7.劇場のジョシュア様は誰それ的お色気で
迎えに来たジョシュア様は前髪をきりりとなでつけている。いつもにもまして美貌が増している。ちょっと近づきがたい雰囲気だ。いつもは溌剌とした方なのに、今宵は悩ましい美青年である。
何が違うのかとじーっと観察すると、腰は引き締まったジャケットなのに、胸元は角度をかえるとちらりと胸板がみえるという、セクシーな出で立ち。伏し目がちなすっきりとした目に、はらりと落ちた前髪がなまめかしい。ひんやりと笑う姿はまったくの別人だ。
「あ、あの、なんだか、普段とかなり違う方にみえますが・・・、どうされたんですか?」
どきまぎしながら、雇い主を見上げる。
彼はわたしの前になめらかにひざまづくと、私の手をとる。こちらをみあげながら、甲にキスを落とした。
しびれにも似た何かが全身を駆け抜ける。
ちらりとのぞいた笑みに、あわてて、手を引き抜こうとした。
「あれれ、そういう時は、僕にあつーいまなざしをむけてくれるもんじゃないの」
(あら、いつものジョシュア様だわ・・・)
「ち、ちがわないけれど、さきほどのお姿は、いつものジョシュア様と違いすぎて・・・、ちょっとわたくしの演技がおいつきません・・・」
おほほほ―――とごまかして、あさってのほうをむく。早く手を引き抜きたいが、がっちりつかまれていて、動かない。
「そんなんじゃあ、僕にくびったけの恋人には見えないよ。もっと、僕をみてくれないと」
「だ、だって、あなた変わりすぎよ!そんなんじゃ、男性からはにらまれるし、マダムからご令嬢、女性ならみなさまに囲まれてしまって、調査どころではないのではなくて?」
「お?そういうところ、わかってくれてるんだ。だったら、少しはヤキモチやいてくれるかな」
「なななななんですって、どうして、雇い主をとられそうになって、ヤキモチなんか!―――あ、でも、あなたからの文筆業のお仕事がもらえなくなると、こまるわね」
わたしはしゅんとなって、うつむいた。こんな演技力じゃ、ミシィとこんなお屋敷では暮らせないわ。また、あの貧しい暮らしへ、いえ、もっと厳しい生活になりかねないし、―――命だってあやういわね・・・。
「ほら、うつむいてないで、僕の顔をみて、微笑んでみて」
(―――!なんて気障なことを!)
恋愛初心者のわたしには心臓に悪すぎて、くらりとした。
ううん、ここでがんばらないと、今日の任務は完遂できないわ。ばくばくする心臓に片手をあてて、深呼吸をする。
(ここは、以前どこかでみたマダムをお手本に頑張らなくっちゃ!)
「愛しのジョシュア様・・・、わたくし、あなたさえいれば、どこへだって参りますわ…」
ほんのり浮かべた笑みを貼り付け、うつむいたままジョシュア様のほおに手を置く。頬に添えた私の手を愛おし気につかむと、
「きゃあ!」
「うん、いい。もっとおねだりしてくれるといい・・・」
うっとりした声で見つめられて、手に頬ずりされてしまった。演技をわすれて口からはひゅっと息だけがとおっていく。
(ああ、せっかくのマダム設定は台無しだわ。こんなので驚いていては、まだまだなりきれていないわ!)
