エピソード 1ー7 白いもふもふの決意
「真っ白な世界に彩りを! ダンジョン配信系実況者の紗雪だよ!」
帰宅後、紗雪がしばらくして自室でライブ配信を始めた。
いつもと違い、パソコンのモニターにコメントが表示されている。紗雪の膝の上に抱っこされている私にはそれらのコメントを読むことが出来た。
『こんばんはー』
『白いもふもふ、お膝抱っこ可愛い!』
『あれ、背景が差し替えられてる?』
「ユリア可愛いでしょ~! 背景の差し替えは家だからだよ。普段はダンジョンからしか配信しないけど、今日はユリアの従魔適性検査があったからその報告」
『そういや、従魔として最高ランクの安全認定されたんだよな、おめでとうー』
「ありがとう! 簡易検査もしたけど、病気とかも大丈夫だったみたい。という訳で、みんな気になることあるでしょ? 答えていくよー」
『やったっ!』
『質問! その白いもふもふ、人語を理解してるの?』
「あ~、それ、私もすごく気になってた。ユリア、言葉分かる?」
「わふ?(なに?)」
分からないと首を傾げる。
「分からないって」
『ワロタw』
『その反応は分かってなきゃ出来ないだろw』
『たまたまなのか、誤魔化そうとしているのか……』
『いや、分かってたら、そんな下手な誤魔化し方はしないだろw』
『たしかにw』
「まあ実際、分かってるんじゃないかなって思うときはあるよ。でも、ペットとかって、わりとそういう感じじゃない?」
『まあそういうことはあるわな。あと、従魔は実際に主人とパスが繋がってて、感情を読み取ることが出来る、とか言われてるよな』
あぁ……たしかにそうね。それ、一般的に知られてるんだ。それなら、ある程度は話が分かってるふうでも問題なさそうだ。
『質問! その白いもふもふの名前、紗雪が付けたのか?』
「ユリアのこと? そうだよ、命名したのは私」
『ユリアってあれだろ? いまちょうど、全国で指名手配されてる噂の戦姫の名前だろ? なんでこのタイミングでその名前を付けたんだ?』
「わふ!?(指名手配ってどういうこと!?)」
瑛璃さんのところから逃げたのは事実だし、追っ手を掛けられたのも事実だ。でもさすがに指名手配されるようなことはしていない。
「待って待って、星霜のギルドから追っ手を掛けられているのは事実だけど、ユリアさんは指名手配なんてされてないよ。そっちはただの憶測だから」
『そうなの?』
『そうだぞ。なんか最近殺人事件があって、調査が星霜ギルドに及んでるらしい。そのタイミングでユリアに追っ手が掛かったから、関連付けてる奴らがいるだけ』
『え? それなら、誰が容疑者か明らかにすればいいだけでは?』
『それが出来たら苦労はしねぇよ。日本トップクラスのギルドだぞ』
『治外法権みたいなものだからな』
なるほどね。たしかにリスナーの言うとおりだ。S級の探索者にもなれば、殺人を犯しても司法取引で許される、なんてことも可能な時代だ。
それくらい、S級の探索者は世界から必要とされている。
だけど、それに批判があるのも事実で、私が疑われるのも無理はない。
なのに、紗雪は私を疑ったりしないのかな?
「私ね、以前ユリアさんに助けられたことがあるの」
……え?
思わず肩越しに紗雪を見上げた。
「三年前のあの痛ましい事件、私も危険指定区域の中に取り残されていたの。そのとき、魔物に殺されそうになった私のまえに現れたのがユリアさんだった」
五年ぶりに発生した日本で二度目のダンジョンブレイク。多くの一般市民に被害が出た。私も魔物の討伐にかり出され、そこで何人もの人々を救った。
その中に……いた。
妹を抱きしめて、魔物を必死に睨み付ける女の子が。
そっか……あのときの姉妹が紗雪と結愛だったんだ。
「ユリアさん、アルケイン・アミュレットのシールドが破られて傷だらけなのに、自分の怪我はそっちのけて、私のかすり傷のために治癒魔術を使ってくれたの。それから、救援に私達を預けて、自分はまだ逃げ遅れた人がいるかもしれないからって」
そんなこともあったなぁと思い返す。
そっかぁ、あのときの姉妹か。大きくなったなぁ……
「だから、私はこの子にユリアって付けたのはそれが理由だよ。まぁ命名のタイミングは悪かったと思うけど、ユリアさんが殺人するはずなんてないとは思ってる」
「……わん(馬鹿よ、貴女)」
紗雪は大胆な服を着ているけれど、それは家計を支えるためだ。炎上しないように、コンプライアンスには気を付けている。それは言動からもよく分かる。
なのに、紗雪はいまの私をユリアと名付け、戦姫の私のことも庇った。
真実がどうかなんて関係ない。ユリアなんて名前は付けず、私のことにも一切触れないようにする。それが配信者として無難な選択だ。
紗雪にそれが分からないはずない。
『戦姫を庇うのか?』
『いや、だから戦姫が犯罪者とは限らないだろ? 偶然かもじゃん』
『そんな偶然ある訳ないだろ』
『でも、紗雪がユリアの無実を信じるのは自由じゃないか?』
『紗雪ちゃんはユリアに騙されたんだよ』
『って言うか、わざわざそんな議論されそうな名前を付けなくてもいいのに』
案の定、コメント欄が荒れ始めた。
その瞬間、紗雪がパンと手を打ち合わせた。
「はい、議論はそこまで! 誤解を解いておくけど、私は犯罪者を庇う訳じゃないよ。ユリアさんは無実だって信じてるだけ」
その言葉に、なるほどといったコメントが多く流れた。ただ、そんな中でも『じゃあ、戦姫が実際に罪を犯していたらどうするんだ?』みたいなコメントも流れる。
それを読み上げた後、紗雪はなんでもないことのように続けた。
「そのときはユリアさんが償うんじゃない? 私には関係ないよ」
『正論パンチw』
『たしかに、紗雪には関係ないなw』
「ただ、その場合でも、私がユリアさんに命を救われたって事実は変わらないから、やっぱりユリアさんは恩人なんだよ。ただそれだけの話でしょ? 分かった?」
『たしかに』
『分かった!』
『了解!』
紗雪は上手くリスナーを味方に付けていた。
探索者の特権を嫌う者もいるはずだけど、全体的に紗雪が正しいという流れを作ることで、言いがかりを付けようとする者達を上手く牽制する。
「という訳でこの話はおしまい!」
紗雪はそう言って、次回の配信なんかの告知。そのまま今日の配信を打ち切った。
「……はぁ、緊張した~」
紗雪はそう言って大きく息を吐いた。
たぶん、平然を装っても、内心ではおっかなびっくりだったのだろう。
……無理もないよ。
両親がおらず、配信とダンジョン探索で自分と妹の生活を支えている。女子高生でしかない彼女が、自分の収入を失いかねない行為をした。
結果的には上手くいったけど、相当に勇気の要る発言だったはずだ。
それでも、紗雪は私を信じていると言ってくれた。
瑛璃さんに裏切られて、もう誰も信じられないと思っていたけど……
……決めた。
私がユリアだって名乗ったら紗雪に迷惑が掛かる。だから、私が戦姫のユリアだってことは絶対に秘密。その上で紗雪の側にいて、彼女のことを護ろう。
いつか、私の正体が世間に暴かれるまでは――
私が二人のお姉ちゃんになる!!




