二
村に着くと同時に、村人から異様な目で見られる。
平和や穏やかさは演技だったかのように、獲物を捕らえるみたいな雰囲気。
綾女さんに俺達の鞄を奪われた。スマホで仕事の連絡をしたかったので、それだけはさせて貰った。
ー突然すみません。トラブルが起きた為、長らく休暇をとらせてもらいます。
早見も同じような文を上司にメールで送った。
「貴方達のスマホの電源は落として、こちらで保管するわ。まず食事の前にその服を脱いで、ジャージを着て。靴もね。貴方達のスーツと靴は処分する。外部の匂いは村人からしたら不愉快極まりないのよ。だから早目に馴染む方が、後々楽よ」
俺達は黒いジャージに着替え終わった後、朝食をとる為に村内の中心へ行く。
村の中心には、長方形の白い机と椅子がズラリと置かれている。朝食は既に整っており、村人の数名は座っていた。
「貴方達はここに座って」
綾女さんに言われた席に、二人並んで座る。
フランスパンとハムエッグに水。質素だが、隔離された村とは思えない豪華な食事。服も物品も。どれも新しみがあるのに違和感がある。
外部から持ってきているのだろうか?
「ねぇ。誰か理玖を見かけなかった? 大事な用事があるんだけど」
「理玖様は見かけませんでした。多分また、村外で散歩をしているのかもしれません」
「大事な用事の時ぐらい姿現して欲しいなぁ。ったく。村長様はあいつに甘過ぎるから」
綾女さんのピリピリ具合に、周りは怯えてる。散弾銃を持ってないとはいえ、リーダーの威圧はかなりらしい。
四十五席中四十三席が埋まった時に、村長が現れた。
古代ローマ模様みたいな長い帽子をかぶり、でかい黄色い玉四つのネックレスを身につけた宗教くさい服装。
顎周りは白い髭を生やし、顔はシワだらけで目つきは穏やかであるが、背が高いせいもあってか。貫禄を醸し出してる。
村長が長方形の真ん中に来ると、村人は俺達と一部を除き一斉に立ち上がり、挨拶をした。
「貴方達も立ち上がりなさい!」
近く居た綾女さんに怒鳴られ、俺達は慌てて立ち上がる。
「.......その二人が新たな仲間かね。若くて健康体そうだ」
「ですがまだ刃向かう所があるので、あたしがしっかりと調教しようと思います」
「乱暴に扱わないようにね」
村長が微笑しながら座ると村人も座り、何故か綾女さんと一人の中年女性は立ったままだ。
「朝食前に、綾女様と村長様に報告があります。三日前に起きた食糧倉庫から、何者かにパン三つを盗まれた件で犯人が判明しました。新羅さんでした」
「え?! お、おれ!?」
新羅という中年男性は立ち上がる。
「しらばっくれないでください。倉庫内の隠しカメラで貴方が映っていましたよ」
カメラもあるのか。
「.......す、すんません! 盗むわけではなくて、ほ、ほら! 前より食べ物が少ないから働きすぎてお腹が空いて.......」
「なら。あたしに言えば良かったんじゃないの? 相談や悩みは必ず申告するってルールだよね。言い訳になってない」
綾女さんは怒っている。
「盗みは重罪にあたる。人差し指を切り取ると言ったよね」
綾女さんはスカートのポケットから大型ナイフを取り出し、鞘を机に置く。
「ごっごめんなさい!! 次はしませんから!!!」
「それが通じればなんでもアリになるでしょ。暴れないで。死にたくないならね」
中年女性他村人二人が新羅さんを押さえ込む。
綾女さんは新羅さんの左手の人差し指に、躊躇なくナイフを入れた。
新羅さんは泣き叫び、切断面からは血が少し噴き出した。早見は悲鳴をあげる。
「新羅。はやく指を食べなさい」
綾女さんの指示に、新羅さんは無視をするので、村人から無理やり指を食べさせられた。
「食べ物が無ければ、自分でも食えば良いのよ」
綾女さんはナイフを鞘にしまう。新羅さんは痛みで騒ぐので、村人が何処か新羅さんを連れて行った。
多分治療だろう。そうであってほしい。
「朝から汚い事しないで欲しいね」
綾女さんはため息をついた後、ティーポットを手にし、女性らのコップに何かを入れる。
早見の時に、白いドロっとした液体だと分かった。
「.......なにこれ」
「理玖の精液」
早見は勢いよく立ち上がった為、椅子が倒れた。
「ばっ?! 気持ち悪いもの入れないでよ!? なんでそんなものを!」
「あっー!! あー!!」
