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第二部『煉鱗皇国 ― 咆哮と調律 ―』:第二章「護域の都-知と武の協奏-」:二

翌日――


皇龍府の作戦室。


円卓の中央には――

投影盤が、据えられている。


瘴圧(しょうあつ)の等高線。

風を示す矢印。


それらが――

刻々と、

動いていく。


その投影盤を――

囲むように。


アノンノア側は――

律紀、奏真、理奈。


皇国側は――

獅子族将軍ガザン、

狐人族参謀ビャクロク、

梟人族の長フシル。


そして――

龍帝ホヒト。


律紀が――

指先で地図を拡大する。


魔窟孔(まくつこう)周辺の瘴霞(しょうか)濃度。

危険域を示す《瘴圧指数》。


それらが――

リアルタイムで、

可視化されている。


これまでの皇国が持つ地図とは――


比較にならないほど、


高精度だった。


「ご覧ください」


律紀が――地図を示す。


「これが――最新の《瘴圧地図》です」


一呼吸。


「瘴霞の濃度が最も高いのは――」


指が、ある一点を指す。


魔喰杉(まじきすぎ)の根源周辺」


そして――地図上の矢印が、動く。


「しかし――風向きと地形により」


律紀は、淡々と続ける。


「危険域は、刻一刻と変化しています」


ガザンは――

眉間に深い皺を刻んだまま、

地図を睨みつけていた。


(これは――)


自らの目で見た、魔窟孔の危険。


それが――


この地図と、


完全に、


一致している。


ガザンの拳が――


わずかに、


震えた。


「貴国には――」


律紀が、告げる。


「魔物の掃討と前線突破を」


一呼吸。


「我々アノンノアは――」


その視線が、まっすぐに向けられる。


「測位と情報解析」

「装備提供」

「そして後方支援と後送を」


役割が――

明確に、

分けられた。



奏真が――続ける。


「俺は前線での戦闘には、加わりません」


カリンバを、見せる。


「代わりに――」


その目が、まっすぐに前を向く。


「皆様の代謝を安定させ」

「瘴症の発症を抑える」


一呼吸。


「『護脈鼓舞旋律(ごみゃくこぶせんりつ)』を――」


「奏でさせていただきます」


ガザンが――

鼻を鳴らした。


「楽士ごときが……」


その声には、嘲りがある。


「この戦場で何ができるというのだ?」


拳が、握られる。


「鼓舞など――」


「戦場の血潮で十分ではないか」


「将軍」


ビャクロクの声が――

割って入る。


「陛下の御前です」


その視線が、厳しい。


「アノンノアの提案は――」


「既に、承認されております」


ガザンは――

不満げな表情を隠さない。


だが――


ホヒトの鋭い視線を受け、


それ以上は、


何も言わなかった。



―― 作戦段階【伊】測る ――


作戦が――始まった。


魔窟孔の上空を――

無数の影が、飛び交う。


律霊灯鴉(りつれいとうあ)〉。


アノンノアが開発した、

測定装置だ。


数千の灯鴉(とうあ)が――

意思を持つかのように、

精密な編隊を組んでいく。


瘴霞の濃度を――

リアルタイムで計測し、

データを送り続ける。


作戦室の瘴圧地図が――


刻々と、


更新されていく。


同時に――


高空から、別の影が舞い降りる。


梟人族の長、フシル。


数名の若者を率いて――

魔窟孔へと入っていく。


卓越した視力で――

魔喰杉の花粉柱を捉え、

その位置をマーキングしていく。


律霊灯鴉(りつれいとうあ)の精密なデータと――

フシルの経験則が、

重なり合う。


その瞬間――


フシルの目に、


わずかな、


驚きの色が浮かんだ。


(一致している――)


知と武。


異なる能力が――


初めて、


連携を見せ始めた。



作戦室の隅で――


ガザンは、地図を見つめていた。


瘴霞の動きが――

刻々と、

更新されていく。


(戸惑いが――ある)


