53話
『これが事実ならば』。
その言葉が意味するところを察し、群衆は目を見開いた。女が嘘を言っているだけという可能性に思い至ったのだ。
「そなたは東モーティ会社社長、リサ・ドレークであると主張するのだな?」
国王に問われ、ドレークは頷いた。
「はい」
「それを証明するものは?」
「ございません」
「ならばそなたの言うことなど、信じるに値しない。――海賊が要求を通すために、ありもしないだっ直後上げを言っているだけだ!」
「違う!」
ドレークの否定に、国王は続けた。
「ならば問おう。そなたが海賊ではなく東モーティ会社の人間だというならば、なぜ海軍にそう主張しなかった?」
「船から砲撃をしてくる海軍に、どう主張しろと!?」
「言い訳を!」
そしてもう一つ、忘れてはならぬことがあった。
「トルターガ島にいた者たちは武装をしていたと聞く。違法の大砲まで所持していたそうではないか。その武器はどこから手に入れた?」
ドレークは口をつぐんだ。
トルターガ島にいる彼らに正式に武器を売る商人などいない。つまり彼らが所有していた武器の出所は。
「海賊だろう?」
海賊と取引をしたり、時に海賊を襲撃したりして、武器を手に入れていたのだ。
「エリートである大企業の社長や社員がそのような野蛮な真似をするとは、甚だ信じ難い! やはりそなたは、東モーティ会社の社長などではない!」
国王はドレークを指差した。
「顔が似ているからと故人、それも自身が殺めた人間に成りすますなど冒涜も甚だしい!
そして虚偽の発言をし、凶悪な海賊らを解放させようと目論むなど、言語道断!」
国王がドレークに敵意を見せたことで、警備の者も軍人たちも、皆が一斉に戦闘態勢に入った。
「その海賊を拘束……」
国王が命令をしようとした、その瞬間。
「国王陛下、大変です!」
と叫びながら、伝令が転がり込んできた。
出鼻をくじかれた格好となった国王は、忌々しげに「なんだ!」と怒鳴った。
「海軍の軍事刑務所内で暴動が起きました!」
「……なに!?」
軍事刑務所。軍人が罪を犯した場合の他、捕虜や政治犯の収容に使われる施設だ。
いまそこに収容されている、最も注目すべき人間は――。
「暴動を起こしたのは、トルターガ島にいた者たちです!」
海軍が捕まえてきた、トルターガ島にいた連中である。
トルターガ島にいた者たちは、隣国カーネリアン国の船を襲撃し沈没させ、多数の被害者を出した――ということになっている。
ゆえに彼らは両国の国際関係を悪化させたとして、政治犯の扱いで軍事刑務所に入れられていたのだ。
「彼らは不当に逮捕されたと訴えています! 口を揃えて、自身たちは東モーティ会社の社員であり、遭難していたところを攻撃されたと!」
「馬鹿な」
国王は伝令に問い返した。
「牢に収容されている囚人が、どうやって暴動など! 警備はいったいどうなっている……」
と言いかけて、気が付いた。
海軍に所属する大多数の者が、いまこの場にいることに。いま海軍の軍事刑務所の警備は、手薄になっているのだ。
国王はまずい、と思った。
(奴らには一言たりとも喋らせるつもりはなかった。さっさと処刑して、全てを墓場まで持って行かせるつもりだったというのに!)
