俺はこの世界で生活していかなければならない。だから、俺は自分が経験した異世界の面白い話で自分の人生を変えるキッカケになればいい思っている。
今現在、陽一ことグリーンは細々と短編小説を書いて暮らしている。生活保護を受けているので時間はたっぷりあるし、お金の心配も今の所ない。俺、グリーンは異世界での自分の経験をネタに短編小説を書いている。今回は俺が所属していた勇者パーティのトイレ事情に付いて書いてみようと思う。
まず初めに俺が所属していた勇者パーティの構成員を紹介しよう。勇者パーティは6人で構成されている。前衛の2人は勇者のユーキと槍士のスタンだ。共に男だ。後衛の2人は魔導聖女のホリーと補助魔法士兼アーチャーのエリーシャだ。共に女だ。この2人は国でトップクラスの魔法士だ。そして後方支援で治癒師の俺、グリーンと武器の手入れの専門知識を持つ手先の器用なアイシャがいる。ちなみにアイシャは女で、設営などの雑用係も兼務している。それから荷物運びにロバが2頭いる。ロバは予備の武器や食料などパーティ全てに関わる物を運ぶ。基本、予備武器などを除く個人の私物は自分自身で運ぶことになっている。
ところで、なぜ馬車を使わないかって? それはパーティが活動するに当たって、いつも馬車が通れる街道を行く訳ではない。多くの場合、ロバ1頭がやっと通れる道を使う方が圧倒的に多い。なにせ、人里離れた場所で魔物を狩ることがメインの仕事だからな。
さて、ここからはこの短編小説の本題である勇者パーティのトイレ事情を話していこう。日本と違って異世界ではインフラが整っている訳ではない。山道に山小屋があったり、簡易トイレが置いてある事はまずない。基本、トイレは立っしょん及び野グソだ。男の場合、それでも特に問題ない。適当にどこかで済ませばいい。問題は女性の場合だ。
用を足す時はいつもペアで行動しろ。これは勇者ユーキがいつも口がすっぱくなる程、皆に言っていることだ。だが、今日もホリーは隠れて用を足そうとして、グループからこっそり離れた。まぁ、用を足しに行く、と言うだけでも恥ずかしいのだろう。お貴族様だからな。
「ホリー、いつも言っているだろう。野グソをする時は誰か一人、連れて行けと。魔物がいきなり出てきたらどうするんだーよ。お前、魔物にいきなり襲われて食われるぞ」
「ユーキ、野グソと言うな。はしたない。あなたにはデリカシーというのがないの?」
「はぁ~。だったら、何て言えばいいんだよー?」
「例えば、お花摘みに行く、とか言い方があるでしょうが」
「はぁ~。俺達、冒険者だぜ。貴族じゃあるまいし。そんなお上品な言い方なんて出来る訳ねーだろう。調子狂うぜ」
「私は貴族の令嬢よ! 私が冒険者をしているからって『ホリーは一応貴族なんだ』なんて言わせないから。それに私は聖女よ。少しは私に対して謙遜しなさいよー!」
まぁ、ユーキは平民出身で貴族のマナーには疎い。ユーキが国認定の勇者と認めれた時、ホリーはユーキのマナーがなっていないことに懸念した。これからは、ユーキは貴族や王族に会う機会が増える。だから、ホリーはユーキに対して貴族のマナーを叩き込もうとした。が、ユーキはあまり学ばなかった。ユーキの根っからの庶民気質がそれを阻んだのだろう。ユーキは貴族に対して醜態を晒すのは時間の問題なのではとホリーは心配している。
「ホリー、もしそんなに恥ずかしいなら、俺が代わりに見張りに立ってやるぜ。それも、ただでな」
俺は冗談のつもりでホリーに提案したんだが、ホリーは汚物を見るかのように俺を見ると言い返した。
「はぁ~。グリーン。何、戯言ほざいているんだよー。お前ごときクソ雑魚がまともに見張りなんかできる訳ねーだろうがー。てか、お前が金払って私の為に見張りするのが筋だろうが。お前なんかまじ、魔物に襲われて食われてしまえ!」
