50話
王宮。
海賊によって占拠されていた島――トルターガ島を奪還した海軍たちの功績を讃えるべく、広間にて式典が始まった。
眩い白の大理石と、周囲を映し出す金色の差し色。そんな眩い空間を、この国の海軍のコーポレートカラーである濃紺色の装飾品が荘厳ながらも華々しく彩っている。
そしていま、この式典の主役が大衆の前に姿を現した。
トルターガ島奪還作戦で自軍を率い勝利へと導いた海軍将校――コランダムである。
「ジャッキー・コランダム大尉」
自身の名を呼ばれて、彼は恭しく膝をついた。
目前に跪くコランダムを向けて呼びかけるのは、この国で最も尊い人間。
国王である。
四十手前の歳若いこの国王は、例えるならばたてがみと吠え声で周囲を圧倒するような百獣の王ではなく、鹿だ。しなやかで柔軟な、しかし強靭な角を持つ、強かな森の王だ。
「トルターガ島奪還という悲願を、よくぞ成し遂げてくれた。その功績を讃えよう」
多くの民――王族に大臣、貴賓の貴族や軍関係者といった名だたる面々が見守る前で、国王はコランダムに勲章を授与した。
「そなたは今より――『少佐』だ」
わっ、と歓声が沸き起こった。
中でも跳び上がらんばかりに喜んでいる連中がいる。コランダムの隊員たちであった。
コランダムは、たったいま授与された勲章をじっと見た。
この勲章は、決して一人では手にできなかった、と。あの作戦を成功させた時に抱いたのと同じ想いを抱いた。
それからコランダムは頭を下げると。
「――辞退します」
と。
はっきりと口にした。
途端に、会場内は驚愕と困惑の空気に満ちた。
国王はざわめく民衆に向け王笏を高く掲げ「静粛に」と言い放ってから、コランダムに向き直った。
「訳を、聞かせてはもらえまいか」
コランダムは群衆に混ざる自身の仲間をちらりと横目で見た。
「一度目のトルターガ奪還作戦の折。私の判断ミスで、危うく仲間を死に追いやるところでした。私はまだ、『少佐』という重い立場に見合った能力を有してはおりませぬ」
ですから、と、コランダムは勲章を国王に差し出した。
「いずれ私が本当にそれに見合った実力を手にしたそのときに、『少佐』の階級を頂戴させていただきたく!」
勢いのまま言い切った。
階級特進の辞退。受け取り方によっては、国王と国家に対して無礼とも取れる行為である。
群衆は深々と頭を下げるコランダムと、口を開かずただ目前の軍人を見据える国王を交互に見ながら、今後の展開を固唾を飲んで窺っていた。
が、やがて。「そうか」と国王が口にした。
「コランダム大尉。ここはそなたの希望に応えるとしよう」
国王はコランダムの手から勲章を受け取りながら微笑んだ。
「いずれ、そなたが心置きなくこの階級を受け入れられるよう、これからも精進し国のために尽くしてくれ」
国王の言葉に、コランダムは深く跪いた。
――俯きながら、思った。
どうせならば己の晴れ舞台は、もっと皆の印象に残る方が良い。
(――今日みたいな、不吉な日じゃない方がいい)
国王の前から退場したコランダムはそのまま群衆に混ざる。これから式典は立食形式の会食に移行する。
入り乱れる人々の中で、コランダムは思った。
(これならば一人いなくなったところで、すぐには気付かれまい)
コランダムは王宮の広間を後にした。広間の中は式典が続けられており、主役が立ち去ったことに気付く者はいなかった。
そのまま人目のつきにくい王宮の裏側に出ると、自身の士官という身分をそのまま表している、袖に数本の線が入った黒いフロックコートを脱いだ。それから鞄から二等兵程度の階級の者が着るブレザーを取り出し、軽く皺を伸ばしてから着用した。士官学校時代に何度か着用したものである。
磨き上げられた王宮の大理石の壁に薄らと映る自身の姿を見る。――誰もこの一海兵が、海軍将校コランダムだと思うまい。
コランダムは堂々と王宮の門を通り、そのままロンデールの街に出る。
そして治安の悪い、鼠と黒光りする虫が縦横無尽に走り回る不衛生な裏通りへ行き、そのまま路地裏に入った。
「――きっと来ると思っていた」
コランダムが入り組んだその場所に入るや否や、見知った黄金色の髪と、恒星の如き瞳を持つ少年――ルシオが声を掛けてきた。
コランダムはふっ、と笑った。
「あんな話を聞かされれば、何もしないわけにはいかなんだ」
トルターガ島奪還作戦が成功したときに読むようにと、ルシオから渡されていた手紙。その中身は。
『あなたがた海軍が攻撃したトルターガ島の連中は、荒くれ者の海賊などではない。
二年前に海賊の襲撃で沈没した、東モーティ会社の貿易船の、哀れな被害者だ。
そして事件の首謀者は国王陛下である』
という真相と。
もしも彼らに同情するならば力を貸してほしい、という頼みだった。
「ひとつ聞かせてほしい」
コランダムは、裏路地にある寂れて崩れ掛けた建物の壁にもたれているルシオに向けて問う。
「トルターガ島の人たちが海賊ではないと知りながら、なぜおまえは私たち海軍に彼らを捕まえさせた?
おまえが作戦の立案なんてしなければ、彼らが捕まることはなかっただろうに」
「最悪の可能性を潰したまでだ」
ルシオは自身の黄金色の髪を耳に掛けながら返答した。
コランダムの質問は、先日セキエイにも問われたのと同じであった。
「最悪の可能性?」
「あなたたち海軍が何もしなくとも、いずれ誰かが島に装甲艦で入り込み、容赦なく砲撃を喰らわして犠牲者を出すかもしれん」
「……面白くないジョークだ」
「まあ要は、いずれ死人が出るやもしれん作戦が遂行されないようにしたということだ。現に、今回犠牲者はいなかっただろう?」
コランダムは溜息をつきつつ、文句を口にした。
「それにしても、作戦前に教えてくれればよかったものを」
コランダムが声音に棘を含ませると、ルシオは品の良い口に笑みを乗せ喉の奥で静かに笑った。
「あのときはまだ確証がなかったからな」
「……そうなのか?」
コランダムは疑問を口にしながらも、その様子から信じてはいないのは明白で、訝しんで眉間に皺を寄せていた。それを見て、ルシオは「ハッ」と吹き出した。
「そういうところだ。あなたは良くも悪くも実直な人間なのだよ。もし知っていれば彼らを攻撃するなどできず、作戦は失敗していただろう。そうなれば、式典など開かれなかった」
ルシオは、式典が開かれなかったら困るらしい。となると、もとよりルシオの狙いは式典――すなわち、国の上層部が集まる場を作り上げることにあったらしい。
「式典で何をやらかすつもりだ?」
コランダムの言葉にルシオは笑みを深くした。
コランダムは、ああまただ、と思った。あのときも。ルシオがトルターガ島奪還作戦を提案してきたときも、彼は無骨な己にもわかるほどの秀麗な顔に、全てを見透かしたような蠱惑的な笑みを浮かべていたものだった。
「コランダム将校。――事件の元凶たる国王に、お仕置きしてみるつもりはないか?」
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