49話
船に設られた小さな船室に入っていくドレークを見送り、今はルシオとセキエイの二人は甲板に座り込んでいた。
これからオパール伯爵領に戻って船を返却し、始発の機関車でロンデールに戻る予定だ。
ルシオは、今日の朝食は列車の中で食べようか、などとぼんやり考えていた。寮の朝食の時間には間に合わなそうだからだ。
ドレークは一旦ロンデールへ連れて行くつもりである。とはいえ学校の寮には連れて行けないし、かといってセキエイ家で匿ってもらうつもりもない。妻がいる家にセキエイが美女ドレークを連れて帰ったら、果たしてどうなるだろうか。……あまり想像したくない。
そういうわけでドレークには資金を渡し、宿に滞在してもらうつもりでいる。
そんなこんなで、今はこうして最初の目的地であるオパール領までのちょっとした航海を満喫しているというわけであった。
「あなたは悪者の素質がおありですね」
セキエイは隣に座るルシオに声を掛けた。
セキエイの『悪者』という言葉にルシオは反論しなかった。仁義の通ったやり方でないというのは百も承知だ。
だからこそセキエイは苦言の意味を込めて『悪者』と表現したのだ。セキエイは続ける。
「トルターガ島にいる人々の事情を知りながら、彼らを海軍に捕まえさせる。一方で、ご自身が首謀者であることを伏せて、彼らの首領に手を差し伸べる」
言葉にすると、なるほど確かにこれは悪役の所業である。
「あなたは一体、誰の味方なのです?」
「俺はいつだって被害者側の味方だ」
ルシオは笑った。ルシオはいつも、被害者のために動いてきた。ときにそれがあまり褒められたやり方でないこともある。
それでも『この世界の被害者を救う』という目標を持っているルシオにとって、被害者の救済は確固とした目的なのであった。
とはいえセキエイにはまだ理解できていないことがあった。
「被害を被った東モーティ会社の社員方のために、社長を連れてくるよう私にご依頼されたのはわかっています」
被害者側である東モーティ会社社員を加害者側の海賊として攻撃していた、という事実を国の上層部の前で告発し、彼らの汚名返上と彼らが抱える問題の解決を図る。それに賛同し、セキエイはルシオに協力したのだ。
「しかしその一方で、納得がいっていないこともあります」
ルシオはちらりと、横に座るセキエイを一瞥した。
「俺が海軍に、被害者である東モーティ会社の社員らを捕まえさせたことを気にしているのだろう?」
「はい。意図的だというのですか?」
「半分は仕方なく、もう半分は意図的にだ」
「仕方なく?」
ルシオは頷いた。
「今回、もし俺がコランダム将校にトルターガ島奪還についての作戦を立案しなかったとしても、いずれ彼らは海軍の手にかかっていたことだろう」
国王が、貿易船の航路を抑えられる良い場所にあるトルターガ島を手に入れずして引き下がるとは思えない。通商破壊を命じている自身の海賊たちを、トルターガ島に置きたいはずなのだ。
だから国王は、トルターガ島を奪還できるまでは何度でも海軍を差し向けることだろう。
「そのときはどうなるだろうか?」
セキエイは眉を寄せた。
今日より前にも一度、トルターガ島奪還作戦が行われている。つい先日のことだ。
そのときは最新鋭の装甲艦が投入されたのだが、いかんせん装甲艦が巨大すぎたがゆえに島の奪還作戦は失敗に終わった。
となると、次に立てる作戦はどうなっていただろうか。
装甲艦を改良していたかもしれない。もっと小型にし機動力を確保するとか。もしくは、攻撃を受けても耐えられるよう装甲を厚くした船を作ったかもしれない。
あるいは、島の湾に入らずとも、遠方から攻撃できる大砲を開発しようとした、という線もある。
いずれにせよ。
「……多大な犠牲者が出ることになるでしょうね」
「その通りだ」
ルシオは頷いた。
今回、犠牲者はいないだろう。ルシオは今回の件において、『海賊の連中には、きっちりと償いをさせねばならん』という理由をつけて、彼らを殺さぬようにと頼んだのだ。
「極力犠牲者を出さないようにしつつ、ひとまずトルターガ島奪還という悲願を成功させてやる方が平和的だと考えたのだ。
それから、捕らわれた東モーティ会社の彼らが起爆剤の役目を果たさせる。国王のメンツを潰すための、な」
「彼らに何かをさせる気なのですか?」
「なんだか人聞きが悪く聞こえるな」
ルシオは軽く息をついた。
「なあ、セキエイ。ドレークは先程こう言ったな、『無知は罪なり』と」
知らないというのは罪であると、そして自身が無知であるということを自覚せず、知ろうとしないこともまた悪であると。そういう意味合いの、大昔の哲学者が生んだ言葉である。
「その後にはこう続く――『知は空虚なり』と。知っているだけでは何の意味もないという意味だ。だから俺は空虚にならんよう行動することにしたのだよ」
ルシオは決して無口なたちではない。むしろ結構お喋りな方だ。
だがルシオの話す言葉のすべてを汲み取るのは困難であると、セキエイはこの少年と会話をするときに時折思う。
もとよりルシオは、抽象的な単語を選んでいるというのを見る限り、すべてを語るつもりはないのだろう。
ルシオは心を許すには、あまりに秘密主義であり、あまりに打算的なのだ。
それでも。かつて自身を救った、息子の親友であるルシオのことは信用していた。
きっと何か考えがおありなのだろう、と思った。