早見の声に反応したのか、机を叩く人が居た。
.......昨日の子供だ。あの時は暗くて見えなかったが、太っていて、目が開いてるのか開いてないかに細く、耳が横に長いところに奇形児を感じる。
「マー君を刺激しないでくれる? この子の発狂には苦労するのよ。それとも貴方が慰めをする?」
早見はカッと赤くなると、綾女さんは笑う。
「理玖の精液は優秀なのよ。だから朝食時には、女性のコップに理玖の精液を入れるのが村のルール。優秀な子を妊娠するために」
その理玖という人間は、この中で健康体であり頭が良いということか。......後、最終的には早見はそいつと性行為をしなければならない、と。
「.......じゃなんで貴方のコップには入れないのよ。狡くない?」
早見の発言に綾女さんの動作は止まり、そして睨む。
「.......一々うるさいなぁ。ただの小娘のくせに。死にたいの?」
「早見座れ。綾女さんすみません。俺から言っときますんで」
「冗談抜きで殺せるんだからね。来客が逃亡した日には直ぐに殺され、家畜のエサかあたし達の料理材料になったんだから。気づかなかった? 貴方達が昨日食べた物に、人の肉を混ぜていたのよ」
早見は口をおさえる。
「早見。何も考えるな。今は俺に従ってくれ」
早見は泣きながらも座ってくれた。
朝食時から異常のオンパレード過ぎて、俺も気分が悪い。吐きたい。
村長といい、マー君はともかく他の子供達も平然としてる。
これが、当たり前の日常なのか。
村長と村人達は、神に祈るように両手を握りしめてから、食事をし始める。
「おばあちゃん。食べないと元気出ないよ」
斜め前で、綾女さんが白髪の女性老人の食事介助をしていた。老人は車椅子に座り、朝食はお粥だった。
髪の毛がほぼ無く、シミとシワに歯がボロボロ。言語能力に低下が見られるから、思考能力も......。
歳をとったせいではなく、何かのダメージを受けてああなった感じ。もしかしたら一見九十歳のようで、もっと若いの、かもしれない。
「あー! うーうー!」
マー君は嬉しそうに犬食いをしてる。時に女性に抱きついたり触ったりしてる。
早見は周りの光景を注視しながら、とりあえず食事をする。
完食しなければ殺されるかもしれない。
「.......飲まないといけませんか」
早見はコップを見つめる。
綾女さんの方向へチラッと見てみると、綾女さんの目に殺意がこもってるように思えた。
.......こちらをずっと見つめてくる。俺の方から視線を逸らしてしまった。
「.......早見の代わりに俺が飲みたいのは山々なんだが、分かるだろ?」
「わかってますよ。腹を括ります」
早見は唾を飲み込んでから、一気に飲み干した。飲み込むと目を見開き、口を押さえながらも何とか吐かず。
綾女さんはそれを見ながらクスッと笑った。
「あたしは片付けや人探しで忙しいから、二人でおばあちゃんを家の中まで介護してくれる?」
綾女さんは皿を片付けながら言う。
「おばあちゃんって。車椅子の女性ですか?」
「そう。奥の方にある家に、雪子っていう札があるから。おばあちゃんは手足の麻痺をしてるからベッドの上に寝かしてね。よろしく」
俺は雪子さんが座ってる車椅子を押し、家に向かった。
「......私達に早速仕事を与えるのは良いけど。村人は、私達に警戒してるんじゃなかったけ」
「警戒もなにも。雪子さんは意思疎通が難しそうだけど」
雪子さんは口を開けて空を見上げている。
「.......マー君といいあれの件といい。何が目的なんだろう」
「目的は後で考えよう。それより早見は警戒しときなよ。なんだか村人の視線が、早見に向けられてる気がするんだ。俺より」
「私も感じた。品定めをするようにジロジロ見てくるよね」
今だってそうだ。
「.......俺も早見も言う通りにするべきだな。後、外は盗聴されてないと思うけど、家の中はされてるのかもしれない。室内の方が気をつけるべきだ」
早見は小さく頷く。
雪子さんの家の中は、俺達と同じような間取りで、違うのは簡易ベッドだけだ。
骨が折れそうな程に細い雪子さんを二人で担ぎ、ベッドに寝かした。
「トイレは大丈夫ですかね」
「綾女さんが介護するんじゃないかな」
綾女さんは意外にも世話好きかもしれない。リーダーだからってのもあるけど。
俺達は雪子さんにお辞儀した後、外へ出ようとした時
