エピソード 2ー12 スタイリッシュアクション白いもふもふ
「さて、あいつを何処にかくまっている?」
黒嶺が紗雪に向かってそんな言葉を口にした。
「……あいつって、誰のこと?」
「とぼけても無駄だ。おまえがユリアをかくまっているのだろ?」
「……ユリア?」
紗雪はそう言って、私がいるケージに視線を向けた。
「戦姫ユリアの方だ」
「……なんのことですか?」
紗雪は戸惑いの声を上げる。
……こいつら、私がユリア本人だって気付いてる? いや、そうじゃないわよね。もしそうなら、紗雪を問い詰めるんじゃなくて、私を確保すれば済む話だもの。
「おら、さっさとどこに匿っているか教えろ」
「私、ユリアさんをかくまってなんていません」
「あくまでとぼけるか。おまえがあの日、配信中に宝箱から出たとか言っていた能力アップのネックレス、あれがユリアの制作物だったという調べは付いているんだぞ」
「……え?」
――あっ。
私は自分がやらかしていたことに気が付いた。
宝箱に入っていたように見せかけて、インゴットとアミュレットを紗雪に贈った。足が付かない物を選んだつもりだったのだけれど、デザインで私の制作物だと気付く者がいたらしい。
「いいかげん、惚けるのは止めたらどうだ?」
「惚けるもなにも、なにを言っているのか分からないって言ってるでしょ! 大体、星霜のギルドはどうしてユリアさんを探しているのよ」
私はびくりと身を竦めた。写真撮影が嫌で逃げたとか、紗雪に知られるのは恥ずかしい。だけど幸いにして、黒嶺は「さぁな」と言って肩をすくめた。
「……なに? 貴方も知らないの?」
「あの聖女気取りのマスターがなにを考えているのかなんて興味ねぇな。だが、あのマスターがここまで必死に探してるんだ、先に見つければ色々と期待できるってもんだ」
「……貴方、ユリアさんを見つけた見返りになにを要求するつもり?」
紗雪が問い掛けると、黒嶺は歪みきった笑みを浮かべた。
「くはっ。おまえ、勘がいいんだな。ちぃっとばかし女のことでドジを踏んじまってな。ユリアの身柄と引き換えに、事件をもみ消してもらおうと思ってよ」
「女性のことでドジを踏んだ? ……っ、貴方、ユリアさんに濡れ衣を押しつけたわね!」
そのセリフを聞いて、点と点が線で繋がった。私が容疑者として疑われた殺人事件の犯人、それがこの黒嶺なんだ。
「はっ、なかなか勘がいいじゃねぇか。だが、俺が濡れ衣を着せた訳じゃねぇぜ。世間が勝手に間違ったから、都合よく利用しただけだ。ギルドの幹部である親父の力を借りれば、事件を揉み消すくらい、どうとでもなるからな」
……というか、犯人が自白しちゃった。いや、遅延配信をしたのは、こいつらの悪事を暴こうとしたからなんだけど、思ってた悪事の内容と違う。
いや、まぁ……いいんだけどね。
とか思っているあいだにも、黒嶺は得意げに話を続ける。
「そんな訳で、事件を揉み消すのはついでだ」
「ついで? 別に目的があると言うこと?」
「ああ、そうだ。俺の目的はおまえだよ」
「どういう、こと?」
なんか、嫌な予感がすると、私はこっそりケージの外にでた。いつでも飛び出せるように、足場――絨毯の具合をたしかめる。
「藤代 紗雪。3年前からダンジョン配信をしているだろ?」
黒嶺はその言葉を皮切りに、最初のころはおっかなびっくりで初々しかったなどと語り始めた。それから、あのときはこうだったと、懐かしそうに語り続ける。
「そんなおまえも高校生だ。相変わらず見た目は純情そうな割に、意外と大胆な服を着てやがる。実に俺好みの女だ。だから――ぐべらっ!?」
飛びかかって右前足で殴り倒した。
「わん!(ぶちのめすわよ!)」
続けて魔術を発動。床に倒れきるまえに、黒嶺を魔術で突き上げた。空中に浮かぶ黒嶺。私はそこに飛びかかり、すれ違い様に右前足の一撃。
さらに虚空に力場による足場を生み出して反転、切り返して更なる一撃を加える。それを、一回、二回、三回、四回と繰り返し、アルケイン・アミュレットのシールド破壊を確認。
最後に天井を蹴った私は、黒嶺を絨毯の上に叩き落とした。
黒嶺はその衝撃で意識を失う。
「わんっ!(まずは一人!)」
紗雪を庇うようにまえに出る。
「……ユ、ユリア?」
紗雪の声が背後から聞こえてくる。
紗雪の拘束も解いてあげたいけれど、いまはシオンから意識を外す訳にはいかない。彼は私と同じS級の探索者。そしてたぶん――私よりも強い。
「ほう、もう目覚めたのか、少し侮っていたようだな」
シオンが油断なく杖を構える。
正直なところ、私はS級――どころか探索者とはろくに戦ったことがない。人と関わるのが嫌で、一人で黙々とダンジョンの探索を続けていたからだ。
S級に昇級したのだって、瑛璃さんの口添えがあったからだ。そう考えれば、私はS級の中で最弱の部類だったとしてもおかしくはない。
まともに戦えば、シオンに勝つことは出来ないだろう。
もっとも、まともにやるつもりはない。
そもそも、この状況は配信している。
数分遅れに設定したけれど、そろそろ黒嶺の悪事は全国に放送されているころだ。星霜ギルドのメンバーには、ここが星霜ギルドの所有するビルの一室だと分かる。
応援はすぐにでも駆けつけるはずだ。
後は成り行き次第だけど、たぶんシオンは交渉しようとするはずだ。いくらS級とはいえ、星霜ギルドを敵に回して生き残れるとは思わないはずだから。
つまり、応援が駆けつけるまで持ちこたえれば私の勝ち。
だから――
「わんっ!」
まずは小手調べにグレイプニルの鎖を使用する。
私が吠えた瞬間、四方八方から放たれた鎖がシオンを捕らえた。
「無駄だ、この程度の鎖、俺には通用しない」
シオンは高らかに宣言、自分の身体能力を上げる魔術を使用した。
だけど、私もこの程度の攻撃が通じるとは思っていない。彼が鎖を引きちぎる隙を狙って、光の矢を放つ攻撃魔術を発動。
無数の光の矢が――拘束されたままのシオンを貫いた。
「……わふ?(なんで拘束を解かないの?)」
首を傾げるけれど、シオンは相変わらず拘束されたままだ。いや、一応は拘束を解く意志があるようで、時折身じろぎをして鎖を引っ張っている。
「馬鹿な、一撃でシールドを吹き飛ばしただと!? だが、俺が本気を出せば、この程度の拘束など……拘束など?」
「わん……(嘘でしょ……)」
S級なのに、この程度の拘束も解けないの?
