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第三部『聖アージェンティウム共和国 ― 白環の響解 ―』:第三章「新生の都-調和の萌芽-」:終

革命から、数ヶ月――


新生アージェンティウムの空は、希望の光に満ち――

どこまでも澄み渡っていた。


かつて、この空を埋め尽くしていた監視烏の影はない。

今、そこにあるのは、自由な空。



聖都の中央広場には、アージェンティウムとアノンノアの主要な代表者が――

一堂に会していた。


新たな門出を祝う、盛大な式典。


それは、長きにわたる閉鎖と抑圧の時代を終え――

多様な音が響き合う、新たな調和の時代が始まったことを象徴する、

歴史的な瞬間だった。


広場を埋め尽くす人々は、誰もが期待と喜びに満ちた顔で――

その光景を見守っていた。



カシアン・ド・ジヴレクールが、壇上に立った。

〈アージェンティウム志區〉の代表として。


彼の瞳には、かつての憂いや苦悩の影はない。

今、そこにあるのは、未来への確かな希望。


深く息を吸い、カシアンは語り始めた。


「我々は、過去の過ちを繰り返さない」


その声は、力強く、聖都の隅々まで響き渡った。


広場が、静まり返った。


「この地は、もはや《静寂》の牢獄ではない。

自由な感情が尊重され、多様な文化が織りなす――

真の《調和》の象徴となるだろう!」


カシアンの拳が、握られる。


彼の声は、人々の心に深く刻まれた。


拍手が起こった。歓声が上がった。


新しい時代の幕開けを、誰もが実感していた。



シエル・ド・セレスティエが、カシアンの隣に歩み出た。


彼女の手には、一冊の書物が握られている。

《真の『天律教』》――

〈アージェンティウム志區〉の原理を記した、新たな経典。


シエルは、静かに、しかし明瞭に読み上げ始めた。


「第一条――個々の感情の尊重。

すべての人は、自由に感じ、表現する権利を持つ」


人々が、じっと耳を傾ける。


「第二条――霊法の平和利用。

霊法は、支配の道具ではなく、調和の礎として用いられる」


シエルの声が、広場に響く。


「第三条――全ての種族の平等。

白天族、人間、獣人――すべてが等しく、恩恵を享受する」


シエルの目が、光を帯びる。


彼女は、書物を高く掲げた。


「これより、〈アージェンティウム志區〉は――

アノンノアの全面的な支援の下、

真の《調律》の思想を世界に示す拠点の一つとなります」


一呼吸置いて、彼女は続けた。


「そして、この地で培われてきた霊法知識は――

抑圧の道具ではなく、世界の調和を築くための叡智として、

全ての種族に開かれるのです!」


その言葉は、新生アージェンティウムの進むべき道を明確に示した。



霊窟孔は、変わった。


かつて、それは搾取の場だった。

下層の労働者たちが、過酷な環境で霊法物質を採掘する場所。


今は、違う。


〈白環霊域志區〉の天蓋が、霊窟孔を覆っている。

その天蓋は、単なる保護シェルターではない。


霊窟孔の豊かな霊力を、周辺の生態系と共存する形で循環させる――

アノンノアとアージェンティウムの技術が融合した、奇跡の建造物。


霊法物質の安定供給、生態系の保護、新たな生命の循環。


霊窟孔は、破壊の場から創造の場へと変貌を遂げていた。


そして、かつての支配階級だった白天族たちは――

その深い霊法知識を活かし、アノンノアの技術者たちと共に働いている。


新たな霊法研究の総本山として。

世界の霊法学の進歩に献身的に貢献する者たちとして。



アージェンティウムのシンボルも、変わった。


かつて、それは無機質な白銀色の円形だった。

完璧な円、完全な静寂の象徴。


新しいシンボルは、全く異なっていた。


太陽の光を浴びて輝くように、多様な色彩が――

複雑に、しかし美しく絡み合っている。


様々な形が、互いに共鳴し合っている。

中心から、無数の《音》が放射されているかのような、躍動的な紋様。


それは、個々の違いを認め――

共鳴し合うことの美しさを表現していた。


静寂ではなく、調和。

抑圧ではなく、共存。

支配ではなく、響き合い。


新生アージェンティウムの未来を、そのシンボルは象徴していた。



その象徴の真下で、奏真はカリンバを奏でていた。


指が、弦に触れる。音が、生まれる。


彼の音楽は、変わっていた。

もはや、人々の感情を《解き放つ》ためのものではない。


今、彼が奏でるのは――

解放された感情が、互いを尊重し、支え合い、そして高め合う――

《調和》の旋律。


怒りも、悲しみも、喜びも。

全てが混じり合い、新たな美しさを生み出す。


それは、生命の讃歌。


彼の指から紡ぎ出される音は、集まった人々の心に深く沁みわたった。


希望、連帯、そして愛。


広場に満ちる歓声と拍手が、彼の音楽と溶け合っていく。

一つの大きな、調和の響きとなって。



奏真の演奏が終わると――