これで国王がいくら否定しようとも、トルターガ島にいた者たちが東モーティ会社社員だと信じる者が多く出ることになるだろう。
確実に、二年前の東モーティ会社貿易船沈没事件は再調査されることになろう。
そうなれば、国王が東モーティ会社の者たちを死亡したことにし、遭難した彼らを海賊に仕立て上げ攻撃をさせたことが、世間に露呈する。
「もう、絶望的だ……!」
何はともあれ、ひとまずはこの状況を落ち着かせないことには始まらない。
「――そこの海賊を捕らえよ!」
国王はドレークを指差し、先程出しかけた命令を改めて下した。
すぐに男たちが動いた。
ドレークはそれを躱す。
二年間、海賊という濡れ衣を着せられ、戦ってきた。
それは肩書きだけでなく、皮肉なことにその本質をも彼女を『海賊』に仕立て上げた。
簡単にやられるようなドレークではない。
パン、とどこからか放たれた銃弾を躱した。見れば、手前にいる警備の者が銃を手にしている。ドレークはその男の手を蹴り付けて、回転式拳銃を奪った。
「動くな!」
銃を手にして周囲に向けた。が、相手は軍人。これでは怯まない。
ドレークはすぐに踵を返し逃げた。
「私が行きます!」
真っ先に声を上げたのはコランダムであった。コランダムはドレークを追って広間を飛び出した。
それを確認し、国王は命令を放つ。
「万一に備え、コランダムの隊の者は彼の後を追え! 警察関係者はすぐに捜査網を敷け!」
これですぐにドレークは捕獲されるだろう。
しかし国王は、やはりえも言われぬ不安感を拭い去れなかった。
程なくして、国王の元にコランダムらがドレークと名乗る女の追跡に失敗したという報告が届いた。
□□□
その日中に、東モーティ会社貿易船沈没事件の再捜査が決定した。
「致し方ありません」
と宰相は重々しい口を開いた。
「この件は、国の上層部すべての者の目撃するところとなったのです。それに、新聞記者だって大勢いました」
「このままでは真実が露呈する!」
宰相は首を振った。
「……潮時だったのですよ」
国王は拳を握りしめた。
全てはあの女のせいだ。この状況を作り上げたのは、あの女なのか。そう考えて、国王はふと首を傾げた。
まだ解決していない謎が残っていたことに気が付いたのだ。
この王城には、大勢の警護の者がいる。この強固なセキュリティの中、彼女はどうやって侵入したのか。
侵入するタイミングとして最も適切なのは、式典前だ。参列者に紛れて入れるからだ。誰もがそう思うだろう。
だからこそ、参列者の身元確認は最も重点的に行った。軍に所属しておらず、また身元も確かでない人間が入るのは至難の業だ。
(だからこそ、このタイミングではない)
ならば、式典の前後か。
式典前に、業者に紛れてやってきたのだろうか?
可能性としてはあるだろう。だが、式典により人が多い中で身を隠すのは至難の業だ。
となれば、侵入したのは式典が始まった後。そう考えた国王は門番を呼び寄せた。
「式典が始まった後、門を通ったのは?」
国王に問われた門番は口を開いた。
「通ったのは、二等兵だと思われる海軍二人のみです」
「海軍?」
国王が眉を寄せ問い返すと、門番は頷いた。
「一人は一時的に外出し、すぐに戻りました」
となれば、さほど関係はないだろう。
「それからもう一人、遅刻したのでしょう、癖毛で黒髪の者が……」
「そいつがドレークだ!」
国王は声を荒げた。
彼女が海軍の二等兵に間違われたということは、二等兵の服を着ていたのだろう。つまり、彼女に服を渡した者――協力者がいる。
その協力者は、城の敷地内、恐らく柵の隙間などから自分の服を脱いでドレークに渡したのだ。そしてドレークは海軍のふりをして王城に入ったのだ。
ドレークが姿を現したとき、彼女は二等兵の服は着ていなかった。となれば、その後海軍の服を脱いだのだ。
その二等兵に、服を返すために。
そうしなければ、二等兵の男は素っ裸で式典に参加することになってしまうからだ。
「つまり協力者は、式典に参加した海軍の二等兵で間違いない! 今すぐに、条件に合う者を調査せよ!」
どのような理由であれ、王城に不審者を手引きするなど反逆である。せめてその協力者に罰を与えねば、気が収まらなかった。
命じてから国王は席を立ち、執務室を出ようとした。
「どちらへ?」
と声を掛けてきた宰相に、国王はひらりと手を振った。
「外の空気を吸ってくる。護衛はいらん」
心身共に疲れ切っていた。気分転換をしたいのは本音である。
そしてもう一つ、見ておきたいことがあった。
夜に近付き薄暗くなった外。国王が向かったのは、王城の敷地と外を分ける塀――といっても隙間の多い柵であった。
(もしこの辺りで服を受け渡していたのだとしたら、手掛かりがあるかもしれん)
そう、思った矢先だった。
「――まさかあなたがお一人で来られるとは思いませんでしたよ、国王陛下」
柵の外から、そう声が聞こえた。
小柄な、少年。
フードを被っていて、その顔は見ることができなかったが。
――そのフードの隙間から、真っ直ぐな黄金色の髪がちらり、と見えた。




