表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/66

66話

 サーペンティ領は、薄汚れた路地裏に浮浪者や犯罪者が屯している首都ロンデールと比較して圧倒的に治安が良い。

 例えば貧困層の家が立ち並んでいるような区画であっても、さして見窄らしさはない。路上生活者や不審者といった者も皆無である。

 だが、その治安の良さは単なる見せかけに過ぎぬのであろう。警部曰く『マフィアの下っ端』がいるのだから。下手をすれば治安維持にそのマフィアとやらが一役買っている可能性すらある。


「警部から聞いたのはここだね」


 先述の、貧困層の家が立ち並ぶ小道。アズリエルと、そして彼についていったルシオはその一角に足を踏み入れることになった。

 アズリエルが小さな家のうちの一軒をつい、と指差した。この中に警部から聞いた、ホープを殺害した『マフィアの下っ端』がいるのだろう。

 ルシオは迷わずその家に向かおうとする。と、アズリエルが「待って」と制止した。


「中にいるのは人殺しの犯罪者だ。きみがどうしてもって言うから連れてきたけど、会わせるつもりはない。遠くから見るだけに留めてほしいな」


 アズリエルの言うことはもっともである。危険に違いないからだ。しかし。


「危険だと言うならば、貴様はどうなんだ?」


 ルシオが反論した。

 ルシオが言わんとしていることを察したアズリエルは「僕は問題ないよ」と飄々と笑った。


「僕、結構強いから」


 アズリエルがそれなりに強いということは知っている、彼は武術マーシャルアーツであるバーティツの使い手なのだ。もっとも本人が『バーティツ』と言っているだけで、実際に彼が使うのは柔術とボクシングくらいなものであるが。


 しかしいくらアズリエルが強かろうと、相手が悪い。ただのその辺にいるチンピラのような人間ならばともかく、今回は下っ端とはいえマフィアなのだ。敵と認定されればその身が危うくなることは想像に難くない。

 そう言い募ろうと「だが」と口を開きかけたルシオに、アズリエルが被せるように口を開いた。


「それに、ちょっとした案があるんだ。僕の目的は『サーペンティ警察の汚職の有無を確かめること』。何も彼らを捕まえようってわけじゃない」


 そう、ロンデール警察やアズリエルの目的は、ホープの自殺の件に関して真相を明らかにすることでも、そして真犯人を明らかにし逮捕することでもない。

 ホープの件を調べてはいるが、それはあくまでも『サーペンティ警察に汚職があったか否か』を見定める為の材料に過ぎぬのだ。


 だから、とアズリエルは言い含んだ。


「やることは『彼らがホープさんを殺害したか』、それから『それについて警察に口止めしたか』――それを確認することさ」


「……そうか」


 ルシオは頷いた。

 アズリエルやロンデール警察がホープの死の真相の解明に真正面から向き合わないということは、サーペンティ邸に訪問してきた彼の『サーペンティ警察の汚職の有無を確認しに来た』という説明より重々承知している。

 そのことについて、思うところがないわけではない。本音を言えばホープは自殺ではないと公表してもらいたいし、犯人をしょっぴいて牢獄にぶち込んでほしい。

 だが、ホープの死の真相が『サーペンティ警察の汚職』の件の副産物として解決されるのであれば、ルシオとしてはとやかく文句を垂れるつもりはなかった。


「それで、貴様が言う案というのは?」


「同業者のふりをするのさ。要は彼らの敵になることが危険ならば、そうならなければいいんだ。

 新人だからノウハウを教えて、とか言って、犯人から『ホープさんの殺害』と『警察への口止め』についての言質を取る」


「その必要はない」


 ――この言葉はルシオのものではない。

 いつの間にやらアズリエルとルシオの背後にいた男のものであった。会話を聞かれていたと考える方が自然だ。


 一触即発。危機的な状況であるというのは言わずもがなである。アズリエルはルシオを庇うように立ち、ポケットからナックル取り出して装着した。

 一方でルシオはステッキを握りしめた。これは仕込み杖である。その事実を知っているのは、ステッキの製作者であるイヅナの父セキエイと、せいぜいその製作を依頼した現場に同行していたヴィネアが察せられるかくらいなものだろう。

