48話
自分達はディアマンテ王国の国王の陰謀により船を沈没させられ、さらに海賊に仕立て上げられた。
そう耳にして、冷静でいられる者など皆無であろう。ドレークは拳を握りしめた。
「許せない」
ルシオは潮風ではらりと顔に掛かった黄金の髪を耳にかけ、「まあ」と宥めた。
「これはあくまでも俺の想像に過ぎん。国王が海賊に命令していた、などという証拠はないからな」
とは言いつつも、ルシオは自身の口にした説明は事実であると確信していた。
数日前、ヴィネアと図書室で調べ物をした日の夜。自室にてベッドに寝転がりながらこの件について推理していたルシオは、思い出したのだ。
前世で読んだ小説の一節。
即ち、この世界で起こる出来事を記した文章を。
『国王は海賊に通商破壊を命じた。そして海賊は近隣国からの巨大な貿易船を襲った。
この事件は大規模なものとなった。国王のもとには、この事件を起こした海賊へ処罰を求める声が相次いだ。
この件を指示したのが己だと国民に知られれば、国王としての地位が危ういものとなる。
もし海賊らを捕らえれば、海賊らは不満に思い、事の真相を口にすることだろう。彼らに余計なことを話されてはたまったものではない。
そこで国王は、被害者らが無人島に遭難したのを良いことに、彼らを犯人側の海賊に仕立て上げたのだった』
(どうせなら、色々と調査をする前に思い出せれば良かったのものを)
いつもこんな感じだ、事件の手掛かりとなるパーツが揃ってきたところで、答え合わせと言わんばかりに小説の内容を思い出すのだ。
ともかくルシオは
「だが否定できない以上、可能性はゼロではないと思っておけ」
と付け加えておいた。
「もしそれが事実なら、私はディアマンテの国王を恨む」
声に怒りを含めて震えるドレークに、ルシオは宥めるように言う。
「ついでに言っておくが、海軍の連中は恨まないでやってくれ。奴らは何も知らず、己の任務を忠実にこなしたに過ぎない」
海軍に所属する者たちは、自分たちが攻めている相手が二年前の大きな事件の被害者であるなどとは夢にも思わぬだろう。
ドレークは身震いした。
「『無知は罪なり』とはこのことか。我々のことを少しでも知ろうと思えば、いくらでもできただろうに。何も疑わず私の仲間を悪人として捕まえていった」
「……ドレーク。提案がある」
項垂れる彼女の前にルシオは膝をついた。
「海軍らのトルターガ島奪還作戦は成功した。すぐにでも、王宮で海軍たちに功績を讃える式典が執り行われることだろう。国のお偉いさんも、新聞記者も多く集まる」
藪から棒。ルシオの言いたいことを読めず首を傾げるドレークを一瞥し、ルシオは続けた。
「そこで告発してしまえ。自分たちは二年前の東モーティ貿易船沈没事件を起こした海賊などではない。その被害者、カーネリアン王国の東モーティ会社の社員たちであると」
そう、これがルシオの計画の最終目的なのであった。
だがドレークは首を振った。
「……誰も信じやしないだろう」
言ったところで、身分を証明できる物は手元にない。そのようなものはすべて事件のときに、海の藻屑と化した。
だがルシオはそれを否定した。
「その場ではな。だが貴様が皆の前で告発した時点で、話題性は充分。この件は単なる噂ではなく、揉み消すことができぬ調査せざるを得ない事案となる。そしてカーネリアン王国で貴様らの身元が証明されれば、貴様らは晴れて国に帰れるだろう」
ただし、と付け加えた。
「告発すれば国王に目をつけられ、貴様は追われる身となる」
国王はこの件で信用を損なうこととなる。国王が海賊に貿易船を襲わせたという件は別にしても、他国であるカーネリアン王国の貿易会社を海賊と断定し海軍を差し向けていたのは、疑いようのない事実と証明されることになるのだから。
国際的な摩擦は避けられない。そして全面的にディアマンテ王国の国王側に責があるために、戦争などということもできぬ。
そして国民からの支持も損なわれるのだ。
そのような告発という名の爆弾を投げたともなれば、ドレークは危険人物扱いされることになろう。
「そもそも貴様らは、たとえ元は貿易会社の社員だったとしても、海賊と取引をして武装し、そして海賊相手とはいえ海を荒らした以上、偽物ではない正真正銘の『海賊』になっている。要は犯罪者なのだ」
ドレークはぴくりと身体を動かした。いつの間にか自身たちが本物の海賊になっていた、という事実に考えが及ばなかったのだろう。
「貴様が世間の前に姿を現したそのときより、貴様の身が常に危険と隣り合わせになることは必至だ」
ドレークは、少しの間考え込んだ。
ドレークにとってのすべての解決とは、自国へ帰る手段を見つけ出すことである。それから、海軍に仲間たちが連れ去られた今となっては、その仲間たちを解放することも含まれる。
ルシオの提案はリスクを孕んでいる以上、渡りに船、という生優しいものではない。
しかしドレークが目標を達成する上では、またとない好機であることもまた事実であった。
そして何より、このルシオという少年に『彼に従えば間違いはない』と思わせる、理屈ではない、何か覇気のようなものを感じていた。
それが、出会ったばかりであるはずの少年が語る驚くべき話を、ここまで真正面から受け止めて聞くことができた理由でもあった。
「俺も貴様の逃走を手助けするつもりではいるが。――さて、どうする?」
ドレークには、迷うことなど何もなかった。
「どのみち何もしなくとも、私たちは海賊として追われる身だ」
ドレークの黒曜のような瞳に、朝日の光が灯った。
「その話、乗った」




