54話
ルシオはフードの中で微笑んだ。
「てっきり、捜査は誰かに任せるものと思っていましたよ」
国王に近しい人間のうち誰かに会えれば良いとは思っていたが、まさか国王本人に会えるとは。嬉しい誤算とも言えよう。
「協力者の存在を疑い、その手口を推測して、現場を確認する。馬鹿ではないようですね」
ですが、とルシオは付け加えた。
「現場に来たということは、まだ協力者は特定できていないようだ。まあどうせ見つかりませんよ」
国王は、協力者が二等兵の海軍であると思っているだろう。まさか、海軍将校コランダムが協力者だとは思うまい。
国王は怪訝そうな目をルシオに向けた。
その緑色の目を見てルシオは、――同級生のシャックスに似ているな、と思った。
シャックス・サーペンティ。公爵家の次男坊である。高位貴族の生まれであるにもかかわらず、騒がしいお調子者の少年だ。
ルシオは彼とよく昼食を共にし、以前一緒にオークション会場に行ったこともある。
長身、癖のある茶髪に、緑の瞳。国王とシャックスの外見的特徴がどことなく似ているのは当然であった。遠縁であるのだ。
だがこの国王に、シャックスのような温かさは微塵も感じられない。威厳はある、だがそういう意味で冷たいのではない。
――これは悪人の雰囲気だ、とルシオは感じた。
「少年よ」
国王は表情を崩さぬままルシオに声を掛けた。
「なぜ協力者の存在を知っている。おまえは何者だ? まさかおまえの仕業だというのか?」
ルシオは、はは、と笑い声を立てた。
「そのとおり。俺が首謀者です」
ルシオは罠に嵌めた人間に、自身の仕業であると知らしめるようにしている。
無関係の人間が恨まれ危機に晒されないようにという、ルシオなりにケジメをつける意味合いであった。
そんなルシオに牙をむくように、国王は柵に掴みかかった。
「なぜだ!? そんなことをしておまえに何の得があるというのだ」
「俺は損得で動くような人間ではありませんよ。困っている人を放っておけない性分なのです、陛下と違ってね」
そう言って、さらに笑みを深くした。
「ねえ陛下。これから世論は、国王陛下否定派に傾くでしょうね」
これから東モーティ会社の件について再調査が始まるのは明白。その過程でリサ・ドレーク他の身元が証明されるのは時間の問題だろう。
そうなれば、国王が東モーティ会社の社員たちを死んだことにし、さらには理不尽にも海賊として攻撃し、最終的に牢にぶち込んだということが確実になる。
ついでに、それを告発したドレークの身元を否定し、海賊と決めつけて逮捕状を出したというおまけ付きだ。
「そこで提案をしたいと思いまして、誰かがここに来るのを待っていたのですよ。まあ、王城の者が全員馬鹿で誰も来なかったらどうしよう、とも思っていましたが」
ルシオの『提案』という発言を受け、国王は興味ないというように柵から手を離した。
「不敬罪で逮捕されたくなければ、口を慎め。いますぐ先の件の首謀者として反逆罪にすることだってできるのだぞ。子供とはいえ容赦せん」
しかしルシオは、そんな脅しなど気に止めず続けた。
「リサ・ドレークの件、大人しく認めてください」
「まだ言うかッ!」
国王は懐から銃を取り出し、――しかし動作を止めた。
このフードを被った少年が、クロスボウを構えていたからだ。
「……護身用の武器の製作を頼んではいたが、まさかクロスボウになる仕込み杖が出来上がるとはな」
このゴタゴタの前に、ルシオはセキエイに護身用の武器を作って欲しいと頼んでいたのだ。
剣術の経験がないルシオは、剣になる仕込み杖はむしろ危険だと言われていた。どうなることかと思ったが、このような形に落ち着いたのである。
そして、アズリエルやヴィネアの懸念――『下手に力をつけたとき、逃げずに戦おうとしてしまうのではないか』という心配事のことだ――についてだが、このような弾数が限られたクロスボウであれば、自ら進んで戦うことはできない。彼らの懸念は回避できている。
それでもこうして相手の動きを封じることができる以上、護身用としての働きは充分であった。
「ここであなたがいたいけな子供を撃ったとなれば、国民もメディアも騒ぎ立てるでしょうね」
国王が渋々銃を下ろしたのを見て、ルシオは自身もクロスボウを下ろした。
「陛下。ドレークの主張を頑なに認めず、後から事実が公表されたらどうなるでしょう? 国民の目には、あなたが全てを知りながら隠蔽しようとしたと映るはず。あなたの評価はさらに下がります」
ならば、と続けた。
「『彼らが東モーティ会社の社員だと知らなかった』としても構いません。ここは潔く認めて解決に努めるというのが、あなたにとっても、ドレークたちにとっても、一番良い道なのではありませんか?」
「ふざけるな!」
国王はもう一度、銃を構えようとした。だがルシオはそんなことなど気に止めず、クロスボウを折り畳んでステッキの形に戻し、踵を返した。
「残念です」
肩越しに、ルシオは国王に言った。
「では、あなたが海賊に私掠を推奨していて、そのせいで東モーティ会社の沈没事件が起きたと。そう新聞社に手紙を送ってみましょうか」
「なぜそれを!?」
ルシオはまた声を立てて笑った。
「ただの噂だと思ったのに。本当だったのですね」
ルシオはそのまま立ち去った。
「待て!」
遠くから国王の叫び声が聞こえてきた。だが、これ以上ルシオを呼び止める声はなかった。
代わりに、風に紛れて小さく「わかった」という声を聞いた。
ルシオは歩きながら、フードに手を入れた。整髪剤を落として直毛になった自身の髪が指に触れる。
正体を隠すためにむしろ本来の姿になったことが、なんとも皮肉で虚しく感じた。
「……秘密を抱えるということは、精神を削るということだ」
国王の最後の了承を示す呟きには、僅かに安堵にも似た響きが含まれていた。隠し事が減ることに、少しだけ胸を撫で下ろしているのかもしれない。
――これでいい。
「俺の目的は加害者への制裁ではない、被害者の救済だ。いま国王が潰れてしまえば、東モーティ会社の者たちの救済が遅れてしまうからな」
ルシオは自身の髪を隠すように今一度しっかりとフードを被り直し、ほんの少し微笑んだ。




