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第三部『聖アージェンティウム共和国 ― 白環の響解 ―』:第三章「新生の都-調和の萌芽-」:一

天律教皇ユリウスの失脚――


それは、聖アージェンティウム共和国に――

長きにわたる《静寂》の終焉を、告げた。


玉座の間を埋め尽くした国民たちの怒りと、解放の歓声。

その声は、聖都全体に木霊した。


旧体制の象徴であった白環七家――

アロワール家、ミラルジャン家、ジヴレクール家。


その権力は、まるで砂の城のように、音を立てて崩れ去った。



シルヴァン・ド・ミラルジャンは、混乱の中で姿を消した。

誰も、彼の行方を知らない。


ダミアン・ド・ジヴレクールは――

自らの家門の不名誉と、甥への裏切りに打ちひしがれ、

衛士庁の指揮権を完全に放棄した。


彼の目は虚ろだった。まるで、魂が抜け落ちたかのように。


その顔には、長きにわたる支配がもたらした疲弊と――

秩序の崩壊への絶望が、深く刻まれていた。



しかし、自由は常に混沌と隣り合わせだ。


数百年もの間、《静寂こそ善》という教義の下で生きてきた国民たち。

『偽りの聖水』による精神支配に縛られてきた人々。


大聖堂から街へと溢れ出した歓喜の裏には――

長年の服従から解放されたことへの不安、先行き不透明な未来への恐れ。


人々は、互いの顔を見合わせる。

どうすればいいのか。何を感じればいいのか。


わからずに、不安げにざわめき合っていた。


「これから……どうすればいい?」

「誰が、私たちを導くんだ?」

「本当に、これで良かったのか?」


不安は、次第に恐怖へと変わりつつあった。


革命の熱狂が冷めた後に――

現実の問題が、人々を襲い始めていた。



その時――


「静かになれ!」


崩壊した大聖堂の玉座の間で、一人の男が立ち上がった。


カシアン・ド・ジヴレクール。


押し寄せる群衆に向かって、彼は声を張り上げた。

その声は、混乱の中にも確かな響きを持っていた。


ざわめきが、徐々に静まっていく。


「これ以上、混沌に呑まれてはならない!」


カシアンの声が、響く。


「我々は確かに、《静寂》という名の牢獄を打ち破った」


一呼吸。


「だが、それは混沌に身を委ねるためではない」


カシアンの目が、人々を見渡す。


「新たな《アージェンティウム》を築くためだ!」


彼の隣には、シエル・ド・セレスティエが立っていた。

静かに、しかし確固たる存在感を持って。


その知的な眼差しが、群衆一人ひとりの不安を捉えている。


シエルが、一歩前に出た。


「私たちは、真の『天律教』を取り戻すために立ち上がりました」


シエルは、大きく息を吸った。


「それは、秩序と感情が対立する《混沌》ではありません」


シエルの視線が、人々を見渡した。


「旧体制の《静寂》は、個を否定し、感情を封じ込めた。

だが、真の『天律教』は違います」


一拍。


「多様な《音》が響き合い、真に調和する世界――

それこそが、我々が目指すものです!」


シエルの視線が、人々を見渡した。


その言葉に、人々の間からざわめきが起こった。

だが、それは恐れではなく、希望のざわめきだった。


「私たちは、新たな共同体を設立します」


シエルの声は、静かだが明瞭だった。


「〈アージェンティウム志區〉――

革命派が掲げる真の『天律教』を守り、

新たなアージェンティウムの未来を築くための組織です」


シエルの目が、光る。


シエルは、隣のカシアンを見た。


「カシアン・ド・ジヴレクールが、その代表として。

そして私、シエル・ド・セレスティエが、思想的な柱として――

混乱する民衆をまとめ、新たな方向性を示します」


彼らの言葉は、不安に苛まれる人々の心に、新たな希望の灯をともした。


聖堂内に響くその声に、民衆は徐々に静まり返り――

真剣に、耳を傾け始めた。



「我らは、アノンノアの《調律》の思想を――

この新しい共同体の根幹とする」


カシアンは、続けた。


「個人の感情と自由を尊重し、霊法を平和的に利用する新たな道を――

このアージェンティウムで、築き上げる!」


拳が、握られる。


カシアンは、深呼吸をした。

次の言葉が、どれほど重いものか、彼は理解していた。


「その為に……我々、新生アージェンティウムは――」


聖堂内が、静まり返った。

人々が、息を呑んでいる。


カシアンは、まっすぐ前を見据えた。


「アノンノア協和連への加入を、目指す」


カシアンの声が、響く。


一瞬の、沈黙。


そして――ざわめきが、起こった。


「アノンノア……?」

「あの、《混沌》の国に……?」


動揺が、波のように広がる。


だが、カシアンは続けた。


「恐れることはない」


彼の声が、動揺を鎮める。


「アノンノアは、我々が思い込まされていたような《混沌》ではない。

そこには、多様性と自由の中で、真の調和を実現した――

新たな世界がある」


そして、カシアンは続けた。


「さらに、霊窟孔の管理と霊法の研究を行う――

〈白環霊域志區〉の設立を、ここに宣言する」


カシアンの声は、力強かった。


「共和国の硬く閉ざされていた扉は、今、開かれる。

外部の《調和》の光を、受け入れるのだ!」


それは、聖都の歴史上、誰もが想像し得なかった――

新たな時代の幕開けを告げる、宣言だった。



最初は、沈黙だった。


誰もが、この歴史的な瞬間の重みを噛みしめていた。


そして――


一人の老人が、拍手を始めた。

次に、若い女性が。労働者が。保護国民が。


やがて、それは大きな拍手の波となって、聖堂を満たした。


涙を流す者もいた。

笑顔を見せる者もいた。

まだ戸惑いを隠せない者もいた。


だが、確かに――希望が、そこにあった。


新たな時代が、始まろうとしていた。



群衆の中で、奏真は静かにカリンバを抱いていた。


理奈が、隣で微笑んでいる。

リラが、感動の涙を流している。

ラカンとアキが、力強く頷いている。


そして、カシアンとシエルが、新たな未来を語っている。


奏真は、思った。


自分の音楽が、本当に人々を変えた。

静寂は破られ、《響解》が訪れた。


だが、これは終わりではない。


始まりなのだ。


新たな調和を築くための、長い道のりの。


(これから――)


奏真の目が、窓の外を見る。


聖都の空が、見える。

かつて監視烏が飛び交っていた空。


今は――


ただ青く、広がっている。


奏真の指が、カリンバの弦に触れた。

静かに、希望の音色を奏でる。


その音は、新生アージェンティウムの未来を祝福するかのように――


聖堂に、響き渡った。


そして――


その音楽は、開かれた窓から外へと流れ出し、

聖都全体へと、広がっていく。


新しい時代の、始まりを告げる音楽として。

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