いや、さすがにそれはないわよね。グレイプニルの鎖は決して最強じゃない。自分よりも明らかに弱い相手なら拘束できるけれど、同程度の強さがあれば断ち切ることは出来る。
なのに、S級の彼がこの鎖をどうにも出来ないというのはあり得ない。
……そっか、私を油断させる罠ね!
私は拘束した相手に接近して――という行動を何度も動画の中で取っている。それを見越して、私が接近するように罠を張っているのだろう。
つまり、彼は接近した相手に対しての切り札を持っているのだろう。
そうと分かれば対策も可能だ。
「わぉんっ!」
接近せずにシールドを削ってやると、再び攻撃魔術を発動。
無数の光の矢がシオンを貫いた。
「があああぁぁあぁぁあああっ!」
シオンが絶叫するけれどこれも演技だろう。
だって、S級のシールドがこの程度で抜けるはずがない。
そしてシールドがあるうちはダメージなんて受けない。ある程度の恐怖や衝撃はあるけれど、それで悲鳴を上げるのは素人だけだ。
演技力は褒めてあげる。
でも、アルケイン・アミュレットの原理を知っていれば騙されることはない。
私を獣と思って侮ったようね!
「わんっ!」
三度放つ攻撃魔術。
無数の光の矢が以下略!
「ぎゃあああああああああああっ!?」
「わんっ!」
「や、やべて、もう、ぎゃあああああっ!?」
……なかなかしぶとい。
S級なのに、徹底的にこちらの油断を誘おうとするなんて……なんて狡猾なの。
「ユ、ユリア、もう十分だよ!」
紗雪が背後から声を掛けてくる。
「わんわんっ(なにを言ってるの紗雪、これは私達を油断させる罠なのよ!)」
騙されないでと訴えるけれど、紗雪は私の言葉が分からない。
「ユリア、私はもう大丈夫だから」
「わんっ(そうじゃなくて、これはシオンの狡猾な罠なの!)」
「そ、そうだ、嬢ちゃん、そのワンコを説得、して、くれ。このままじゃ死んじまう……っ」
「わん!?(まさか、紗雪を騙すのが目的だったの!?)」
「ほら、この人もこう言ってるでしょ? 助けてくれたのは嬉しいけど、やり過ぎはダメ。これ以上ななにかしたら、この人、死んじゃうよ」
紗雪がシオンに元へと近づいていく。
まずい。このままだと紗雪が人質に取られちゃう。
こうなったら、その前に決めるしかない!
「わぉんっ」
以前、イレギュラーに八つ当たりをしたときの魔術、闇夜の災炎。高威力、非効率を絵に描いたような技だけれど、いまの状況になら適している。
私は、それを――シオンにぶち込んだ。
「な!? や、やめ――ぎゃああああああああああぁぁああっぁぁあっっ!?」
夜色の炎がシオンを包み込む。その炎が消えたとき、シオンはグレイプニルの鎖に拘束されたままぐったりと動かなくなった。
……あれ? どうしてシオンの装備が焦げてるんだろう?
もしかしてシールドが壊れてる?
私のアルケイン・アミュレットを基準に考えれば、まだシールド値はかなり残っているはずなんだけど、もしやあんまりアルケイン・アミュレットを鍛えない人?
念のためにと、グレイプニルの鎖を操作して、シオンの顔を私の顔の高さに持ってくる。そうして右前足でシオンの顔をスパンと殴る!
……やっぱり、生身を殴ったときの感覚だ。
おかしいな。いつの間にシールドを抜いたんだろう?
……いや、やっぱりおかしいよね? とりあえず、もう二、三発殴ってみよう。
「やべっ、ぶへっ、やべて、くれっ!」
「わーわーわーっ、ユリア、やり過ぎ! めっ!」
紗雪にたしなめられた。と、そこに管理局の部隊が雪崩れ込んできた。どうやら、終わったみたい――と、私はその部隊の中に見知った顔を見つけて目を見張った。