「.......アッ.......」
雪子さんが喋ったような声がした。
「いま。雪子さん喋りましたよね?」
何かを伝えたいのかな。
俺は注意しつつ、雪子さんの顔に耳を近付ける。
「.......ニゲ.......テ.......。オンナハ.......」
「先輩。雪子さんはなんて?」
俺は人差し指を口に当て、違う手で外へ行こうと指をさした。
「で、先輩。何を言ったんですか」
「にげておんなは。って、言っていた」
「それ.......。雪子さんは何かをされたって意味に捉えるんですけど」
「だと思うよ。雪子さんの件は追々調べるにして。とりあえず確信した。早見は俺から、出来るだけ離れないでくれるかな。一人になると」
「離れるつもりは更々ないですよ!? もうみんな私狙いだってわかっ」
早見の口を手で塞いだ。
「怒りたい気持ちはわかるが、静かに話そう。誰が聞いてるのか分からないからな」
早見は俺の手を払う。
「特に、綾女さんには気をつけないとな」
基本女性陣は家事や裁縫等をし、男性陣は力仕事をするのが決まりらしい。
早速、早見と離れてしまったので不安になるが。最初に出会った若い男性の話によれば、基本女性には乱暴しないと言っていたので、信じるしかなかった。
若い男性といえば。仕事中に綾女さんと若い男性二人で、色々話していたのを見かけた。
ちゃんとは聞き取れなかったが、発注についてや天候、家畜の話をしていたような。
もしや若い男性が理玖さんか? 宗教型村民と比較すると、かなり気まぐれ屋の自由人ぽいが。
優秀だから、多少許されてるのかもしれない。
夕方頃に作業が終わった。薪割りや重い荷物を運んだせいで、足腰が痛い。
この村の中では若い寄りらしいが、三十代で力仕事したことないひ弱からしたら、死にそうになった。
家に帰ると早見が居た。
「早見。大丈夫だったか?」
「私は全然......では無いけど」
「どうした」
「あいつ、理玖さんかな。理玖さんが仕事中の私に、ちょっかいかけてきたんだよね。綾女さんが怒鳴りまくったら、面白がるようにしてどっかに消えたんだけど。何がしたいんだろう」
「........理玖さんか。ただの暇つぶしとかじゃないのかな。でも彼はこの中だと、ちょっと変わり者かもね」
「.......まぁいいや。それよりシャワー浴びません? 夜も作業があるみたいですが、力仕事はないと聞いてるので」
「綾女さんから許可貰ってるの」
「二人は夕方に浴びろと偉そうに言われました」
「じゃ行くか。清潔感は大事にするべきだしな」
シャワーを浴びようと外に出たら、マー君と出くわした。
マー君はこちらに気づき、近づいて来る。
「.......早見。家の中にいろ。俺が何とかする」
「わ、分かりました」
早見は家の中に入った。
「あー、ううー?」
マー君は涎をたらしながら、俺を見つめる。
「.......何か用かな?」
マー君は反応しない。
........知的障害であるのは確か。ただ腕力が強そうだから、逆上させてしまったら殴られるかもしれない。ていうか、綾女さんからの制裁を受けるのが怖い。
どうしようかと思っていたら、マー君の後ろに人が居るのに気付いた。
! 理玖さんだ。
「なにしてんの。マー君と遊ぶの? こいつ、純粋に動物を解体したり、女をいたぶるのが大好きだから関わらない方が良いんじゃない? マー君に何かあるとあの鬼姫さんから殺されちゃうよ〜」
理玖さんはマー君の頭を撫でると、マー君はとても喜ぶ。何故か好かれてる。
「あいつはマー君に手間がかかってるけど、マー君は実は、ちゃんと躾すれば良い子なんだよね。けど勝手な偏見で放置しとけだから。ほんと、あいつに従う村人は苦労するよね。見た目で判断するから、何もかもおかしくなるんだよ」
最初に出会った時に比べ、理玖さんはまともそうに感じる。単に周りがおかし過ぎるからか。
「まぁ。面白いから、つまらない横槍はしようとは思わない。食べて寝てセックスをして繁殖させるサイクルは、人間本来の姿だろうし、それ以外やる事が無いしね」
「.......失礼ですが理玖さんは、女性としてるのですか?」
「そりゃあ毎日してるよ。排卵期のある女と、毎晩中出しセックスして妊娠させるのが俺の仕事だし。その為にテクを磨くのが大変でねぇ。容姿や清潔感、精液の調整を気にしながら、たくさん中出ししてくださいーって言わせる程気持ちよくさせないといけないし? アンタもいつかはそっち側に行かなきゃいけないんだよ」
