14.失敗というか、もう無理。
今日の主役しか身に着けることのできない、白が視界にはいる。輝くばかりの笑顔でこちらに手を差し伸べているのは、キンドリー王太子、その人だった。
◇◇◇
王族から誘われて断れる者などいないに違いない、その自信みなぎる声にもそれがあらわれていて、ジョシュア様に助けをもとめるようにちらりと目をやるも、彼はそつない笑顔で、わたしをがっちりホールドしていた手を放し、王太子にむかって、流れるようなお辞儀をした。それにつられて、わたしも深くお辞儀をする。
「―――妖精のようなお嬢さんだね。さぁ、ぜび、一緒におどろう」
きらりと王太子スマイルで、迫られれば、もう、無理だ。
わたしはジョシュア様に名残惜しそうな流し目をおくって、視線を断ち切ると、すべるように、王太子の手に自分の手を乗せた。
「さっきから仲良くしていた人は誰?―――あなたは、候補のリストにはなかったけれど、とても目を惹いたよ。素敵なドレスだね」
ワルツのために、足を踏み出しながら、問いかけてくる目は無邪気で、年相応のものだ。好奇心がのぞいている。
「ええ、わたくし、王太子さまのお選びになる、どなかたのお付きになりたくて・・・、それで、ここへまいりましたの」
はにかみながら、応える。
「ああ、そういこと、でも、妬けてしまうな・・・、彼ほどの美丈夫と私の目の前で踊るなんて、あなたはひどい人だ」
「そのようなおそれおおいこと・・・、わたくし、つい、ダンスに夢中になってしまって」それは、本当だった。そうでなかったら、こんな失態は犯していないはずだ。
「王太子さまはどなたがお好みですの?わたくしのような娘では―――だめでしょう?」
本来ならこんな不躾な質問するなんてタブーだが、あえて、下層階級の者だと思われるように、あけすけない言葉を選ぶ。
「まぁね、私はもっと大人の色気があるほう女性が好きかな?」視線を外して、まわりで、悔しそうにハンカチをかんでいるご令嬢をみまわす。
「うふふ。そうでしょう。わたくしなんて、目にもはいらない添え物ですわよね。では、他のみなさまがおまちですもの、わたくしは壁の花にもどりますわ」
「そうだね・・・、でも、君を手元において、育ててみるもの一興だね。君は育てがいがありそうだ」
王太子は、ダンスをとめると、わたしの手をとって、バルコニーの方へいざなっていく。あたりは騒然としている。だって、貧相な体つきの娘が王太子の気を引いて、ダンスは中断されたのだ。
この日のために、集まったご令嬢や付き添いの当主などは、わたしを射殺さんばかりの目でみている。背中のレースごしに、敵意がひしひしと伝わってきて、冷汗がつたう。
「寒くはない?ほら、こちらにもっとおいで」
私の肩を抱いて、マントのなかに、王太子はわたしをくるむ。
そして、キンドリー様は人払いをした・・・。
わたしは内心、びくびくしていた。もうだめかもしれない。ミシィとジョシュア様の顔が浮かぶ。
(いえ、だめよ、ここで、負けたら、わたしのおいしいスイーツ店巡り計画はおじゃんではないの。がんばるのよ、リリア!)
「どうもありがごとうございます。こちらは崖の上にあるお城ですもの、冷えて当然ですわ。それよりも、王太子妃さまがお待ちですわ」
わたしは、軽く、皇太子とくっつすぎの体を押し出そうとするが、より、ぎゅっと密着されてしまい、目を泳がせた。
(ま、まずいわ。非常に、な、なぜこのぺったんこなわたしに異常に執着しているのかしら・・・!)
「あなたはわたしが恐くないのかな?今日踊ったご令嬢方は、・・・震えていたよ」
「え、そうなのですか?わたくしには、そんな、こわいだなんて・・・、きっとみなさま緊張されていたのですわ」
にっこり笑って、ごまかそうとするも、さらに、手をつかまれてしまって、鼻とおでこがくっつきそうなくらい近くになっている。
(ど、どうして、こうなるの・・・、そうよ、そりゃあ妾妃候補のお嬢様方は震えるわよ!)
キンドリー様と以前お付き合いしていたお嬢様方はすべて「心が壊れてしまう」というおそろしい噂があった。まぁ、これは公然の秘密ですけれど・・・。ジョシュア様から聞いたのだが、緘口令がひかれているそうだ。
「あなたは、珍しい瞳の色をしているよね。うす紫だ・・・、しかも、両目ともに、濃さが違う」
わたしの瞳をのぞき込むように見るキンドリー様の目は真剣で、身をよじって逃げようとする。
「そ、そのようにお近づきないならないで・・・、恥ずかしいですわ」わたしは、まつげを伏せて、頬をそめてうつむく。
しかし、王太子はうっとりとした声音で、ねっとりとわたしの顔をなめまわす。
「――――この特徴をもっていたのは、今は亡き、前王妃だけだ・・・。あなたは一体何者だ」
わたしは、身を固くする。
(どういうこと?―――彼は何を言っているというの・・・)
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