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65話

 サーペンティ公爵家の命令によって行われた再捜査。その結果は正午を過ぎてすぐ知らされることとなった。


「エスペランザ・ホープ氏の件について、やはり事件性はない。自殺で間違いないだろう」


 サーペンティ公爵邸に訪れた警察がそれだけを一言告げて戻ろうとしたところで、アズリエルが「待って」と引き止めた。


「なんで自殺ってことになったのか、説明してもらえる?」


 アズリエルの問いに、警察は戸惑いを見せて眉間に皺を寄せた。既に把握しているだろうに、と考えたのだ。


「再捜査により新事実が見つかったと言うわけでもないし、最初にお伝えしたことから変わりはないが……」


 と躊躇った警察にアズリエルがそれでも構わないから、と催促すると、警察はなおも躊躇しつつ説明を始めた。


「理由は二つだ。一つ目は凶器のナイフに付着した指紋。ナイフには被害者の指紋のみが付着していて、それ以外の指紋は検出されなかった」


 即ちホープは自分で自身を傷付けたのである、という意味だ。


「二つ目は人間関係。彼はご自身の職業――『心霊写真を制作する』という商売が詐欺行為であるとして、多くの人たちより批判を受けていた。それに心を痛めたのが動機かと」


「そっか」


 警察が話し終わったところで、アズリエルは顎に指をかけながら口を開いた。


「ところで、倒れているホープさんの第一発見たちが、直前に怪しい男たちを見ているみたいなんだけど」


 そう言ってアズリエルは後方にいるルシオとイヅナの二人に目配せをすると、イヅナが「はい」と頷いた。


「私たちはホープさんの写真館から立ち去る男たちを見ています。……あなたがたは、この件をなかったことにしようとされていましたが」


「なかったことにしよう、など!」


 警察は苦笑いを浮かべたまま、困ったように両の手を自身の胸の前でぶんぶんと振ってみせた。

 それから言い訳でもするように、警察は自身の鼻を指で掻きながら補足説明をした。


「ただ、二人の見間違いだと判断したまでだ。朝の時間帯というのは開店準備で慌ただしくて、人通りも多いからな。たまたまホープ氏の写真館から出て行くように見えただけだ」


「自己親密行動」


 ぼそり、と言ったのはアズリエルであった。

 アズリエルは長い腕を自身の胸の前で組み、金色の目をふっと細めて警察を上から下まで観察するように眺めた。


「人っていうのはね。緊張したり不安に感じたりしたら、感情を落ち着かせようとするものさ。その方法の一つが、自分を触ることだよ」


 アズリエルは鼻を掻く警察の手首を掴んだ。虚を突かれた警察が瞠目するが、アズリエルは気にせず「さて」と続けた。


「きみは何をそんなに緊張しているんだい? もしかして――隠し事がバレるんじゃないかって緊張してる?」


「か、隠し事だなんて!」


「やっぱりさあ。この件って本当は殺人なのに、自殺に仕立てようとしてるでしょ」


「まさか、そんな!」


 警察は飛びすさりながら慌てて否定した。


 一方で沈黙を貫いているルシオは形のいい口に手を当て眉を寄せていた。


(アズリエルの奴、何を考えている?)


 ロンデール警察はサーペンティ領の警察の汚職を確認するべく、なおかつその証拠を掴むべくアズリエルを送り込んだ。そして警察でないアズリエルを送ったその理由は、サーペンティ警察を警戒させぬようにするためだ。

 だというのに、アズリエルのこの言動で、結局警察らを警戒させる結果となった。


 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という言葉がある。虎の巣穴に入らなければ、その中の虎の子を捕獲することはできない。転じて、あえて身の危険を冒さなければ成果を得ることはできない、と言う意味である。

 その故事のように、一瞬ルシオはアズリエルが危険を承知で情報を得るために警察を探ったのかと思った。だがそれにしてはいたずらに警戒させるばかりで何一つメリットがなかった。


 と、アズリエルが警察に向けて言葉を続けた。


「で、本当のところはどうなんだい?」


 そう言いながら――袖の下に隠しつつ、こっそりと、何かを差し出していることにルシオは気付いた。

 何かと思ってよくよく目を凝らしてみると、1万モンド札の束であった。合計で軽く10万はあるだろうか。

 警察はきょろきょろと視線を泳がせた後にそれを受け取り、アズリエルに近寄って何やら耳打ちをした。

 アズリエルが「そうか、ありがとう」と礼を言うと、警察はそのまま帰っていった。


「やっぱり他殺だってさ」


 アズリエルは唖然としている一同の方へと振り返りつつ悪戯っぽく笑ってみせた。


「マフィアの下っ端が殺したんだって。で、警察はそいつらから金を受け取ったから揉み消したんだってさ」


「……やはり他殺だったか。まあ、それはおおむね予想通りだが」


 ルシオは眉を寄せたまま口を開いた。


「どうするつもりだ? 貴様はサーペンティ警察の汚職の証拠を押さえる予定だっただろう?

 ロンデール警察は、相手を警戒させぬようあえて警察でない貴様を送ったというのに、警戒させるようなことばかりして。本末転倒ではないか」


「そんなことないよ。この件を他殺だと証明すればいいだけさ」


 アズリエルは微笑を浮かべた。


「そうすれば、サーペンティ警察は『本当は他殺だったのに自殺として処理した』っていうことになる。それで充分証拠になるでしょ」


 アズリエルはそう言って、


「じゃあ、いま警察さんから殺人犯さんたちの居場所を聞いたから。会いに行ってくるね」


 と、そう飄々と言ってのけると、サーペンティ公爵邸から出た。

 それを見たシャックスは、一安心というように伸びをした。


「犯人探しに時間がかかるかと思ったけど、案外すんなり見つかったな。よかったよかった」


 警察の体制をなんとかしないとなぁ、親父に相談するか、とぼやきながらシャックスはソファに倒れ込むように座り込んだ。

 一方でルシオは――なんとも釈然としないといった体で再び眉間に皺を寄せた。


(……ツメが甘い)


 もしサーペンティ警察が意図的ではなく『誤って』この件を自殺と結論付けていたと主張すれば、サーペンティ警察が汚職をしていたと証明するのはままならなくなる。


 アズリエルはルシオが前世で読んだ小説、そしてこの世界における主人公であるというのは度々触れている通りだが、仮にもその小説が推理小説ミステリーというジャンルであるからには、アズリエルは探偵役なのである。

 にもかかわらず抜けがあるのは、まだ彼が十六に過ぎぬ子供であるためだろう。


「……俺も行ってくる」


 ルシオに何か策があるというわけではないが、アズリアル一人ではどうにも心配だった。

 それに第一に、ホープを殺害した犯人をこの目で見て文句の一つでも言わねば、腹の虫がおさまらぬというものである。

 ルシオはアズリエルの後を追った。

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