 アズリエルは知らないし、これはルシオの切り札なので正直知られたくない。だが背に腹はかえられぬ、と万一に備えいつでも使えるよう手を掛けた。

 男が銃を取り出し、その銃口を二人の方へと向けた。


「俺がエスペランザ・ホープを殺害したことと、警察に口止めをしたことを確認する……そう言っていたな?」


「盗み聞きなんて趣味悪いねぇ」


 アズリエルは軽口を叩きつつ拳を構える。だが男はそれに対して応じない。


「認めるぜ」


 そう返した。


「ホープの殺害も、警察への口止めも……な」


「ッ」


 あっさりと返ってきた答えに、ルシオは歯噛みした。


「貴様が殺したのか」


「ああ、そうだ」


「――貴様が――」


 途端に、ルシオの目に爛々と怒りの炎が宿る。

 冷静にならねばと心得てはいたが、やはり恩人を殺された無念は抑えきれなかった。


 アズリエルは今にも飛び掛からんと静かに怒りを募らせているルシオを制するように今一度下がらせると、溜息をついた。


「素直に認めたってことは……僕たちを生きて帰すつもりはないみたいだね」


 アズリエルは身じろぎをする。

 と、ひっそりと後方にいるルシオの方に手を差し出した。――その手にはマッチが握られていた。

 察したルシオは怒りを抑えそれを受け取ると、素早くマッチを擦り、そして次いでアズリエルが差し出してきたそのボールのような塊から生えている紐に火をつけた。

 アズリエルは手に伝わる僅かな振動から、紐に火がついたことを火のついたことを察知した。

 直後、それを男の方に放り投げた。

 ころりと、男の足元にそれが転がる。

 男は眉を寄せて、その丸い物体を見下ろした。


「なんだ? こりゃ」


「ああ、それはね」


 刹那。

 ドカン! と爆発音が轟いた。


「僕お手製の爆弾だよ」


 煙幕のように煙が立ち込める。その隙にアズリエルはルシオの手を引っ掴み、その場から退散した。


 ――結果としては微妙なことになったが、目的は果たせた。走りながらもそう思い、アズリエルは口角を上げた。


□□□

「ロンデール警察だ」


 サーペンティ邸に訪れた来客。その人物に、イヅナは目を丸くした。以前、彼に事情聴取をされたことがあったからだ。


「あなたは確か……スフェン署長」


 アズリエルの父であり、国中にその名を轟かすロンデール警察の署長である。


 スフェンは「ああ君は確か前の事件の」とイヅナに返答した。

 さて、イヅナとヴィネア、そしてシャックスを目前にしたスフェンはソファに座り込むと、胸の前で手を組んだ。息子と違い変人でこそないものの、そういう仕草は息子とよく似ている。


「君たちを訪ねたのは他でもない。君たちがホープ氏の第一発見者だと聞いたからだ」


「正確には」


 シャックスが口を開いた。


「イヅナと、いま出掛けているルシオの二人が第一発見者ッすよ」


「そのルシオ君はいま、どこに?」


「サーペンティ領の貧民街。アズリエルさんと一緒にいるはずッすよ」


「……息子と?」


 怪訝そうな声を上げたスフェン署長に、シャックスとイヅナ、そしてヴィネアの三人も首を傾げることとなった。

 その疑問を口にしたのはヴィネアである。


「ご存知ありませんの? アズリエルさんは、ロンデール警察の命を受けてここに来たと仰ってましたけど」


 スフェン署長は首を振った。


「――そんなこと、命じとらん」

少しでも面白い、続きを読みたいと思ってくださいましたら、星やブックマークでご評価いただけますと今後の更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