「.......それで妊娠させるのは容易ですか?」
「全然。どれだけ努力したって妊娠するのは女側だから。女次第なの。気持ちよくなりたいと妊娠したいって全く違うから、そこにいつも難儀を抱えるよ。だって俺が妊娠させたのはたったの三人。しかも産まれた子供は全員欠陥品。正直、ヤる意味はないんじゃ無いかと思うよ。欠陥品の方が優秀の遺伝子より勝つのが、割と普通らしいからね」
理玖さんはマー君を一瞥した。
「........村長の目的は何ですか」
「血の繋がりを残したい意志。そしてそれを見る快感。ってとこじゃね?」
「えっと。つまりそれは」
「教えないよ〜。つまらないじゃん教えたら。んな事よりさぁ、いつ美来とセックスさせてくれるの? それを聞きに訪問しようとしたんだよ」
「美来って早見? どうして下の名前を」
「名前ぐらいお手のものだよ雄太。それより、いや良いや。自分から聞くわ。じゃあまたねー。マー君、行こうか」
理玖さんはマー君の手を握って何処かへ消えた。
あれから二週間が経った。村人からの冷たさはまだあるも。働く意欲を見せていたら、一部の村人から話しかけられるようになった。
微かだが情報も入る。
三ヶ月おきに、外部から物資を配給されるらしい。それは何処からまでは敢えて聞かなかった。
そして仕事の合間にカメラを探してみた。
多分食糧倉庫、解体室、飼育小屋以外には無い。盗聴は全く無し.......かな。
生活はギリギリでやっていると、綾女さんが愚痴ってるのを見かけたので、完全束縛監視は基本は無いと思う。
にしても綾女さんは若い割にはよく働き、指示を的確に行なってる。
責任の重さを抱えながらよく頑張ってる。まるで誰かの為に.......。村長あたりの為か?
「いい加減。綾女さんから睨まれたくないんですけど。私何かしましたか? って聞いても、無視して仕事しろって言うんですよ。今のところ、あの人がダントツに嫌いです」
二人で家の中に居ると、早見は必ず綾女さんの悪口を言う。執拗な攻撃を受けているらしいが、暴力がないだけマシかな。
「綾女さん他、色んな謎があるよね。俺が気掛かりにしてるのは外部への通信。電波も通ってる上に、村長や綾女さんが外部の誰かとやり取りをしてるのは把握してる。ただ。通信室は頑丈に施錠されてるから、入ることは不可能だろう。外部の誰かが分かれば、もしかしたら脱出法の兆しが現れるかもしれない」
「........外部、か。三ヶ月おきの物資配給が気になりますよね。その外部の誰かが運んでるのかも」
配給されたのは、俺達が来る前の三日前だったらしい。
ということは、次に来るのは二ヶ月二週間後?
「外部が来るとして。何で来ると思う?」
「飛行機とか小型ジェット機じゃないですか?」
「そのあたりだろうとは思うけど、もう少し目立たない奴を使用するんじゃないかな。仮に飛行機や小型ジェット機だとしても、果たしてこの場所の何処に着陸出来る?」
「えぇ.......。まだ二週間底らしか滞在していないので、聞いてこないで下さいよ。村外はかなり広いし、無闇に歩けば帰れないかもしれない。夜は獣が動き出すし」
「だよね。とにかく俺達がすることは、仕事をしつつ従いつつ、脱出法を見つける。外部と遮断してない限りは絶対に帰れると思う」
「どうして遮断しないんですかね。衣類や備品が老朽化するから配給とはいえ。外部と繋がっていたら、いつかはこの場所を世間に知られるんじゃないですか。村人は世間を恐れてるはずだと思うので、もっと慎重に行動するべきですよ」
「.......なんとも言えないね。この村は謎があり過ぎて」
早見は頭を抱える。
「.......そうですね。私的には謎を解明しつつの脱出が、一番良いのかもしれません」
「同じく。逃げるだけはしたくない。村を世間に知らせ、全てを明らかにするのが俺達の本来の仕事だし。亡くなった者の供養にもなるだろうしね」
俺は早見の肩をポンと叩く。
「無理はするなよ? 俺に頼れば良いんだよ、先輩だからね」
「頼りない先輩ですが、居ないよりは良いですね」
お互い笑い合うと。少しだけ心が癒えた。
絶望に負けてはいけない。
希望があるなら、絶対に諦めない。