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第三部『聖アージェンティウム共和国 ― 白環の響解 ―』:第三章「新生の都-調和の萌芽-」:二

静寂の鎖が解き放たれて、数週間が経った。


新生アージェンティウムは、混沌と希望が入り混じる――

活気ある変革の只中にあった。


かつて、この街を支配していたのは重苦しい沈黙。

人々は下を向き、囁き声でしか話さなかった。


今は、違う。


旧体制の残骸が片付けられ、新たな建設計画が次々と立ち上がる。


聖都の空には、人々の話し声が響く。

槌音が鳴り響く。笑い声すら、聞こえてくる。


新しい生命の鼓動――聖都は、生まれ変わろうとしていた。



アノンノアからは、支援が届き始めていた。


律紀が率いる熟練の技術者チーム。

大量の物資を積んだ律霊飛空艇が、次々と聖都に降り立つ。


建築資材、食料、医療品、そして新たな霊法技術の設計図。


復興作業は、目覚ましい速度で進んでいった。


かつて《混沌》として恐れられていたアノンノアが――

今は希望の象徴として、聖都を支えている。


時代は、確かに変わったのだ。



工匠奉都の一角、理奈は大きな設計図を広げていた。


周りには、レイモンド・ブランシュをはじめとした――

アージェンティウムとアノンノアの霊法専門家たちが集まっている。


〈白環霊域志區〉の運用計画。そして、霊窟孔直上への『天蓋』の設計。


「見てください。現在の聖都は、霊窟孔の真上に位置しています」


理奈の指が、地図上の一点を示した。


専門家たちが、身を乗り出す。


「表層の霊法資源は枯渇してきている。でも、深層には――

まだ豊かな霊法資源が残っている」


理奈の瞳が、光を帯びた。


「この利点を最大限に活かすべきです。現在の聖都を天蓋に改造して――

霊法技術や物質の採掘、研究、開発までを一貫して行える、

霊法研究都市として再構築するのです」


一呼吸置いて、彼女は続けた。


「これが最も効率的で、未来の霊法技術の中核となるでしょう」


その言葉には、科学者としての確信と――

未来への明確な展望が宿っていた。


レイモンドは、じっと設計図を見つめていた。


『天蓋』、霊法研究都市、自分たちの技術が真に人々のために役立つ未来。


彼は、深く頷いた。


「素晴らしい……私たちの技術が、ようやく――

本当の意味で、活かされる」


その声は、感動に震えていた。


レイモンドの顔には、職人としての純粋な喜びと誇りが浮かんでいた。


(長年、白天族のために働かされてきた)


(自分の技術は、誰のためのものだったのか)


夜な夜な、工房で自問した日々。


作れば作るほど、心が空虚になっていった。


だが――


(今、答えが見えた)


自分の技術が、本当に人々のために――

役立つ未来が、見えた。


「全力で、協力させていただきます」


レイモンドの声は、確信に満ちていた。



工房区では、ラカンの声が響いていた。


「おい、そこ! もっと丁寧にやれ!

新しい技術ってのは、焦っちゃダメなんだ!」


虎人族の巨体が、職人たちの間を動き回る。

彼の指導は厳しいが、その目には温かさがあった。


アキは、別の工房で若い職人たちを集めていた。


「アノンノアの技術は、確かに新しい。

でも、僕たちの伝統的な技術と組み合わせられるはず」


彼の手元には、アノンノアの設計図と――

アージェンティウムの古い技術書が並んでいる。


「新しいものと古いもの。両方を大切にすることが――

本当の進歩なんだって、奏真が教えてくれたんだ」


二人の献身的な協力によって、工匠奉都の職人たちは――

新たな技術習得に励んでいた。


聖都の霊法技術は、新たな局面を迎えようとしていた。



聖都の中央広場では、奏真の音楽が毎日響き渡っていた。


彼は、ただ演奏するだけではない。

人々の感情を呼び覚まし、調和へと導くための――

《調律》の体験会を、開催していた。


最初の日、人々は恐る恐る集まってきた。


「楽器に……触れてもいいのか?」

「《混沌》では……?」


長年の教義が、まだ人々を縛っている。


奏真は、優しく微笑んだ。


「大丈夫。音楽は、混沌じゃない。一人ひとりの心の声なんだ」


彼は、カリンバを弾いた。穏やかな音色が、広場に響く。


「さあ、あなたの音を、聞かせてください」


かつて感情を抑圧されていた人々は、最初は戸惑いながらも――

カリンバや、アノンノアから持ち込まれた様々な楽器に触れ始めた。


初日は、ぎこちなかった。

それぞれの音がバラバラで、不協和音を奏でた。


「これで……いいのか?」

「変な音になってしまう……」


だが、奏真の穏やかな指導が続いた。

そして、彼自身の音楽が持つ《調和》の力が――

人々の心を、解きほぐしていった。


一週間、二週間――少しずつ、人々は変わっていった。


最初は不協和音だった音が――

次第に、調和し始める。


誰かがカリンバを弾く。

別の誰かが、リズムに合わせて鈴を鳴らす。


さらに別の誰かが、その上に笛の音を重ねる。


それぞれがバラバラだった音が――

いつの間にか、一つの《調べ》になっていた。


自分たちの感情を自由に表現することの喜びを――

人々は、取り戻していった。


広場には今、喜びや好奇心に満ちた多様な音が溢れている。



ある日、一人の老女が広場にやってきた。


彼女は、小さな鈴を手に取った。震える手で、それを鳴らす。


チリン――


澄んだ音色が、広場に響いた。


老女の目から、涙が溢れた。


「私の心にも……こんな音が……!」


声が、震える。


彼女は、鈴を握りしめた。

何十年ぶりだろう。この感覚は。


それは、彼女が長年押し殺してきた――

純粋な《喜び》の、音だった。


周りの人々も、涙を流していた。

奏真も、静かに微笑んでいた。


音楽が、人を取り戻していく。その瞬間を、目の当たりにしていた。



広場の隅では、子供たちが集まっていた。


彼らは、もう恐れていない。自由に歌い、踊り始めた。


一人の少女が、太鼓を叩く。

少年が、笛を吹く。

別の子供たちが、手拍子で加わる。


「ねえ、この音、きれい!」

「私も! 私も鳴らしてみたい!」


無邪気な笑顔が、聖都の空に弾ける。


老人たちは、その姿を見て微笑んだ。


(この子たちは、自分たちとは違う)


(最初から、自由を知っている)


(彼らが――)


(新しいアージェンティウムを、作っていくのだ)


聖都の広場は、変わった。


かつての無機質な静寂は、もうない。


今、ここには――多様な音が響き合う、生命力に満ちた場所がある。


空を見上げると――


かつて監視烏が飛び交っていた空が、今は青く澄んでいる。


風が、心地よく吹き抜ける。


その風に乗って、音楽が街全体へと広がっていく。


奏真のカリンバの音色と共に――

人々の笑い声、子供たちの歌声、職人たちの槌音。


それら全てが混じり合い、新しいアージェンティウムの《響き》を奏でていた。


新しい時代が、確かに始まっている。


そして――その調べは、まだ終わらない。


これから、もっと美しく、もっと豊かに――

響き続けていくのだろう。

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