51話
海軍を讃える式典は、間も無く終わりを迎えようとしていた。
王家や王城勤めの大臣、政治家や軍の幹部。そういった国の上層部を含む参加者の人々は、皆一様に周囲を見渡していた。本日の主役である、作戦の主導を行った海軍将校ジャッキー・コランダムに一目挨拶だけでも、と思っていたのである。
とはいえこの人だかりである、誰も会場の中で彼の姿を見つけることはできなかった。
そして、それは国王もまた同じであった。
この国の柱たるその男と二言三言会話を交わしたかったものだが、どうにもコランダムの姿が見当たらない。
「まったく、狭い広間に人を詰め込み過ぎなのだ。だから探したい人間も見つけられない」
国王は低アルコールのワインに口をつけた。別に酒は飲めぬわけではないが、間違ってもこのような場で酔うようなことがあってはならぬからだ。
国王、名をクロノス・ディアマンテという。が、彼をその名で呼ぶ者はこの世界にはいない。皆この男のことを『国王陛下』と呼ぶからだ。ゆえに、ここでも『国王』と記すに留めよう。
「彼とはーーコランダム大尉とは、色々と話をしておきたかったというのに」
国王はそのほろ苦い液体を嚥下してから隣に控えている宰相に向けて言った。
元々歳若い国王であるが、それよりさらに若い宰相は国王の方へと目をやった。――国王の緑色の瞳と目が合った。
「話、ですか」
国王はワインをぐるりとグラスの中で回しながら「ああ」と肯定した。
「トルターガ島を占領していた人間がどのような者たちだったのか、是非とも聞きたくてな」
「……カーネリアン王国の、東モーティ会社の人たちのことですか」
「声を落とせ。誰が聞いているかもわからんからな」
――そう、この件は一部の者しか知らぬ、国王にとって隠蔽したいものであった。
「すべては。私が海賊どもに、カーネリアン王国の貿易船に対し、私掠行為を推奨したところから始まった」
十年以上前のことになる。
二十代後半というあまりに若い年齢で王座に着いた国王は、その座を不動のものとするべく民衆の支持を得る必要があった。
この歳若い王は、何かにつけ海を隔てた隣国カーネリアン王国の熟練者の国王と比較された。我らがディアマンテ王国とカーネリアン王国が不仲だというのは有名な話であったが、国王にとってみればそれ以上に目の上のたんこぶも同然だった。
時を同じくして、国は周囲にのさばる海賊船に苦慮していた。国内の貨物船が次々と海賊に襲撃され、経済に打撃を与えていた。
「あのとき、私は考えついたのだ。厄介な海賊どもの標的を国内の貨物船から逸らし、なおかつこの国を豊かにする方法を」
やることは簡単。海賊らに、行け好かぬカーネリアン王国の貿易船を襲うよう指示したのだ。
カーネリアン王国の経済成長を抑え、そして海賊の件も解決しつつ、ディアマンテ王国は発展できる。良い事尽くめだった。
略奪した貨物を他国に販売して金を得たり、そのまま国内で消費したり。そうすることで、みるみる経済は潤った。
「海賊たちはこの国の経済成長に大きく貢献してくれた。この国の発展は、海賊たちのおかげといっても過言ではない」
国王が私掠船を認めているという噂が流れたが、知らぬ存ぜぬで押し通した。認めなければ、それは単なる陰謀論に過ぎぬのだ。
カーネリアン王国からの、『貴国の海賊にはほとほと困り果てている』という苦情についても、我々も困っているのです、とシラを切った。
順調だった。
そう、ここまでは。
「しかしいつの間にか、襲撃の規模が大きくなり過ぎた。二年前に新しくできた航路で海賊が沈没させたのは、カーネリアン王国最大の貿易会社、東モーティ会社の社長と、そして100名を越える人間が乗った船だった」
カーネリアン王国はもとより、国内からも加害者に罰を求める声が相次いだ。
しかし海賊らに罰を与えれば、奴らは口を揃えて『王の指示だ』と言うに違いない。
「だから私は、東モーティ会社の社員は死したことにした。そして逆に、トルターガ島に遭難した彼らを犯人に仕立て上げたのだ」
何も知らぬ無知な海軍は、トルターガ島にいるのは二年前に貿易船を襲撃したのは海賊であると、そう本気で思っていることだろう。
こうしてコランダムを始めとする海軍たちは、不運な被害者たちに追い打ちをかけるように、彼らを海賊として捕らえたのだ。
「大企業のエリートたちが、二年後には果たしてどのような姿になっていたのか――着せられた濡れ衣の肩書き通りに、卑陋な海賊に成り下がっていたのではないか。それを知りたかったのだがな」
国王の発言に、宰相は「あなたもお人が悪い」と苦笑した。
「それは悪趣味というものですよ。彼らはあなたの陰謀により、尊厳を失ったのですから」
「運の無い者に、尊厳など不要だ」
国王は何食わぬ顔で返した。
「私はな。奴らをこのまま死刑にするつもりだ」
「なぜです?」
「私が、本来被害者側である東モーティ会社の人間たちを加害者側の海賊に仕立て上げ、あまつさえ海軍に襲わせたということが世間に洩れれば、面倒だからだ。
彼らの正体についても、私の不正についても。文字通り墓場まで持っていってもらう……」
刹那。
バタン、と大きく広間の扉が開かれた。
ーー王座がある高い位置からは、よく見える。
広間のすぐ外に一人のならず者――見窄らしい服を着た女性がいる光景が。
沈黙、からの騒然。
皆、予測不能の事態に唖然とした。どこからどうやって、この強固なセキュリティが張り巡らされている王城の敷地内に侵入したというのか。
一方で扉から遠くにいる者たちは何が起きているのか把握できず、ただあってはならぬことが起きたのだということだけを認識した。
しかし、それはほんの一瞬のこと。
「侵入者を捉えよ!」
すぐに国王が命令を発し、警備の騎士らは勿論のこと、式典に参列していた者たちが動いた。
ここにいるのは、戦いに不慣れな貴族などではない。国の最高権力者と、そして軍人たちなのである。
男たちは一斉に、不法侵入者であるその華奢な女に掴みかかった。
そのときだった。
その拳を、弾く者がいた。
「か弱い者に、暴力行為とは。それでも己は軍人か」
コランダムであった。




