エピローグ
マンションの高層階には、高層階の住人専用の屋内プールがある。壁の一面がガラス張りになっていて、そこから街並みを一望できる造りだ。
庶民には縁のない場所。一体どのような人物がそこにいるのかというと……つい先日まで苦学生だった、高校生と中学生の女の子である。
紗雪は自身のスポンサーであるSIDUKIブランドが用意したちょっぴり大人びた水着を纏い、そのスタイルのよさを惜しげもなく晒している。
対して、妹の結愛も中学生にしては少し大人びた水着を身に着けている。
そんな二人がテーブル席でドリンクを片手におしゃべりをしている。そして私は――生まれたままの姿で泳いでいた。
いや、いまはフェンリルの姿なので、そもそも服を着たりはしないのだけれど。
「わふぅ~」
貸し切りのプールを犬かきで泳ぐのが気持ちいい。
ちなみに、こゆきは星霜ギルドで検査をするためにお出かけ中だ。
野生のキツネは病気とか怖いからね。まあ、九尾の狐であるこゆきが病気を持っていたりするはずはないのだけれど、そこは体面的な問題だ。
「ユリア~」
「わん!」
呼ばれた私は犬かきでプールサイドへ、水から上がって紗雪のもとへと駆け寄った。そうして、どうしたのと見上げ……視線を逸らした。いや、普段はスカートだからギリギリ大丈夫なんだけど、水着姿の女の子をローアングルからみ上げるのは色々と問題が。
「ユリア、一緒に撮ろ~」
「わふ……?」
そういう紗雪の手にはスマフォが握られていた。
あぁ……そういえば、スポンサー様の意向だから写真もアップするとか言ってたなぁ。という訳で、私は魔術を使って濡れた毛並みを乾かした。
「それ、いつ見ても便利そうだよね~」
「わん」
同意して、伸ばされた紗雪の腕の中に飛び込んだ。
「それじゃ、撮っていくよ~」
紗雪は片手で私を抱っこして、もう片方の手で自撮りをする。プールを背景にしたり、見下ろせる街並みを背景にしたり、テーブルに置かれたドリンクを背景にしたり。
ただ、意外なのは、ここまで結愛と一度も一緒に撮っていないことだ。疑問に思った私は、たしたしと紗雪の腕を叩き、それから結愛に視線を向けた。
「あぁ、結愛と一緒に撮らない理由?」
「わん」
「結愛の水着姿をネットに晒すなんてお姉ちゃんは許しません」
「わん!」
納得した。そして同意した。
でも、紗雪はそういう倫理観があるのに、お仕事として水着姿をアップするんだね。真面目というか、頑張りやさんというか……
そういう一生懸命なところが人気なんだろうなぁ。
と、そんなことを考えているあいだにも撮影は続き、最後は結愛とも一緒に写真を撮ることになった。こっちは完全プライベート用で、ネットには絶対にアップしない、とのこと。
その場でフォルダを分ける徹底ぶりだった。
「はぁい、楽しんでる?」
そうしてプールサイドで遊んでいると、瑛璃さんが嵐華さんを伴ってやってきた。瑛璃さんは……なんというか、大人の女! って感じの水着を着ていた。
聖女様というより、魅惑の聖女様ってイメージ。
紗雪の水着、ちょっと大胆すぎない? って心配だったんだけど、こうして比べて見ると、紗雪のは年相応のデザインだったんだなって思う。
「こゆきの検査が終わったから連れてきたわよ」
瑛璃さんの肩にこゆきが乗っていた。
「お帰り、こゆき!」
「きゅい!」
こゆきが瑛璃さんの肩から飛び降り、結愛の足下へと駆け寄った。
そのまま結愛の足首に頬ずりをする。
「あはは……っ、もう、こゆき、くすぐったいよ~」
ここ数日で結愛とこゆきはすっかり仲良くなったようだ。その微笑ましい光景を横目に、紗雪が瑛璃さんに視線を向ける。
「瑛璃さん、ありがとうございます。それで、結果はどうでした?」
「大丈夫、心配は要らないわ。それに、従魔登録も済ませておいたから」
「なにからなにまでありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる紗雪が可愛らしい。
瑛璃さんも同じように思ったのか紗雪を見る目が優しい。
「そういえば、二人は夕食はどうするつもり?」
「えっと、特に決めてなくて、なにか作る予定ですけど」
「それならここでバーベキューをしない?」
「バーベキューですか?」
急だなぁと言いたげに紗雪が首を傾げる。
「だって、結愛ちゃん達だけズルいと思わない?」
「ふぁ!?」
結愛が変な声を出した。
あと、瑛璃さんに同行している嵐華さんもちょっと動揺している。
でも、紗雪はそう言えばと笑う。
「あれ、楽しそうでしたよね。私もしてみたいけど……ここで、って言いました?」
