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第二部『煉鱗皇国 ― 咆哮と調律 ―』:第二章「護域の都-知と武の協奏-」:一

煉鱗皇国からアノンノアへの救援要請――


それから、数日後。



炎龍城の空に――


見慣れぬ影が、現れた。


〈律霊飛空艇〉『ハルモニア』。


分厚い紅の城壁に囲まれた都へ――

それは、鐘の音も揺らさぬ静けさで、

降りていく。


金属の巨体が――

空気を震わせることなく、

着地した。


城壁上の弓楼には――

鱗衛が列をなしている。


槍の穂先は――

礼の角度を保ちながらも。


その目には――


未知への警戒と、

不信の色が、

深く宿っていた。


城門前の広場には――

すでに数千の民が、集まっていた。


頬に――瘴灼けの斑を宿した者。

布で口元を覆う――咳き込む者。

子を抱きしめる――母親。


皆が――

空を仰いでいる。


見慣れぬ、異邦の船を。


その視線には――


救いへの、希い。


そして――


剣なき者への、懐疑。


その二つが――


同じだけ、


揺れていた。


やがて――


飛空艇のハッチが、開いた。


しゅう――


空気が抜ける音。


そして――


一人の女性が、姿を現した。


律紀。


アノンノア代表兼技術主任。


その横には――


カリンバを携えた、若い男。

奏真。


そして――

機巧の道具を抱えた、若い女性。

理奈。


彼らの背後には――

様々な機材を携えた、

技術者たちが続く。


民衆が――息を呑む。


(これが――調律師……?)


誰かが、呟いた。


(こんな若者たちが――我らを救うというのか)


ざわめきが――広がっていく。


彼らを迎え入れたのは――

鱗衛省の兵士たちだ。


その眼差しは――


技術者たちではなく。


奏真の、カリンバに。


注がれていた。


一人の兵士が――小声で呟く。


「楽器……?」


別の兵士が――眉をひそめる。


「あれで、戦うというのか」


嘲笑。

困惑。

そして――屈辱。


異邦の楽士が――

この国の危機を、救うという。


彼らの武の誇りが――


静かに、しかし深く、


傷つけられていた。


一行は――

厳重な護衛のもと、

城内へと案内された。



謁見の間――


そこは、武の威容を誇る空間だった。


重厚な龍の彫刻。

燃え盛る炎を象った装飾。


壁という壁が――

この国の力を、

誇示している。


その荘厳な空間の中央に――


龍帝ホヒトが、

玉座に座していた。


堂々たる威容。

圧倒的な存在感。


その両脇には――


武骨な鎧に身を包んだ、

獅子族将軍ガザン。


冷静な眼差しの、

狐人族の参謀ビャクロク。


そして――


後方には、

梟人族の長フシルの姿も。


奏真は――

その光景を、見つめた。


(これが――煉鱗皇国)


胸に――

静かな緊張が、

走る。


「アノンノアからの使者たちよ」


ホヒトの声が――

広間を満たした。


その声は――

石を震わせる響き。


「よくぞ、参った」


律紀が――一歩、進み出る。


膝を折るでもなく。

胸を張るでもなく。


ただ――

まっすぐに、言葉を置く。


「アノンノア代表・技術主任の律紀と申します」


その声音は――

丁寧で、

ひと欠片の虚勢もない。


「龍帝陛下からの要請を受け――」


一呼吸。


「瘴霞の災禍に対し」


律紀の目が――

ホヒトを真っ直ぐに見据える。


「私たちの知と技術をもって――

ご支援させていただきます」


その時――


ガザンが、鼻を鳴らした。


「知と技術、だと?」


その声には――明らかな嘲りがある。


「我が皇国は――」


拳が、握りしめられる。


「数千年にわたり、武の力で国を護ってきた」


一呼吸。


「魔窟孔の魔物など――」


ガザンの目が、鋭く光る。


「我らの刃をもってすれば……!」


律紀は――遮らない。


ガザンを一瞥することもなく――

ただ、玉座へ向けて、

同じ調子で続けた。


「陛下」


その声は――静かだが、確かだった。


「最初に、申し上げます」


一呼吸。


「アノンノアは――武を、否定いたしません」


律紀の言葉が――玉座の間に響く。


「相補――」


彼女は、続けた。


「それが、我らの姿勢です」


一拍の、沈黙。


「まず《測り》――」


「次に《備え》――」


「そして《守る》」


その三つの言葉が――


重く、


響いた。


ホヒトは――黙って、律紀の言葉を聞いていた。


《測り》

《備え》

《守る》


その三つの段階。


(合理的――だ)


