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47話

 女――いや、ドレークは瞠目した。

 ドレークは口を開きかけ――結局言葉がまとまらず何も言えないまま口を閉じた。

 それから意を決したように口を切って言ったのは、ただ一言だった。


「おまえの言う通りだ」


 言いながら彼女の黒い瞳が揺れた。かつてはそこに、精神の強靭さを示す光が湛えられていたのだろう。だがいまはもう、疲弊し切って輝きなど皆無だった。


「私はカーネリアン王国の東モーティ会社社長、リサ・ドレーク。そしてトルターガ島にいたのは、遭難した社員たちだ」


 二年前。

 ドレークらはカーネリアン王国からディアマンテ王国へと貿易船を走らせていた。

 開拓されたばかりの出来立てほやほやな航路だということもあり、日数が掛かることを承知の上で、視察も兼ねて社長自ら船に同乗していたのだ。


 その航行中に海賊に襲われるなどとは、露ほども思っていなかった。


「あのときは必死に生き延びようと、銘々救命ボートやら大破した船の木片やらに乗って命からがら逃げたものだ。近くにあの無人島があったのは、不幸中の幸いだった」


 しかし不幸は終わらなかった。遭難しなんとか生き延びてきた哀れな東モーティ会社社員たちは、更なる追撃を受けることとなる。それも、海賊ではなく。

 ――海軍に。

 

「事件直後、ディアマンテ王国から幾度となく海軍の連中が送られてきたときは、なぜ襲われるのかまったく見当がつかなかった」


 ドレークは懐かしむように、目をふっと伏せた。


「海軍が怒鳴り散らす言葉に驚いたものだ。私たちのことを何と言ったと思う? 『海賊』だ」


 大いに驚いたものだった。

 そして海軍の話に耳を傾ければ、更に驚いた。


『あいつらが、東モーティ会社の貿易船を襲った海賊ってことか?』


 あろうことか、船を沈没させられ遭難することとなってしまった、間違いなく被害者側である東モーティ会社の人間たちを、加害者である海賊側と認識していたのである。


「とはいえ帰る手立てもないから、島から出る事だってできやしなかった。

 結果私たちは自衛のために、辛うじて強奪されず島に流れ着いてきた多少の物資を元手にして、海賊らと交渉し防衛することになった。――まあ、時に強引な手段を使ったこともあったが」


 ここで言うところの『強引な手段』とは、海賊からの強奪を指すのだろうなとルシオは察した。

 こうして島に遭難した東モーティ会社の者たちは、大砲や、違法の砲弾、銃器その他を取り揃えたのだ。なりふり構ってなどいられなかったのだろう。


「それから一、二年ほどは何もなかった。せいぜい、時折ふらりと海軍が来ては、軽く砲弾を撃って終わり、程度のものだった」


 パフォーマンス目的だったのだろう、とルシオは思った。

 守りを固めた東モーティ会社連中を相手に、現実的に考えて簡単にトルターガ島を奪還できるわけではない。

 だが、何もしなければ世論は海軍を、ひいては国王を批判する。

 だから奪還を試みているという姿勢をキープしていたのだ。


「安心しかけていたのだが、つい先日、海軍の装甲艦が島に入ってきた。そのときは追い返せたものの、思い知った。奴らは本気で潰しにかかってきていると。――そして今夜、我々は海軍によって壊滅した」


 ドレークは首を振った。


「なぜ事件の被害者である我々が、逆に加害者側の海賊だとして襲われなければならないのか。その理由がわからない」


「ドレーク。知っているか」


 ルシオの恒星のような瞳がきらり、と光るのを見て、ドレークは――この少年は何か真相らしきものを把握しているのだな、と思った。ルシオが僅かに首を傾げれば、波打つ髪がふわりと揺れた。


「こんな都市伝説がある。俺たちの国の海賊は――国王に指示されて貿易船を襲っている、と」


 ドレークの目の中で、黒々とした瞳が動揺するように揺れた。


「まさか」


「ただの都市伝説だ。だが、それが事実だとすれば――このシナリオはこういうことにならないか?

 まず海賊らが、国王の命令通りに東モーティ会社の貿易船を襲う」


 その理由は単純。以前ヴィネアが言っていた


『仲のよろしくない国の経済に打撃を与えると同時に、略奪できた物資はこの国のものになる』


 という言葉が、まさにその理由である。


「しかし東モーティ会社貿易船沈没事件は、国王の予想を超えて大規模な事件となってしまった」


 何せ、沈没したのは百名余りと多量の物資を乗せられるほどの巨船なのだ。


「それほどの重大事件を起こした加害者を罪に問えないとなれば、国王も技量を疑われかねん。下手をすれば国際問題へと発展する。

 とはいえ国王は、海賊を加害者として裁くわけにはいかなかった」


「国王が海賊に、罪を問わないと約束していたから?」


「いや。国王はそんな義理堅い人間ではないと俺は思う。そうでなければ、国のトップなど務められん」


 ルシオは首を振った。


「単純に己の保身のためだ。海賊らが捕らえられれば、奴らは約束が違うとばかりに『国王に命じられた』と真実を告げるだろうからな。

 その言葉を信じる者がどれだけいるかはわからんが、海賊皆が口を揃えれば怪しむ者も出よう」


 海賊のバックに国王がいる、などということが国民に知られるのはまずい。まあもう既に都市伝説的な噂にはなっているのだが。

 ともかく、そのため国王は海賊を加害者にすることができなかったのだ。


「だから、貿易船沈没事件の加害者を別途用意する必要があった」


 ここまで聞けば、ドレークにはこの少年が何を言わんとしているのか自ずと理解できた。


「それが……私たち」


「そうだ。国王はカーネリアン王国の東モーティ会社社員としての貴様らを事件で死んだことにし、代わりに『海賊』に仕立て上げた」


 そして、とルシオはこう結んだ。


「トルターガ島は、貿易船の航路を抑えられる良い場所にある。だからこそ国王は、他国の人間である貴様らから島を奪還したかったのだろう。……自身の息がかかった、『本物』の海賊を住まわせるために」

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