理奈が、拍手をしながら近づいてきた。


「素晴らしかったわ、奏真」


彼女の目には、誇らしげな光が宿っている。


「あなたの音楽が、この国を変えた」


奏真は、首を振った。


「理奈の技術がなければ、何も始まらなかった」


二人は、互いに微笑み合った。


長い旅を共にした、仲間として。

それぞれが、自分の役割を果たした者として。


理奈は、空を見上げた。


「これから、〈白環霊域志區〉の研究が本格化するわ。

アノンノアとアージェンティウムの技術融合――

想像するだけで、わくわくする」


彼女の瞳は、科学者としての情熱に輝いていた。



広場の片隅では、リラ・テトラが笑顔で子供たちを指導していた。


「さあ、もう一度。自分の好きなように歌ってみて」


子供たちが、それぞれの声で歌う。

バラバラだが、それが美しい。


かつては奴隷のように扱われていた、保護国民や下級国民の子供たち。

彼らは今、恐れることなく、自由に歌い、踊り――

そして、未来を語り合っている。


「僕は、音楽家になりたい!」

「私は、霊法を研究したい!」

「僕は、空を飛びたい!」


様々な夢、無限の可能性。


リラは、微笑んだ。

彼女たちの瞳には、未来への希望が満ち溢れていた。


その笑顔は、新生アージェンティウムの明るい未来そのものだった。



別の場所では、ラカンとアキがアノンノアの技術者たちと話し込んでいた。


「この接合部の強度を上げるには……」

「アージェンティウムの伝統技法と、アノンノアの新技術を組み合わせれば」


二人は、天蓋の建設と新たな文化交流の中心にいた。

人々とアノンノアとの、架け橋として。


ラカンは、虎人族としての誇りを胸に。

アキは、真の自由を享受しながら。


互いの文化を学び合い、次世代の職人たちを育成する――

その喜びを、二人は分かち合っていた。



奏真は、カリンバの最後の音を奏で終えた。


広場を見渡す。


かつては《静寂》の檻の中にいた人々が――

今、新生アージェンティウムの下で、

それぞれの《音》を奏で、生き生きとしている。


彼の音楽が、この世界の扉を開いた。

新たな調和の時代を築く手助けができた。


そう、心から実感していた。


その時――


「よくやった、奏真。君の音楽は、この世界を救ったのだ」


マルコが、奏真の肩を叩いた。その手は、温かかった。


奏真は、マルコを見上げた。深く、微笑みかける。


「いえ……マルコさん。救ったのは、俺じゃない」


一呼吸。


「みんなです」


奏真は、静かに言った。


彼は、広場を見渡した。


「カシアンさん、シエルさん、理奈、リラ、ラカン、アキ。

リアムさん、レイモンドさん。そして、この国のすべての人たちです」


奏真は、カリンバを胸に抱いた。


「俺の音楽は――」


奏真の声が、優しくなる。


「みんなの心が、響き合ったから、力を持ったんです」


マルコは、深く頷いた。


「その通りだ。だが――」


彼の目が、優しく微笑む。


「君がいなければ、その響き合いは生まれなかった」


一拍。


「君の旅は、まだ終わらないだろう」


奏真は、頷いた。


世界には、まだ多くの《静寂》が残されているかもしれない。

閉ざされた心、抑圧された感情、失われた希望。


しかし、彼はもう知っている。


どんな深い《静寂》の中にも、必ず《音》は存在する。

その《音》は、必ず《調律》される時が来る。


そして、調律された《音》は、やがて――

美しい調和の旋律を奏で始める。



新生アージェンティウムは、アノンノアの支援の下で――

多様な《音》が響き渡る、真の調和の旋律を奏で始めた。


それは、奏真の音楽と仲間たちが紡ぎ出した――

希望に満ちた未来の、始まりの調べだった。


聖都の空に、夕陽が沈んでいく。


オレンジ色の光が、広場を照らす。

人々の笑顔が、温かく輝いている。


だが、それは終わりではない。


明日、また新しい朝が来る。

新しい音楽が生まれる。

新しい物語が始まる。


奏真は、カリンバを見つめた。


(次は……どこへ行こうか)


世界は広い。

まだ見ぬ国々、まだ聞いたことのない《音》が、待っている。


そして――


まだ《静寂》に閉ざされた心が、あるかもしれない。


(その時は――)


奏真は、カリンバを胸に抱いた。


(また、俺の音楽で――)


奏真のカリンバが、静かに響いた。


その音は、風に乗って世界中に広がっていく。


《響解》の旋律が、今日も世界のどこかで、誰かの心を解き放つ。


そして、その旋律は――決して、止まることはない。


新たな《音》を求めて、奏真の旅は続く。


世界中に、《調和》の響きを届けるために。


――第三章「新生の都-調和の萌芽-」終――


――第三部『聖アージェンティウム共和国 ― 白環の響解 ―』完――

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