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7話

 ニュージェイド学校前駅近くの公園。

 よく整備された広場の真ん中に備え付けられたステージに、その男――デプト・ブーリーがいた。


「ルシオ様。ここには何用で?」


 イヅナの言葉に、ルシオはブーリーを示した。


「なに、あの悪ガキの親の面を拝みに来ただけだ」


 その名の通りビッグな息子とは違い、デプト・ブーリーは隆々とした体躯の男であった。果たして議員にその筋肉が必要かと問われれば甚だ疑問ではあるが、不健康な身体よりは遥かに良いだろう。


 ブーリーはアズリエルの言っていた通り、演説をしていた。


「身分を問わず手を取り合い、より良い未来を作っていこうではありませんか!」


 ブーリーは逞しい拳を空に向けて振り上げて咆哮した。

 その言葉と熱気に扇動され沸き立つ民衆。特に平民の人間が賛同し、我も我もと声を上げた。


「その通りだ!」


「ブーリー議員は我ら労働者階級のことを考えてくださっている!」


「我々平民はブーリー議員を支持しますぞ!」


 イヅナは人々の間から見える、輪の中央にいるその政治家を凝視し、意外そうに呟いた。


「あれがブーリー議員ですか。あの息子さんからは想像できないと言いますか……」


 ルシオは「ああ」と返しつつ腕組みをした。


「犬の親もまた犬なのかの思いきや、案外まともらしいな」


「犬、ですか」


 イヅナの言葉に、ルシオは彼を見上げた。……やはり横に並ぶと、身長の違いが目立つ。最近気付いたことだが、ルシオは平均よりほんの少しだけ背が低いのかもしれない。そう、ほんの少しだけ。


「子供というものは、身近な人間に少なからず影響を受けて思考が出来上がる。貴様だって、何かしらそういうものがあるのではないか?」


 このイヅナ・セキエイという男はルシオに助けられてからというもの、朝には荷物を持とうとしてきたり、昼食時では世話をしようとしてきたり、先のように掃除の手伝いをしようとしたりと、いつの間にやらルシオの腰巾着と化している。

