表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/66

53話

『これが事実ならば』。


 その言葉が意味するところを察し、群衆は目を見開いた。女が嘘を言っているだけという可能性に思い至ったのだ。


「そなたは東モーティ会社社長、リサ・ドレークであると主張するのだな?」


 国王に問われ、ドレークは頷いた。


「はい」


「それを証明するものは?」


「ございません」


「ならばそなたの言うことなど、信じるに値しない。――海賊が要求を通すために、ありもしないだっ直後上げを言っているだけだ!」


「違う!」


 ドレークの否定に、国王は続けた。


「ならば問おう。そなたが海賊ではなく東モーティ会社の人間だというならば、なぜ海軍にそう主張しなかった?」


「船から砲撃をしてくる海軍に、どう主張しろと!?」


「言い訳を!」


 そしてもう一つ、忘れてはならぬことがあった。


「トルターガ島にいた者たちは武装をしていたと聞く。違法の大砲まで所持していたそうではないか。その武器はどこから手に入れた?」


 ドレークは口をつぐんだ。

 トルターガ島にいる彼らに正式に武器を売る商人などいない。つまり彼らが所有していた武器の出所は。


「海賊だろう?」


 海賊と取引をしたり、時に海賊を襲撃したりして、武器を手に入れていたのだ。


「エリートである大企業の社長や社員がそのような野蛮な真似をするとは、甚だ信じ難い! やはりそなたは、東モーティ会社の社長などではない!」


 国王はドレークを指差した。


「顔が似ているからと故人、それも自身が殺めた人間に成りすますなど冒涜も甚だしい!

 そして虚偽の発言をし、凶悪な海賊らを解放させようと目論むなど、言語道断!」


 国王がドレークに敵意を見せたことで、警備の者も軍人たちも、皆が一斉に戦闘態勢に入った。


「その海賊を拘束……」


 国王が命令をしようとした、その瞬間。


「国王陛下、大変です!」


 と叫びながら、伝令が転がり込んできた。

 出鼻をくじかれた格好となった国王は、忌々しげに「なんだ!」と怒鳴った。


「海軍の軍事刑務所内で暴動が起きました!」


「……なに!?」


 軍事刑務所。軍人が罪を犯した場合の他、捕虜や政治犯の収容に使われる施設だ。

 いまそこに収容されている、最も注目すべき人間は――。


「暴動を起こしたのは、トルターガ島にいた者たちです!」


 海軍が捕まえてきた、トルターガ島にいた連中である。

 トルターガ島にいた者たちは、隣国カーネリアン国の船を襲撃し沈没させ、多数の被害者を出した――ということになっている。

 ゆえに彼らは両国の国際関係を悪化させたとして、政治犯の扱いで軍事刑務所に入れられていたのだ。


「彼らは不当に逮捕されたと訴えています! 口を揃えて、自身たちは東モーティ会社の社員であり、遭難していたところを攻撃されたと!」


「馬鹿な」


 国王は伝令に問い返した。


「牢に収容されている囚人が、どうやって暴動など! 警備はいったいどうなっている……」


 と言いかけて、気が付いた。

 海軍に所属する大多数の者が、いまこの場にいることに。いま海軍の軍事刑務所の警備は、手薄になっているのだ。

 国王はまずい、と思った。


(奴らには一言たりとも喋らせるつもりはなかった。さっさと処刑して、全てを墓場まで持って行かせるつもりだったというのに!)