ホヒトの胸に――

想いが去来する。


(私は――測ることなく、刃を振るった)


拳が、握りしめられる。


(備えることなく、前へ突き進んだ)


一呼吸。


(そして――守れなかった)


その合理的な三段階の思考が――


武で全てを解決してきた、

自らの短絡性を、


改めて、


突きつけてくる。


謁見の間の空気が――

一瞬、止まった。


そして――


鋭く、


張り詰めた。


「この――」


ガザンの声が――低く、唸るように響いた。


「ひ弱な学者が……!」


拳が、震える。


「我らの武を――」


その目が、怒りに燃える。


「下位に置くかのような言い草――」


ガザンの手が――


腰の剣に、


かかった。


「許せぬ!」


キィン――


剣が――鞘から、抜かれようとした。


その瞬間――


「――ガザン」


重々しい声が――


玉座から、響いた。


ホヒトだ。


「控えよ」


その一言が――


刃の鈴を鳴らす前に、


落ちた。


ガザンは――我に返る。


剣から――手を、離す。


だが――


その目には、未だ――


怒りの炎が、


燻っていた。


ホヒトは――


律紀とガザンの間の緊張を、


見渡した。


わずかに、顎を引く。


(感情に――走るな)


ホヒトの胸に――想いが去来する。


(その冷静さこそ――)


律紀を見る。


(今、我らが求めるもの)


そして――ガザンを見る。


(だが――ガザンの怒りも、理解できる)


ホヒトの瞳には――


未だ屈辱の影と。


しかし――


新たな可能性を見極めようとする、


王の覚悟が、


宿っていた。


「アノンノアの技術主任――律紀よ」


ホヒトが――

律紀に向き直った。


「貴殿の言葉――」


一呼吸。


「我の胸に、刻もう」


その声には――

確かな、決意が込められていた。


そして――


「セイラン」


ホヒトの声が、響く。


「進み出よ」


奥から――

白衣を纏った施薬院長のセイランが、

姿を現した。


足音が――静かに、近づいてくる。


「龍帝陛下」


セイランが――深く、頭を下げる。


「セイランよ」


ホヒトの声が――重く響く。


「アノンノアの使者たちに――」


一呼吸。


「瘴症の現状を、詳細に伝えよ」


セイランが――顔を上げる。


「彼らが何を為せるか――」


ホヒトの瞳が、鋭く光る。


「我は、それを問う」


セイランは――

恭しく頭を下げると、

淡々とした口調で語り始めた。


瘴症の進行度合い――第一段から第三段まで。

現在の皇国の医療体制の限界。

そして――《瘴灼け》と呼ばれる症状の深刻さ。


奏真と理奈は――

その説明に、真剣に耳を傾ける。


律紀は――

セイランの説明を聞きながら、頷き、

時折、自らの〈志盤〉に何事か入力している。


やがて――


セイランの説明が、終わった。


沈黙。


そして――


律紀が、口を開いた。


「……状況は、理解しました」


その声は――静かだが、確かだった。


「つきましては――」


律紀は、〈志盤〉を操作しながら続ける。


「まず魔窟孔周辺の――

既存の簡易瘴圧計では捉えきれない」


一呼吸。


「《瘴圧地図》を生成し――」


画面を、ホヒトに見せる。


「正確な《魔曝量》を可視化する準備を――」


律紀の目が、鋭く光る。


「直ちに、開始させていただきます」


律紀の言葉に――


ガザンの顔が――歪んだ。


再び、不快げな表情。


だが――


今度は、何も言わない。


ただ――


その拳が、


強く、


握りしめられている。


だが。


ビャクロクの眼差しには――

かすかな、期待の色。


フシルの瞳にも――

同じ光が、宿っている。


そして――


ホヒトは、


その全てを、


静かに、


見つめていた。


知と武。


二つの異なる哲学が――


今、


炎龍城で、


初めて、


交錯した瞬間だった。

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