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……夜。
すっかり陽が落ちた世界を男たちが駆けていた。
皆、表情を青ざめさせながら必死に腕と足を動かし森を走っていく。
「くそっ! なんなんだあいつは!?」
焦ったような声を上げながら叫んだ男に、別の男が答えた。
「あ、あいつは……! たぶんリョウだ……!」
「リョウ……?」
「知らないのかよ!? ヴァリドー領内で活動している冒険者で、最近じゃ犯罪者たちの制圧もおこなっているっていう……っ!?」
必死に説明していた男だったが、その口が止まり、足が止まる。
彼らの目の前に、黒衣の外套を纏い、顔を仮面で隠した男が現れたからだ。
「りょ、リョウ……っ!」
「……」
リョウはゆっくりと一歩を踏み込んで近づく。
彼の動きに合わせ、彼の体の周りに黒い影のような歪みが出現する。
リョウが近づくたび、男たちの顔が絶望へと染まっていく。
男たちは、野盗だ。
ヴァリドー領内に荷物を運んでいた商人を狙っていた彼らだったが、リョウの妨害を受け、現在は逃走中。
おおよそ十人いた野盗は、残るところ二人。全員すでに、動けないように拘束されていた。
そんな仲間たちの姿を思い出したのか、男は理不尽な怒りをリョウへとぶつける。
「仲間をよくも……て、てめぇを……ぶっ殺してやる……!」
「……」
外套を身につけたリョウは何も言わずに仮面の奥からじっと男を見ていた。
男がリョウへと切り掛かるが、その体に攻撃が当たることはない。
リョウがすでに攻撃をかわしていたからだ。同時に、短剣が振り抜かれた。
野盗たちを倒し終えた俺は……想定以上の治安の悪さにため息をついた。
最近では、魔力ソナーの精度もかなり上がったのでこういった犯罪者を取り締まることも行っていたのだが……それにしたって数が多い。
ヴァリドー領内の治安が悪いのは、ヴァリドー家のせいもあるので……とても申し訳ない気持ちだ。
先ほどの野盗たちに襲われていた商人のもとへと戻ると、彼ら彼女らは怯えた様子でこちらを見てきた。
彼らの近くでは俺が仕留めた野盗と、野盗に襲われて命を失った冒険者の護衛たちの姿があった。
……もう少し、早く気づけば助けられたんだがな。
周囲にもう危険もなく、町も近いことから……俺は彼らに声をかけた。
「もう夜も遅い。すぐに街へ向かえ」
「は、はい……! ありがとう、ございました……! あなたのおかげで、助かりました……っ!」
子どもを抱き抱えるようにして泣いていた母親と思われる人の声が、俺の耳に届く。
……ヴァリドー領内の治安が悪いのは、ヴァリドー家と協力関係の貴族たちにも、ヴァリドー家のやり方が反映されてしまっているからだ。
ようは、平民から無理な税をとり、それらに耐えきれなかった人たちがこういったやり方で稼いでいる。
一刻も早く、対応を進めていかないといけないのだが……まずは領の状態を把握しなければならない。
人目につかないよう空間魔法を使ったあと、捕まえた盗賊たちをヴァリドールの兵士たちに引き渡す。
それから、自分の屋敷へと戻ると、俺の部屋にはリームがいた。
「あら、もう終わったの?」
人の服を着て、人のベッドに入っている状態だ。
他人から見ればおかしな光景だが、もう見慣れてしまった。
俺がヴァリドー家の正式な後継者になってから一週間ほどが経った。
今ではリームとその家族もヴァリドールに移住してもらっている。
リームの父には一戦力として鍛錬、指導をしてもらい、リームに関しては屋敷内で仕事の補助をしてもらっている。彼女は内政系のステータスも成長しやすいからな。
そういった理由で、一緒の部屋で過ごす時間が増えていたのだが、リームが今ここにいる最大の理由は、俺の匂いを堪能するためだ。
「一応な。ただ、相変わらず治安、悪いな」
「そうね……特に最近は目立って動くわよね。……まあ、領主が変わったタイミングっていうのは、犯罪者たちからすれば動きやすいのかもしれないわね」
……確かに、ここ最近はバタバタしていたし、その理由もわからなくはない。
領主が変わったタイミングでは必ずといっていいほど荷物の行き来が盛んになるらしい。
そういった荷物を狙って、野盗たちのターゲットも増えるそうだ。
まあ、よほどのバカじゃなければ、さすがに貴族の家紋が見える馬車などに手を出すことは少ない。
ただ、ヴァリドー家と関わりのない商人たちまでも狙われるようになり、ヴァリドー領の評判に関わってくるので、俺は成敗しているというわけだ。
……とはいえ、そもそもの問題としてはその野盗が増える原因を作っていたことなんだよな。
野盗たちの多くは、普通に生きていくことができない環境に追い込まれた人たちだ。
過剰な税を巻き上げ、親や親戚などが死んでしまった子供たちが生きていくには、真っ当な手段というのはなかなか難しい。
領地を引き継いだはいいものの、問題は山積み。
利点はゲームと違って最初から規模が大きいくらいだ。
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