紗雪がプールサイドで焼き肉をして大丈夫なのかと首を傾ける。
「大丈夫よ、煙が出ないようにするから」
「そういう問題なんだ……」
紗雪が驚いているけれど、まぁそう言うものである。
ビルのオーナーなら大体なにをやっても許される。というか、この空間に入る権利がある人間自体が、全員瑛璃さんの関係者だからね。
「えっと……じゃあ、バーベキューをしましょう!」
「決まりね!」
ということで、瑛璃さんに仕えるメイドと執事が焼き肉の準備を始める。そのあいだは、テーブル席に座っておしゃべりをすることになった。
私は紗雪に抱っこされて、顔だけをテーブルの上に覗かせる。
「そうだ、瑛璃さん。結愛の武器を用意してくださってありがとうございます」
「あぁ、嵐華からも聞いていると思うけど、貴女へのお詫びの一環だから気にしないで」
「でも、その……とても高価な魔石をつけてくださったんですよね?」
その言葉に、瑛璃さんがピクリと眉を動かし、一瞬だけ私に視線を向けた。
私はぷいっと明後日の方向を向く。
「……ええっと、その武器、一度見せてくれるかしら??」
「え?」
紗雪がどうしてという顔をする。
「あ、心配しないで。結愛の安全を考慮して強い武器を用意したのは間違いないわ。ただ、その……そう、一応、不備がないか確認したくて」
「分かりました。そういうことなら、結愛~」
紗雪が結愛を呼び、部屋から武器を持ってくるように伝える。それを見た私は、その場から逃げようと思って紗雪の腕の中から飛び出すが――
「ユリア、どこへ行くつもり?」
ひょいっと、瑛璃さんに抱き上げられてしまった。
「わ、わふ(ちょっと、散歩をしようかな、と……)」
言い訳をしてみるけれどもちろん通じない。
「――お待たせしました」
そうこうしているうちに、結愛が武器を持って戻ってきた。
「少し借りるわね」
瑛璃さんはそう言って私を下ろすと、結愛から武器を受け取った。そして鍔に埋められた魔石を見てすぅっと目を細める。
「……なるほど」
瑛璃さんの呟きが怖い。
いまなら逃げられるけど……逃げたら絶対ヤバいことになる気がする。
「瑛璃さん、なにか問題ありました?」
おっかなびっくり尋ねる結愛に、瑛璃さんは静かに首を横に振った。
「問題はないわ。でも、使っているうちに刃こぼれとかはするはずだから、そのときは嵐華に言いなさい。うちの鍛冶師に研ぎ直しをさせるから」
そう言って結愛に武器を返した。という訳で、武器の話はおしまい。そこにバーベキューの準備が出来たと嵐華さんが呼びにやってくる。
それに気を取られた瞬間、再び瑛璃さんに抱き上げられた。
「……ユリア、こゆきのことといい、少しは自重しなさいよ。初心者の武器に、このビルがまるごと買えるくらい高価な魔石を付ける人がどこにいるのよ」
小声で怒られた。
これ、こゆきがただの従魔じゃないこともバレてそうだなぁ。とりあえず反省しているという意味を込めて、私を抱く瑛璃さんの腕にたしっと前足を乗せてみた。
すると瑛璃さんは溜め息を一つ吐いた。
「まあ、ユリアが規格外なのはいまに始まったことじゃないものね。それに、紗雪や結愛を心配する気持ち、よく分かるわ」
「……わふ?(そうなの?)」
視線で問い掛けると、瑛璃さんはかすかに笑った。
「私も、ユリアのこと、いつも心配していたもの」
瑛璃さん……と、胸に熱いものがこみ上げる。
家出してごめんなさいと……私はわずかに目を伏せた。
「いいわ。美味しいお肉で手を打ってあげる。どうせ、異空間収納に一杯あるんでしょ?」
「わん!」
それくらいならお安いご用だ。
私は他の人にバレないように隙を見て、ダンジョン産のお肉を用意した。
「――よし、それじゃ、乾杯の音頭を取るわよ」
瑛璃さんの指示で全員に飲み物が配られる。瑛璃さんはビールで、紗雪と結愛はソフトドリンクだ。それが全員に配られたとき、瑛璃さんがグラスを掲げた。
「それじゃ探索者の未来に乾杯」
「「かんぱーい!」」
こうして、身内だけのバーベキューパーティーが始まった。
ちなみに、私の用意したお肉が美味しすぎたため、瑛璃さんに深淵のドロップ品であるとバレて問い詰められることになるのだけど……それはまた別にお話である。
お読みいただきありがとうございます。
今日同時に一章が完結する『三度目の皇女は孤児院で花開く』と『乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかない』もよければお楽しみください!
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