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第三部『聖アージェンティウム共和国 ― 白環の響解 ―』:第三章「新生の都-調和の萌芽-」:三

カシアン・ド・ジヴレクールは――

〈アージェンティウム志區〉の代表として、連日、休む暇もなかった。


民衆との対話、『天蓋』の建設計画、アノンノアとの協議。


シエル・ド・セレスティエと共に、彼は駆け回っていた。


だが、彼らの顔には疲労の色はあっても、疲弊はなかった。

旧体制下での苦悩や絶望は、もう消え去っている。


今、そこにあるのは、改革への揺るぎない情熱、確固たる信念。


その姿が、多くの人々に勇気を与えていた。



ある日、カシアンは集まった人々に語りかけた。


「かつて、この国には――《役割》という名の階級制度があった」


彼の声は、広場全体に響き渡った。


人々が、じっと耳を傾ける。


「生まれた場所で、すべてが決まった。

白天族、下級国民、保護国民。

そして、その境界を超える事は困難だった」


カシアンは、一拍置いた。


「だが、その不公平な制度は――もう存在しない!」


その声が、力を帯びる。


群衆から、ざわめきが起こった。


「この新生アージェンティウムでは、皆が対等だ。

それぞれの能力と意思に基づき――

この新しい社会を、共に創り上げていくのだ!」


カシアンの拳が、握られる。


拍手が起こった。歓声が上がった。


希望が、確かにそこにあった。



シエルは、別の場所で講義を開いていた。


彼女の前には、新訳天律聖書が開かれている。

その解釈は、かつての天律聖書とは全く異なるものだった。


「《真の『天律教』》とは何か」


シエルの静かな声が、聴衆を捉える。


「それは、《静寂》ではありません。

人々が自由な感情を持ち、多様な文化を享受すること――

それこそが、宇宙の絶対法則である《調和》なのです」


シエルの目が、光を帯びる。


彼女は、聖書の一節を指し示した。


「ここには、こう書かれています。『諸々の音が響き合い、天の律に至る』と」


シエルの指が、ページに触れる。


「これまで、この《音》は比喩として軽視されてきました」


シエルの瞳が、鋭く光った。


「しかし、これは比喩ではない。文字通りの真理です」


一呼吸。


「多様な個が、それぞれの音を響かせ、共鳴し合う――

それが、本当の《調和》なのです」


シエルの声が、響く。


彼女の言葉は、混乱の中にあった人々に新たな精神的支柱を与えた。

未来への、確かな道筋を示した。


聴衆の中から、一人の老人が立ち上がった。


「私は……長年、《静寂》こそが正しいと信じてきました」


その声は、震えていた。


「しかし――今、理解しました。

私が求めていたのは、静寂ではなく――

真の《調和》だったのだと」


老人の目には、涙が浮かんでいた。


シエルは、静かに頷いた。



『律霊掌』リアム・ド・アルバートルは――

自身の選択に、後悔はなかった。


『天昇の繭』の霊依に、彼は霊魂を憑依させる。


だが、今は違う。


かつては《支配》だった。霊依に命令し、従わせる。

それが『律霊掌』の仕事だった。


今は――《共鳴》。


「頼む。一緒に、動いてくれ」


リアムは、霊依に語りかけた。


巨大烏賊の触手が、応えるように動いた。


以前とは違う。より滑らかで、生き生きとした動き。

まるで、霊依自身が意思を持っているかのように。


「これが……本当の《律霊》なのか」


リアムは、微笑んだ。


霊依から、かすかな《響き》が返ってくる。


彼の仲間たちも、同じように新たな方法で律霊体を運用し始めていた。


『律霊掌』は――もはや《支配者》ではない。


霊依たちとの《共鳴者》となったのだ。



下級国民や保護国民として虐げられてきた者たち――

その中心に、リラ・テトラがいた。


彼女の目は、輝いていた。


「ねえ、聞いた? アノンノアでは、誰でも好きな場所に行けるんだって」

「本当? 私たち、ずっとここにいなきゃいけないと思ってた」

「もう違うのよ。私たちは、自由なんだから」


リラは、仲間たちに語りかけた。


「アノンノア原理――真の自由。

もはや《与えられた場所》に留まる必要はない。

自らの意志で、新天地に向かうことすら可能なの」


彼女の声が、弾む。


彼女の周りには、かつての仲間たちが集まっていた。

みんな、未来への夢を語り合っている。


「私は、アルティフィキアで技術を学びたい」

「僕は、ヴィリディアで農業を」

「私は……アノンノアに行ってみたい」


様々な夢、様々な可能性。


それが今、彼らの前に広がっていた。


リラは、胸を躍らせた。


(こんな未来が来るなんて、かつて誰が想像できただろう)



通商奉都――


ロラン・ド・ヴァラルジャンは、執務室で地図を広げていた。


混乱の終焉を、彼は静かに見守っていた。

だが、ただ見守っていたわけではない。


彼は、すでに次なる一手を打っていた。


「見ろ。旧体制の崩壊がもたらした、経済的な空白。

そして、アノンノアの支援による『天蓋』建設がもたらす、新たな需要」


ロランは、部下に地図を示した。


彼の指が、幾つかの地点を指し示す。


「物資、技術、人材。すべてが必要とされている」


ロランの瞳が、鋭く光った。


「これは、千載一遇の機会だ」


彼は、部下に命じた。

その声には、冷静な判断力と未来への明確な展望が宿っていた。


「アノンノアとの支援ルートを、早急に確保せよ。

彼らの持つ豊富な資源と高度な技術は――

新生アージェンティウムの復興に、不可欠となる」


ロランは、続けた。


「そして、霊窟孔の新しい利用法についても、彼らと積極的に協議したい。

我々ヴァラルジャン家もまた、新たな《調和》の一翼を担うのだ」


商人の目は、常に未来を見ている。



共和国の地は、もはや《静寂》の凍土ではなかった。


新生アージェンティウム――

まだ不安定で、多くの課題を抱えている。

前途は、決して平坦ではないだろう。


しかし――


奏真の音楽が、響いている。

人々が取り戻した《感情》が、溢れている。

アノンノアとの協力が、実を結び始めている。


その大地に、新たな生命の息吹がもたらされた。


多様な《音》が自由に響き渡る、豊かな《調和》の大地へと――


聖アージェンティウムは、確実にその姿を変え始めていた。


静寂は、過去のものとなった。


今、ここにあるのは――《響解》。


新しい時代が、始まっている。

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