52話
不意に現れ女性を庇ったコランダムに、国王はぴくりと眉を動かした。
この主役は先程まで姿が見当たらず、人混みに紛れていたのだろうと思っていたのだが、そんなところにいたとは。
コランダムは国王に向けて頭を下げた。
「国王陛下。彼女を捕らえよという、あなたの意思に反しますことをお許しいただきたい。
しかし私には、彼女が暴挙に出るような真似をするとは思ませぬ。むしろ彼女は――トルターガ島奪還について、礼を言いに来たのかと」
「礼……だと?」
トルターガ島奪還の英雄にそう言われてしまえば、周囲は困惑しつつも彼女を捕らえることに躊躇せざるを得ず、動作を止めた。
国王は心の中で悪態をついた。
彼女が何者か。その姿を見て、かつてとある事件の概要を確認したときにあった顔写真と一致し、ピンときた。
癖のある黒髪に、浅黒い肌。華奢だが芯のある美しいその女は。
二年前に死んだ『ことにした』、東モーティ会社の社長、リサ・ドレークである。
(彼女は捕まっていなかったのか!?)
冷静に考えれば、抜け漏れがあってもおかしくはない。トルターガ島にいた者たちを名簿を確認しながら捕まえていたわけでもあるまいし、誰かが逃げおおせている可能性は充分にある。
もし彼女が、自身はカーネリアン王国にある東モーティ会社の人間で、海賊に仕立て上げられ、海軍に襲われていたという事実を話し出したならば――。
(……彼女に喋らせてはならない!)
だが、コランダムが『彼女は礼を言いに来たに違いない』と意味のわからないことをなんらかの確信を持って言い出した以上、『構わぬ、捕まえろ』と言うには不自然になってしまった。
「……コランダムよ。そう考える根拠は」
これが一番自然な受け答えである。悔しいが、他に選択肢はなかった。
国王の問いに、コランダムは女性を示した。
「この女性によく似た顔を、軍の資料の写真で見たことがあります。恐らく彼女は、二年前に亡くなった東モーティ会社の社長、リサ・ドレークのご遺族の方でしょう」
その言葉を聞いて、国王は人知れず眉を寄せた。
親族なわけがない。紛れもなく本人だ。
そこまで考えたとき。
「!」
――これから起ころうとしていることの予想がつき、国王ははっとした。
(……やられた!)
東モーティ会社貿易船沈没事件の加害者である海賊らがトルターガ島に立て籠った。
そして今回トルターガ島奪還において捕まったのは、その加害者である海賊たち。
世間一般では、そういうことになっている。
つまりコランダムのように何も知らない人間の頭の中には、『親族を死に追いやった犯人を捕まえた海軍に、遺族が感謝を伝えに来た』というストーリーが出来上がっているのだ。
トルターガ奪還を祝う式典という場おいて、その事件に関する遺族の感謝の意を遮るなど、あってはならないことだ。
(コランダムの野郎……!)
コランダムが余計なことを言ったせいで、女が話をする機会を与えてしまった。
しかしコランダムに非はない。彼を恨んだところで仕方がない。
むしろ恨むべきはあの女だ。こうなることを予想して堂々と入ったのかもしれない。もしそうだすれば、この状況を作り出したのはあの女なのだ。
――あるいは、計画を企てた者が別でいるのかもしれない。
国王は唇を噛み締めた。
「女を追い出しますか?」
隣で宰相が声を掛けてきた。だが国王は首を振った。
「そんなことをすれば、奴の思うつぼだ」
この場にいるのは国の上層部。それに新聞記者だっている。国王の不誠実な対応は、いらぬ憶測を生む。
「言わせたあとで、全力で否定する」
そうだ、それがいい。
女の言うことは嘘であると、真実ではないと主張すればいいのだ。
「話があるのならば、申してみよ!」
国王が口を開いた。
女は――国王が予想した通りのことを言った。
「私は東モーティ会社社長、リサ・ドレーク。――本人です」
途端にどよめきが起きた。
リサ・ドレークは、二年前の事件で死んだことになっている。騒然としたするのも無理もない。
「二年前、我々の船は海賊に襲撃されました。遭難した我々は、どこに辿り着いたと思いますか? ――トルターガ島です」
察しの良い者は、徐々に気付き始めていた。
トルターガ島にいたのは、東モーティ会社の貿易船を襲った海賊ではない。遭難した東モーティ会社の者たちであった、ということに。
そしてドレークは、結論を言った。
「我々東モーティ会社の者たちは、あなたがたにより海賊に仕立て上げられ、理不尽に攻撃を受けました! そして社員たちはいま、刑務所に入れられています!」
ドレークの言葉に、大変な騒ぎが起きた。
海軍、特にコランダムの隊の者たちは大いに狼狽した。
王城勤めの大臣らは、トルターガ島奪還を命じたのが国王であるためにその責任の所在は国王にあるだろうと懸念した。
そして新聞記者たちは、とんでもないスクープだと言わんばかりにペンを走らせた。
「国王陛下! これが事実ならば、とんでもないことですよ!」
何処かから声が飛んだ。
国王は立ち上がり、「その通りだ」と肯定した。
「そう――『これが事実ならば』な」




