6.お仕事は華麗にお嬢さまに成りきるの!
びみゅあ みゅう
ミシィはふかふかのクッションに丸くなって、何事か寝言をいっている。
甘えているのか、前脚がクッションをもにもにしていて、おもわずほっこりしてしまう。
このところ、わたしの住まいはミドルクラスの住宅街に移すことができた。ジョシュア様のはからいである。
この物件は老夫婦が住んでいた2階建てのこじんまりとした建物だ。
田舎に若夫婦がいるそうで、そこへ引っ越すことになり、つい先日、売りに出されていたらしい。それを見つけてきて、手配したのはジョシュア様だ。
大通りには面していないが、小さな路地にレンガづくりの建物が立ち並んでいる。
蔦のマークがこの建物の目印だ。
1階にはキッチンと、お風呂、2階は居室と寝室だ。
裏の戸口をあけると、緑広がる芝生と木陰が広がっていて、小さいながらも、一人と一匹で暮らすには十分すぎるほどの広さである。
その2階の窓から庭を眺めつつ、わたしは内職である、代筆をしていた。
ご令嬢たちが、パーティのお誘いをするときのお手紙にはセンスが問われる。
わたしはカリグラフィーをつかって、見た目にも美しく、さらに、「どうしてもこのパーティにいきたい!」と思わせる素敵な文面を考えて書いていく。日時と場所、お誕生日会だとか、ご指定をいただいて、どんなパーティにするか、ご令嬢たちのご要望をお伺いするのだ。
デザインや文面はわたしの裁量で決めている。
例えば、お嬢様のお友達には「私の誕生日パーティにはおしゃれしてきて!とっても素敵な出会いがあるかも?!」とか、はたまた少しおませな従妹には「素敵なレディたちと、おまちしておりますわ」なんて、華やかな社交の場を盛り上げている。
手元にあるのは、透かし彫りのはいった高級紙、インクは滑らかな使い心地のブランド品を使って・・・、仕上げに、練り香水を押し花のしおりにつけて、封筒にいれていく。
(ああ、なんて幸せなの!)
社交の場にはでられなくても、ご令嬢方が繰り広げるパーティはかわいいものやきれいなもの、それに華やかな様子が伺い知れて、うっとりしてしまう。きっとおいしいスイーツに紅茶、サンドイッチにスコーン、たくさんのおしゃべり・・・、きっと、カーラ様のようなご令嬢方はおしゃれして、まるで花のような笑顔を振りまいているに違いないわ!
わたしは、あこがれの令嬢になりきって、せっせと令嬢の代筆業をしていた。
―――束の間、差出人のご令嬢になり切って、素敵なパーティにずっとひたっていた。
しかし、私の目の前には依頼主であるジョシュア様がすまして、紅茶を飲んでいる。きれいな姿勢で、座る姿は、ため息がでるほど麗しいが、わたしが仕事をしている姿をティータイムの焼き菓子か何かのようにおいしいものをみるような視線で見られているのはいただけない・・・。
ジョシュア様を無視して、代筆業を一通り終えると、さっとあたたかい紅茶のはいったカップを差し出された。上司からのいたわりは、うれしいが、なんだか気恥ずかしい。
「さぁ、休憩して。そんなに根を詰めると、目が悪くなるよ」
紅茶に手を伸ばそうとするわたしの両肩に後ろから手をおいて、きれいな顔を寄せてくる。
一言、彼に何か言おうと思うのに、優しいいたわりの目で見つめられると言葉が出てこない。
彼の瞳の奥に、何かくるおしいまでの熱がうごめいているようで、思わず肩がびくりと反応してしまう。
「あ、あの、どうもありがとうございます」わたしは、彼との距離を測りかねており、こうやって、至近距離で見つめられると、かちこちになってしまう。
それを彼がみて、わらうのが、もてあそばれているようで、やるせない―――。
一人住まいのレディの部屋にこうして堂々と居ついているのはいかがなものか・・・、おばあさまがみたら卒倒するに違いない。
けれど、わたしの文筆業を支えているのは紛れもなくジョシュア様で、彼の肩書は、わたしの共同事業者、代筆業の営業を担当となっていた。
まぁ、わたしひとりでご令嬢方に代筆業の営業をするには伝手もなく、見目麗しいジョシュア様のほうが、ご令嬢方のウケもよくて、お仕事を獲得する率は何倍もいいのだ。
街は物騒だし、ボディーガードなしに出歩くのは移り住んだこの街でも危険なのだし・・・と、わたしは無理やり自分を納得させた。
◇◇◇
(ほんとに、リリアは見ていて飽きないな・・・)
スラリと長い指、ペンにインクをつけて、迷いなくカリグラフィーをさらさらと書いていく。魔法のようで、淀みがない。さらに、紙にバランスよく配置して、全体が美しく見えるように書くのには、相当練習しないとここまでできない。まさに、プロだ。
そして、本人は気づいていないようだが、依頼主のお嬢様になり切って書いている。たとえば、おだやかなご令嬢の出すカリグラフィーは優しい風合いに、凛としたご令嬢の文面はきりりとして、整った印象に仕上げている。
時々、うっとりしている姿はまさに、ご令嬢そのもの。
うらぶれた貧民街にいた男装の少女とは、似ても似つかない・・・。
紅茶を差し出すとき、わざと、目をみて、彼女の本心をさぐってみる。僕のことを彼女はどうおもっているんだろう・・・。
◇◇◇
リリアはくるりとまわって、自分の姿を鏡に映してみた。
カーラお嬢様のデビュタントの衣装には届かないが、今、身に着けているドレスもとっても素敵だ。
ビジューは品よく、肩から裾まで流れるようにあしらわれ、つややかな生地に流れる星の川のようだ。体を動かす度に、ランタンの炎がひかりのきらめきとなって、体のラインにそって、ゆらめくのが、たまらなく美しい。
最近は、まともな食事にありつけるようになったため、愛猫のミシィもつややかな毛並みになり、わたしのぺたんっこだった胸にもようやく寄せてあげれば、何とか丸みが出せるくらいにはなった。
ささやかすぎるので、胸元はまったく見えないデザインだ。首からシフォンの襞が胸元のボリュームを出している。かわりに、背中は腰の位置まで開いており、かなり露出は高い。
リリアはこの仕事着でジョシュアと王立劇場へとある貴族の張り込みをすることになったのだ。
(いいのかしら?こんな衣装をいただいて?)
本日の役どころはジョシュアの熱烈な恋人という設定らしく、どんな素敵な男性があらわれても、ジョシュア様だけをみていればよい、とのおおせだ。
(そんな演技、私にできるかしら?)
聞いた時にかなり心配だったが、これも報酬のためだ、がんばらなくっちゃ!
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