ホリーは相変わらず俺に対して辛辣だ。ホリーは貴族出身だから、常にお上品な喋り方だと思っていたが、俺に対してだけは荒くれ野郎みたいな口の利き方で話す。だが、俺はホリーのそんな所が好きだぜ。俺が転生した日本ではこの様な男はM男なんて呼ばれている。え~と、俺ってMっ気があるのかな~? いやいや、そんな事はない。相手がホリーだからそうなのだ。男だったり、他の女だったら俺は絶対にそんな風に思わない。まぁ、アイシャならホリーと同じで例外と言った所か。だが、アイシャはいい子で俺に対してでも荒くれ者口調で俺をディスることはない。
次は用を足した後にするケツを拭く方法だ。現代日本では拭き心地がいいトイレットペーパーが手頃な価格で手に入るが、俺が転生前に居た異世界ではそんな物はない。そこでは草や木の葉が使われていた。木の葉は店などで買える。柔らかければ柔らかい程、値段は高くなる。金に余裕がある者が使う物だ。貴族や大商人は布の切れ端を使う。本物の金持ちはこっちを使う。
トイレで使う布は服を作る時に出る切れ端だ。それから、もう着れなくなった服を破いて作るとか。俺のいた元の世界ではまだ、前資本主義世界だ。大量生産、大量消費の日本とは違う。元の異世界では全ての物が一品物だ。2つとして同じ物がない。そんな世界では一着の服でさえ、かなり高い。だから、布の切れ端は本物の金持ちしか使えない。
俺達は勇者パーティなのでお金には余裕がある。だが、トイレの為に布の切れ端を持っていく訳にはいかない。そんな物を使いたがる人はホリーしかいないから、5対1で購入を反対した。俺達、男共は草やスムーズな石でも全然問題なかった。平民出身のアイシャやエリーシャも俺達男と同じで石や草を平気な顔で使っていた。ホリーは泣く泣く草を使う羽目になった。
草も石もない場合は、川でケツを洗った。特に川でケツを洗うことをホリーは嫌った。俺達はどのようにして、川でケツを洗ったかって? それは、ズボンを片方の足だけ脱いで、脱いだ足の方を川に浸ける。そして腕の振りながらケツを洗うのだ。ホリーも俺達のマネをして、川でケツを洗った。と言っても、ホリーは草むらに隠れながら誰にも見られないようにそれをしていた。
ホリーは誰にも見られていないと思っているようだが、俺はしっかりと茂みから隠れて覗いていた。見張りが必要だからな、と言うのはただの言い訳なんだけど。だが、茂みからホリーがケツを洗う所を見た俺はメッチャ萎えた。だって、ホリーの見た目が猿が走っているようだったからな。ホリーがウッホゥ、ウッホゥと言いながらこちらへ向かって走って来てるみたいな。
最初、俺は自分が覗いていた事をホリーに黙っているつもりだった。だが、ホリーの見た目があまりにも滑稽すぎてホリーをからかう衝動が抑えきれなくなった。ホリーはいつも——私は貴族のお嬢様よ——みたいな感じでちょっと鼻に付くからな。だから、あれを見た後は一言二言、言いたくなる。ホリーが野グソしてケツを洗ってからグループに戻ってくると俺は一言、冗談を言った。
「ホリー。お前が川でケツを洗っている時、猿みたいに見えてたぞ」
「グリーン。テメー、覗いていたのか。クソがー。死ね!」
「まあまあ、ホリーさん。そんなに熱くならないで。少し落ち着いて。あの人はしょーもない人ですが、それ以上は何もできない無害な人ですから」
アイシャはホリーをなだめた。あれ~。ひょっとしてアイシャ、今、さらりと俺をディスってなかった? まぁ、いいか。何事もなく終わったのだから。
日本では、なろう系異世界冒険物の小説ではこの様な描写はない。これを知っても異世界冒険物にあこがれる読者がいるのかな? まぁ、何が好きかは人それぞれだから俺はそこにツッコムことはしないのだが。




