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※今作品の主題である『望み病』とは、作者が捏造した病であり、現実には存在しないものとする。
医術の進歩により、多くの不治の病は治る病となって来た。医者である私にもそれはわかる。例え老眼鏡越しの世界でしか、物を図れなくなってもだ。
これは、私の机の引き出しの中で眠っているとある病の話だ。
今から三十年前。白髪混じりの私の頭がまだ真っ黒だった頃の話だ。医学系列の大学を卒業してから、まだほんの数年しか経っていない時期だったと思われる。少なくともその時の私は二十代後半だった。
「重症患者が現れたら私に報告してくれ。それまで私は他の患者を診ているから」
聴診器を首に掛けながらその男は私に言った。確かその男は私より十は年上で、私がめでたく三十の誕生日を迎えたその数日後に脳梗塞で倒れて死んだ。今思えばあっけない死に方だったと思う。
職場では十年分先輩である男の言葉に私は「はい」と返事をし、頷いた。男は私の反応を見て満足げに笑った。屈強のない笑みだ。男はエタノールが入った瓶と脱脂綿、それとピンセットを白衣の腰にある大きなポケットに仕舞いこみ、最近入院した小さな子供のカルテを引き出しから取り出して部屋を出て行った。確か、車に撥ねられた女の子だったと思う。
ご観覧ありがとうございました。
暇潰しに書いていた長編が予想外の肥大化……。
気分転換に書いたものなので、全体的に淡い文章になっていれば嬉しいかと。