しかし――


それが戦略に不可欠な情報であることは、


否定できない。


ガザンの胸中には――


《武》の誇りと、


そして――


この新たな《知》への、


渋々ながらの、


敬意が、


複雑に混じり合っていた。



―― 作戦段階【呂】備える ――


「兵士たちに――」


律紀が、告げる。


「この装備を、支給してください」


差し出されたのは――


小型の、耳甲型の装置。

律霊音響機(りつれいおんきょうき)〉。


そして――

鼻腔に装着する、半透明のフィルタ。

澄膜(ちょうまく)〉。


「〈澄膜〉は――」


律紀が、説明を始める。


「鼻腔から侵入する魔味粒子を濾過し」

「瘴圧の上昇を抑えます」


一拍。


「鼻呼吸の徹底を」


そして――もう一つの装置を示す。


「〈律霊音響機〉からは――」


「『護脈鼓舞旋律(ごみゃくこぶせんりつ)』が送られます」


一拍。


「体内の代謝を、活性化させるためのものです」


律紀の視線が――兵士たちを見渡す。


「これらの装備は――」


「皆様が瘴霞濃度の高い環境下でも」

「より長く」

「より安全に活動し」


一拍。


「犠牲者を、減らすことを目的としています」


律紀は――淡々と説明する。


兵士たちは――

困惑していた。


不信感が――顔に、刻まれている。


(こんな薄っぺらいもので――)


誰かが、呟く。


(我らの身体が瘴霞に耐えられるとでも?)


その懐疑が――

空気に、漂っている。


「将軍」


律紀が――ガザンを見た。


「データが示す通り――」


「これまで貴殿らの武が不可能とした」

「前線への突破には」


一拍。


「これが、必要です」


律紀の声は――冷静だった。


「我らの技術は――」


「貴殿らの武を補助し」

「限界を引き上げるためのもの」


一拍。


「これは単なる鼓舞ではなく――」


その目が、まっすぐに向けられる。


「生命を守るための、システムです」


そして――


「信じられないのであれば――」


律紀は、一歩前に出る。


「まずは私を含めた」

「アノンノアの者たちが先行します」


冷静かつ――

自信に満ちた言葉。


ガザンは――


返す言葉を、


失った。


ホヒトの視線が――

再び、ガザンに突き刺さる。


――


ガザンは――

渋々ながらも、


装備の着用を、


許可した。



澄膜(ちょうまく)〉を装着し――

律霊音響機(りつれいおんきょうき)〉を耳に着けた、

皇国兵士たち。


瘴圧地図を更新しつつ――

段階的に、

魔窟孔の深部へと前進していく。


しかし――


魔喰杉に近づくにつれて、


瘴霞の濃度が、


急激に、


高まっていく。


そして――


突如として。


激しい瘴霞嵐(しょうかあらし)が、


吹き荒れた。


「ぐっ…!」


兵士の一人が――膝をつく。


「瘴圧が、急上昇している!」


別の兵士が――苦しげに声を上げる。


「身体が…持たない!」


本来であれば――


この時点で瘴症・第二段の発症が顕著になり、

次々と膝をつき、

前線ラインが崩れ始めるはずだった。


その瞬間――


〈律霊音響機〉から、


清らかな音色が、


響き渡った。


カリンバの音色。


奏真の奏でる――


護脈鼓舞旋律(ごみゃくこぶせんりつ)』だ。


その音色は――


荒れ狂う瘴霞嵐の中に、


不思議な静けさを、


もたらした。


兵士たちの身体に――

何かが、流れ込んでくる。


(なんだ――これは)


息が、整う。

心臓の拍動が、落ち着く。

そして――身体の芯から、

毒素が、流れ出ていく。


特定のフレーズが――

自律神経と霊拍を、

同期させている。


代謝が、活性化する。


瘴症の進行が――


抑えられた。


「…なんだ、これは…」


兵士の一人が――呟く。


「身体が…軽い…?」


別の兵士が――自分の手を見つめる。


(嘘だろ――)


瘴霞嵐の中。


本来なら――

活動不能になるはずの状況。


それなのに――


身体が、動く。


肉体の苦痛が――和らいでいる。

心が――落ち着いている。


これまでより――


ずっと、


長く活動できる。



最前線。


ガザンもまた――

その音色に身を委ねていた。


身体の異変が――


抑えられている。


「見えぬ力…」


ガザンが――呟く。


「これが――」


拳を、見つめる。


「知の装備、か…」


これまで信じてきた――

絶対的な《武》。


それとは異なる。


しかし――


確かに、


兵士たちを護っている。


力を、与えている。


(これが――知、か)


ガザンの胸に――


何かが、


芽生え始めていた。


「将軍」


ビャクロクの声が――低く響く。


「次段階【波】の準備を」


ガザンは――

一つ、頷いた。


そして――


「全隊――」


その声が、


瘴霞の奥へ、


響き渡る。


「前進しろ!」



奏真の旋律と――


ガザンの咆哮が、


瘴霞嵐を、


裂いていく。


知と武の協奏が――


今、


始まった。

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