「そんなお顔をされると、わたくし、わたくし、もう、あなたしか見えなくなってしまうわ」頬に置いた手にジョシュア様の手の平に、彼のやわらかい唇が押し当てられて、か―――っと全身があつくなる。両手をとられてまま、身動きがとれず、はからずも体を捻っていやいやをする。
すると、がら空きの背中にジョシュア様の手の平が伸びてきて、素肌に熱が伝わる。
「っ!あっ、ジョ、シュアっさま」敏感な背筋に指が這わされて、快感が走り抜ける。
逃げようとするとより、引き寄せられて、背筋を撫で上げられると、不覚にも足元がおぼつかなくなる。
「おっと、お芝居はこの辺までにしよう。倒れられたらたまらないからな」余裕の笑みで、私の手と腰を持ったまま立ち上がった。わたしは不覚にもジョシュア様の胸に飛び込む形で抱き留められてしまった。
―――多分今頃、わたしの顔は真っ赤になっている・・・。
(うう、はずかしい。こんなので、この夜を乗り切れるんだろうか・・・。背中のあいたドレスがうらめしい)
◇◇◇
王都の劇場は、大勢の紳士淑女のうねるような熱気につつまれ、フロアは歩きづらく、わたしはジョシュア様の腕にがっちりホールドされて、体は密着したままだ。
(―――落ち着かない)
人の多い場所へ着飾ってくるのはもちろん、恋人達の甘ったるい声がそこかしこで、全身にからみつくようななちっこさだし、わたしの背中を這うような、ねばついた視線を感じて、居心地は最悪だ。
高い天井にシャンデリア、ふかふかの絨毯、わざと薄暗くした館内は、香水のかおりでむせかえるようだ。
ジョシュア様にぴったりと張り付いたまま、わたしは観覧席の上階へ、それもボックス席に収まった。このとき、ちょっとでも距離をとろうとして、腰をかけようとしたところ、ジョシュア様の引き寄せる力が強すぎて、彼の膝に腰掛けてしまって、あわてたのはご愛敬だ。
彼のお仕事を邪魔しないよう、そっと寄り添って、舞台を見る。
この国の創生神話である、乙女と王子が出会うという一幕をわざと、妖精に扮した儚い女優に騎士の男という設定にかえており、本来は結ばれない異界の乙女に、騎士は恋情をこめて朗々と歌声を響かせている。
「おお、あなたはなんてうつくしい。その横顔、その瞳、その唇に、我はもとめて止まぬ。どうして、あなたは妖精なのか・・・」
創世神話の物語は王子が主役だが、舞台では、女優を輝かせたいのだろう。あえて、騎士は地味な色合いの衣装を選んでおり、妖精の乙女役は今流行りのシフォン布地を幾重にも重ねて、波打つドレープが印象的だ。
「ああ、どうして、あなたさまは騎士さまなのでしょう。わたしは妖精、人間の男に恋をするなんて。ああ、愛しいお方、わたくしをどうか、はなさないで・・・」
素晴らしく伸びの良いソプラノが心に染み入る。女優の着ているドレスは胸の丸い形がうきあがるように、裁断されているから、大きく息を吸うときに、胸の丸みも上下して、布地ごしなのに、存在を主張していて、なまめかしい。
(なるほどね。この演劇は女優を主役にしているのだわ・・・。とても美しいお顔立ちだし、妖精とはおもえないけれど)
愛情に応えようとする妖精の麗しいソプラノに、劇場をふるわせるテノールが重なって、二人の熱烈なおもいが伝わってくる。
つい、うっかり、見とれていると、
「僕の妖精さんは、騎士様に心変わりしたのかな?」頬にそえられたジョシュア様の掌がわたしの顎をすくって、ぐいと近づいてきた。
(―――ち、ちかいです)
心臓がバクバクと音をたてる。息のかかる距離に、おもわず、まつげを震わせて、手を上げようとして阻止しようとした手もからめとられる。
「君は、小悪魔だな。僕をさしおいて、男優を見て熱い視線をおくるなんてね・・・。でも、僕にキスしてくれたら、ゆるして、あ、げ、る」
唇をかすめて、耳元にジョシュア様の息が吹きかけられ、おもわず身をよじる。
その時、「君は、そのままはじらっていてもかわいいよ。でも、今は、僕にぞっこんという設定でしょ」と低い声でささやかれた。ぞわりとして、目を見開く。
周囲のお客たちは、観劇のかたわら、いちゃつきだした私たちに、ちらちらと視線をおくってきて、いたたまれない。
ジョシュア様に翻弄されつつ、まわりからは熱々の恋人同士の戯れとみられている。彼の破壊力満点の演技力に、わたしは頭がくらくらしてきた。
(が、がんばらなくちゃ!お給金がかかっているわ!)
ジョシュア様をミシィにみたてて、やわらかくほほえむ。
「あ、と、で。わたくしは、ジョシュア様だけ、ですわよ」そっと、見つめながら、わざと、彼にしなだれかかり、頬をよせる。
上目遣いに見上げたジョシュア様はある一点を食い入るように見つめていた。
頬をよせた彼の心臓はどくどくと音をたてており、気配はピリついている。
どうやら、今はターゲットを見つけて、演技はここまでのようだ。彼に身をよせたまま、どうしようか、と思うが、ここで、離れるのも、なんだかおかしい気がした。
そのまま、舞台の二人の掛け合いを見るふりをして、どきどきをやり過ごす。
(―――よかった、わたしはターゲットじゃなくて・・・)
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