 この義理堅い性格は、多分に周囲の影響を受けて出来上がったことだろう。

 イヅナはすぐに頷いた。


「確かに。私も父の教えを胸に、今日こんにちまで生きております」


 ルシオは、このイヅナという人間の父は異国の人間だろうと思っていた。

 イヅナの手にある、見慣れぬがしかし間違いなく剣でできた傷跡は、異国の剣術によるものだ。

 異国の剣術を教える師というのはそうそういないため、教わったのは身内だろう。

 それに何より、この男の姓『セイエイ』の異国情緒ある響きが決定打だった。

 そういうわけで、ルシオは異国の教えというものにふと興味が湧いた。


「教えか、思考の良い例だな。どんな教えだ?」


「『義理とふんどしは欠かされぬ』というものです」


「フンドシ? なんだそれは。少なくとも俺は欠けているな」


「そんなことはないと思いますよ。下着くらい穿いてらっしゃるでしょう?」


 ルシオの拍子抜けしたような表情を見て、イヅナは俄に慌てた。


「その、失言でした、穿くも穿かぬも自由ですものね」


「おい。俺を変態に仕立て上げるんじゃない。下着くらい穿いている」


 仮にも悪役たるルシオがこんな調子でいいものだろうか。ルシオは何とも言えない表情で咳払いをした。


「なるほどな。下着は持ち合わせて然るべきであるように、義理というものもなくてはならぬという意味か」


「その通りです」


 イヅナの武士道精神は父の教えということだろう。

 今度はイヅナがルシオに問う。


「ルシオ様は、どんな方の影響を受けられたのですか?」


「俺の場合は……反面教師というやつだな」


 そう言いながら、ルシオは――本来の『ルシオ』を思い起こした。


「身近に、それは横暴な貴族がいてな」


 自分は貴族だから偉いのだと、さも当然のように平民を見下す。

 心無い言葉を平然と吐き捨てる。

 自分のために命を散らせた人間を、役立たずと罵る。


 そして。


 他人に平然と剣を向ける。


「ゆめゆめ、そんな人間にはなるまいと誓ったのだよ」


 ルシオの発言に返答しようと、イヅナは言葉を選ぼうとして――結局一言だけ、こう言った。


「――左様ですか」


「話を戻そう」


 ルシオはステージ上で演説を続けているブーリーを示した。


「ビッグ・ブーリーという奴がいささか暴力的な思考の持ち主だったから、もしや親の影響を受けたのではと思ったのだ」


 しかし見る限り、デプト・ブーリーという人物の主張に偏見思想は見られない。

 それどころか、貴族と平民で仲良くしましょう、ということを訴えている。


「ここまで真逆だとは思わなんだ」


 この国の議会は二院制である。貴族院と庶民院だ。

 貴族院はその名の通り、貴族を中心とした議会である。当然ながら権威主義的な人間が主だ。ゆえに、貴族院に属する議員は平民からの支持を得にくい。

 だから貴族院に所属するこのブーリーが平民からこれほどの人気を誇るというのは、非常に稀なケースといえよう。


 演説が終わり、ブーリーがステージから降壇した。すかさず、秘書と思しき男が声を掛けた。


「お疲れ様でした、ブーリー議員」


「これから国を大きく発展させようとしているのだ、この程度で疲れていたらどうしようもない。それに低脳な平民連中も扱いやすいしな」


 ブーリーの発言を耳にして、ルシオはああやはりと溜息を吐いた。


「もしやと思ったが、パフォーマンスだったか。ブーリーも権威主義的な人間か」


「貴族というのはそういうものですから。あ、いえ、ルシオ様がそうだと言っているわけではなく……」


「構わん。まあでも、世の中には色々な考えの人間がいる。思考までは統制できん。それをやろうとすれば、独裁国家まっしぐらだ」


 価値観の相違。それはあって当然のこととして受け入れねばなるまい。


「だからどんな考えを持っていようと別にいい。肝心なのは『行動』だ。パフォーマンスだろうが偽善だろうが売名だろうが、まともな政策さえやってくれるのならばそれで問題ない」


 イヅナからの返答がなかった。ルシオは訝しく思い「イヅナ?」と彼を見上げると、彼の黒い瞳は揺れていた。どうも様子がおかしい。

 何を見ているのかと思い視線を追うと、一人離れたところにいる黒髪の男に突き当たった。イヅナは彼のことを凝視していたらしい。


 と、突然。

 男がブーリーの方に歩み寄り、声を上げた。


「政策を見直してくれ、ブーリー議員ッ!」


 男は周囲にいた警備たちにどさり、と地面に倒された。

 その騒ぎに気付いた市民が「ブーリー議員!」「ご無事ですか!」と心配の声を掛けた。別に男がブーリーに危害を加えようとしたわけでもないだろうに大袈裟な、とルシオは思う。

 ブーリーは市民の一つ一つに柔かに返し、問題ないことを示した。


 一方、男は警備の者に地面に押さえ付けられ呻いていた。先の秘書の男が、黒髪の男の頭に足を乗せた。


「懲りない人ですねェ。セキエイさん」


 ――セキエイ。


 聞き馴染みのある言葉に、ルシオはすぐ隣のイヅナを見た。すらりとした体躯に、黒曜のような眼と髪、そして幼さは残るものの精悍な顔立ち。

 いま押さえ付けられている男と瓜二つだった。


(まさか)


 秘書の男はにやりと笑い、目前に転がっている頭の近くに膝を折った。


「警告したはずですよ、次があれば貴族不敬罪で逮捕すると――連れて行け!」


 逮捕するという言葉に、イヅナは黙っていなかった。イヅナは駆け出し、地面に突っ伏す男の前に飛び出した。


「父上ェ!」


□□□

『その議員は、多くの平民の支持を得ていた。――平民の男セキエイを除いて。


 セキエイは危惧していた。ブーリー議員の法案が可決されることにより、平民の生活が脅かされることを。


 しかしブーリー議員の甘い言葉に言いくるめられた平民は、いざ自分達が転落したそのときになって初めて、その穴に気が付いたのだった。


 嘆いてももう遅い。いち早く奴の策略に気付いた男は、既に牢の中で自らその命に終止符を打ち、朽ち果てていたのだから――』


(――思い出した)


 あまりにも悲しい、前世で読んだ小説の一節を。


 このセキエイという男を救わねば。


 被害者となる人々の運命を書き換える。それが、自身が『ルシオ』として生きる理由なのだから。

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