 これで国王がいくら否定しようとも、トルターガ島にいた者たちが東モーティ会社社員だと信じる者が多く出ることになるだろう。


 確実に、二年前の東モーティ会社貿易船沈没事件は再調査されることになろう。

 そうなれば、国王が東モーティ会社の者たちを死亡したことにし、遭難した彼らを海賊に仕立て上げ攻撃をさせたことが、世間に露呈する。


「もう、絶望的だ……!」


 何はともあれ、ひとまずはこの状況を落ち着かせないことには始まらない。


「――そこの海賊を捕らえよ!」


 国王はドレークを指差し、先程出しかけた命令を改めて下した。


 すぐに男たちが動いた。

 ドレークはそれを躱す。


 二年間、海賊という濡れ衣を着せられ、戦ってきた。

 それは肩書きだけでなく、皮肉なことにその本質をも彼女を『海賊』に仕立て上げた。

 簡単にやられるようなドレークではない。


 パン、とどこからか放たれた銃弾を躱した。見れば、手前にいる警備の者が銃を手にしている。ドレークはその男の手を蹴り付けて、回転式拳銃リボルバーを奪った。


「動くな!」


 銃を手にして周囲に向けた。が、相手は軍人。これでは怯まない。

 ドレークはすぐに踵を返し逃げた。


「私が行きます!」


 真っ先に声を上げたのはコランダムであった。コランダムはドレークを追って広間を飛び出した。

 それを確認し、国王は命令を放つ。


「万一に備え、コランダムの隊の者は彼の後を追え! 警察関係者はすぐに捜査網を敷け!」


 これですぐにドレークは捕獲されるだろう。

 しかし国王は、やはりえも言われぬ不安感を拭い去れなかった。


 程なくして、国王の元にコランダムらがドレークと名乗る女の追跡に失敗したという報告が届いた。


□□□

 その日中に、東モーティ会社貿易船沈没事件の再捜査が決定した。


「致し方ありません」


 と宰相は重々しい口を開いた。


「この件は、国の上層部すべての者の目撃するところとなったのです。それに、新聞記者だって大勢いました」


「このままでは真実が露呈する!」


 宰相は首を振った。


「……潮時だったのですよ」


 国王は拳を握りしめた。

 全てはあの女のせいだ。この状況を作り上げたのは、あの女なのか。そう考えて、国王はふと首を傾げた。

 まだ解決していない謎が残っていたことに気が付いたのだ。


 この王城には、大勢の警護の者がいる。この強固なセキュリティの中、彼女はどうやって侵入したのか。


 侵入するタイミングとして最も適切なのは、式典前だ。参列者に紛れて入れるからだ。誰もがそう思うだろう。

 だからこそ、参列者の身元確認は最も重点的に行った。軍に所属しておらず、また身元も確かでない人間が入るのは至難の業だ。


(だからこそ、このタイミングではない)


 ならば、式典の前後か。

 式典前に、業者に紛れてやってきたのだろうか?

 可能性としてはあるだろう。だが、式典により人が多い中で身を隠すのは至難の業だ。

 となれば、侵入したのは式典が始まった後。そう考えた国王は門番を呼び寄せた。


「式典が始まった後、門を通ったのは?」


 国王に問われた門番は口を開いた。


「通ったのは、二等兵だと思われる海軍二人のみです」


「海軍?」


 国王が眉を寄せ問い返すと、門番は頷いた。


「一人は一時的に外出し、すぐに戻りました」


 となれば、さほど関係はないだろう。


「それからもう一人、遅刻したのでしょう、癖毛で黒髪の者が……」


「そいつがドレークだ!」


 国王は声を荒げた。

 彼女が海軍の二等兵に間違われたということは、二等兵の服を着ていたのだろう。つまり、彼女に服を渡した者――協力者がいる。


 その協力者は、城の敷地内、恐らく柵の隙間などから自分の服を脱いでドレークに渡したのだ。そしてドレークは海軍のふりをして王城に入ったのだ。

 ドレークが姿を現したとき、彼女は二等兵の服は着ていなかった。となれば、その後海軍の服を脱いだのだ。

 その二等兵に、服を返すために。

 そうしなければ、二等兵の男は素っ裸で式典に参加することになってしまうからだ。


「つまり協力者は、式典に参加した海軍の二等兵で間違いない! 今すぐに、条件に合う者を調査せよ!」


 どのような理由であれ、王城に不審者を手引きするなど反逆である。せめてその協力者に罰を与えねば、気が収まらなかった。


 命じてから国王は席を立ち、執務室を出ようとした。


「どちらへ?」


 と声を掛けてきた宰相に、国王はひらりと手を振った。


「外の空気を吸ってくる。護衛はいらん」


 心身共に疲れ切っていた。気分転換をしたいのは本音である。

 そしてもう一つ、見ておきたいことがあった。


 夜に近付き薄暗くなった外。国王が向かったのは、王城の敷地と外を分ける塀――といっても隙間の多い柵であった。


(もしこの辺りで服を受け渡していたのだとしたら、手掛かりがあるかもしれん)


 そう、思った矢先だった。


「――まさかあなたがお一人で来られるとは思いませんでしたよ、国王陛下」


 柵の外から、そう声が聞こえた。

 小柄な、少年。

 フードを被っていて、その顔は見ることができなかったが。


 ――そのフードの隙間から、真っ直ぐな黄金色の髪がちらり、と見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