45話
癖のある黒髪に浅黒い肌を持つその美しい女に、コランダムは一瞬驚きと躊躇いを見せた。荒くれ者を束ねる首領がこのような華奢な人間だとは、思いもよらなかった。
女はその隙を見逃さない。
「隙だらけだッ!」
女は巨大な三日月刀を片手で軽々と持ち上げた。
「海軍の指揮官はおまえだな? ならおまえを潰してやるぞ!」
言うなり、思い切りコランダムに振り下ろした。キィン、と刀身がぶつかる。女は剣を振り回し、一方的に攻め続ける。
何の型にもはまらない、我流の剣術。次の動きが予想できず、コランダムは翻弄され防戦一方だった。華奢な身目に反して相当に強い。なるほどこの強さならば、海の荒くれどもを従えるのも納得だ。
しかし、コランダムは海軍将校。経験も技術も並外れていた。防戦のみでいるような男ではない。
「ふんッ!」
女の攻撃を大きく弾き返し、体制を立て直して体重を前に落とした。
そして。
「やられはせんッ!」
スパン、と横一文字。
「今度はこちらが攻撃する番だ!」
攻撃に転じたコランダムは、あえて『型にはまった』剣で突いた。
我流とは違う、『正しい』技。それは即ち先人により計算されて練り上げられた技ということである。
剣術では、『攻防一体』であるべしとされる。コランダムは技術をもって、防御も攻撃も行えるように訓練していた。
女が攻撃を仕掛けても、コランダムに受け流され弾かれる。『パリィ』というやつだ。女は唇を噛んだ。
(いままで戦ってきたボンクラな海賊や海軍の連中とは訳が違う!)
ガキン、と重々しく剣が打ち鳴らされた。違いが剣を押し付け合う状態――これを『バインド』という――になり、女の動きを止めた。コランダムはそのまま。
「オラァッ!!」
剣を女の方へと滑らせつつ、ガッ、と力を入れた。
「ッ!」
押し負けて、女の手から剣が飛んだ。
「ッ、くっ……!」
――勝敗が決した。
丸腰になった女の身動きを封じるべく、コランダムは剣を振り上げた。
その剣が振り下ろされる、刹那。
一人のフードを被った海賊が女を抱えて退いた。
「しまった」
予想外の事態に、コランダムの動きはワンテンポ遅れた。
咄嗟にフードの海賊に剣を振り下ろすも。
ガキン!
という音がして、攻撃が防がれた。
見れば、フードの海賊は片手で女を抱えたまま、もう片手で剣を握って防御していた。
(! 強い……ッ!)
コランダムが次の動作に移る前に、女を担いだフードの海賊は、そのまま屋外へと逃げ出していった。
小隊の一人がコランダムに判断を求めた。
「大尉! 追いますか!?」
コランダムは窓から、女を抱えた海賊を視線で追った。
海賊は沖へと向かうと、停泊していた小船に乗った。このまま海原へと出る算段であろう。
「逃げられてしまいます! ご指示をッ!」
コランダムしばし逡巡していたが、やがて「いや、いい」と首を振った。
ルシオから、こう言われていたのを思い出した。
『目的はあくまでも島の奪還。捕まえるに越したことはないが、たとえ敵の司令塔が逃亡したとしても別にいい。これで他の海賊の統制が崩れることになるだろう』
間もなく海賊どもは烏合の衆となる。トルターガ島の奪還は時間の問題だ。
コランダムは室内に蹴散らされた海賊たちを縛り上げると、屋外へ出た。
「各小隊の状況は」
「東側B小隊、制圧完了。西側はC小隊とD小隊が戦闘中です。こちらが優勢で、まもなく完了するでしょう」
「そうか」
コランダムは外に出た。白んできた空を映した真っ白い海の中に、大きな船がこちらに向けてやってくるのが見えた。
捕縛した海賊どもを積むための、海軍からの船である。
「コランダム大尉!」
後方からの呼び掛けに応じコランダムが振り向けば、戦闘中だった小隊たちであった。
「西側、戦闘終了し海賊どもを捕縛しました! これにてトルターガ島全域制圧完了です!」
「そうか。ご苦労」
コランダムは周囲を見渡した。
前回のトルターガ島奪還作戦のときに、死んでいたかもしれない連中。
いま彼らは生きていて、そして偉大な功績を上げたのだ。
「諸君!」
コランダムは拳を振り上げた。
「よくぞ任務を遂行した! おまえたちのおかげで今! トルターガ島奪還という悲願を成し遂げられたッ!」
わっ、と歓声が上がった。
コランダムは高く上げた自身の拳を見つめた。
――この功績は、決してコランダムだけでは成し遂げられなかった。
もちろん、いま生きている自身の隊の仲間がいたため、というのもある。
だが、この作戦を考案した、一番の功労者の存在を忘れてはならぬ。
(ルシオ・カイヤナイト――)
あの頭の切れる少年。
彼の頭脳は、策士としてこれ以上ないほどに適任であった。
(セキエイの話だと、彼奴はイヅナと同年代だったな)
イヅナ・セキエイは、コランダムが見込んだ、剣の秀才だ。
剣に精通したコランダムとて見たことがない、しかし洗練された剣裁きは、異国の剣術だという。
コランダムはイヅナのその才能を認め、いずれは彼を武官にと願い、後援者として名門ニュージェイド学校に推薦した。
もしも、だ。――これは単なる夢物語ではあるが。
ルシオがイヅナと共に軍に入る未来が存在し得るとすれば。
ルシオが将校となり、イヅナがその手足となる未来があるとすれば。
(この国を支える強大な柱となるだろう)
もっとも、ルシオには軍人などより他に目指したい道があるかもしれないが。
いずれにせよどんな形であろうとも、ルシオが世に貢献することになる日が遠からず来るであろう。
「未来は、明るいな――」
そう思いながら船の到着を上げる汽笛合図を聞いたところで、ふと思い出したことがあった。
ルシオからの作戦には、まだ続きがあったのだ。
『この作戦がうまくいったら、これを読んでほしい』
コランダムはポケットから一通の手紙を取り出した。ルシオから渡されたものだ。
それを開き――コランダムは瞠目した。




