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44話

 トルターガ島奪還作戦・改、作戦決行日。


 コランダムは周囲を窺いつつ、ルシオと打ち合わせた作戦を思い返していた。

 快晴。風も波も安定し、そして月明かりもあり見通しも悪くない。

 そう、今は夜間である。


『この作戦の決行は夜だ』


 ルシオがこの時間帯を選んだ理由は二つある。


『一つ目は、夜間は昼間よりも敵の防御が手薄になるため。二つ目は、夜間の方が波が穏やかになるためだ』


 夜間は風速が低下する。

 理論としては、日中は温かい空気が上昇し、冷たい空気が下降することにより対流が発生する状態となる。だが太陽が沈むと、放射熱を受けなくなり地表が冷やされ、対流が弱まって風が穏やかになる。そして波も静かになる、というわけだ。


『波が穏やかならば――小舟で岩場に近付いても安定するだろう』


 コランダムは隊員を引き連れ、小舟で岩場に近付いた。なるほど確かに波が穏やかで操縦もさして困難ではなく、座礁の心配も少ない。


『島には、湾ではなく岩場から入った方がいい』


 トルターガ島は岩と崖に囲まれた島であり、湾が一つしかない。つまりこの湾は海賊たちが最も注視し、守りを堅固にしている場所である。いわば、敵の最大の防衛線だ。

 逆に言えば、この湾に比較すると他の場所は守備が手薄になっているということ。


『岩場から入ることで、守りが集中する湾を避け、敵が警戒していない方向からの侵入が可能となる』


 コランダムは船を岩場につけると岩に足をかけた。そして足が岩に擦れて音が出ないよう注意しながら、慎重に登っていく。

 それから顔を出し、地上の様子を窺った。――誰もいない密林だ。問題ない。

 コランダムがハンドサインで『来い』と命じると、隊員が続いて登ってきた。

 これで、トルターガ島への侵入は完了だ。


『到着したら、密林に身を隠しつつ敵の本拠地を目指す。要衝と思われる建物が湾にあったのだったな。ならば、その辺りが海賊らの要所のはず』


 密林とはいえ、海に面した崖に沿って進めば迷うことはない。十五分程度行けばすぐに複数の建物と湾が見えた。

 建物群の中に、以前コランダムらが砲撃で破壊した要衝らしき建物が見えた。この周辺には建物が多く、まるで一つの小さな街を形成しているようだった。


『要所を見つけたら、隊員を分配配置する』


「A小隊は私と共に、湾の後方中央を攻撃する。B小隊は湾の後方東側、C小隊は西側に。D小隊は岩場から射撃を」


 コランダムの指示と共に、隊員が各持ち場に散った。


「さて、先も言ったが、海賊らはくれぐれも殺さぬように」


 ルシオはこう忠告していた。


『海賊の連中には、きっちりと償いをさせねばならん。たとえ奴らの行く末が死だったとしても、その場で殺されるのと刑が執行されるのでは、その意味合いが大きく異なるのでな』


 コランダムは皆が持ち場に着き、銘々待機に入ったことを確認した。


『準備が整ったら――』


 マスケット銃を空に向けて構えた。そして。


『一斉に奇襲だ』


 パン!

 と、合図の音をトルターガ島に響かせた。


「攻撃開始ィ!」


 コランダムが小隊の先陣を切って突撃を始めたと同時に、各方面で戦闘が始まった音がした。


 パン! という発砲音。

 建物を突破しようと、戸や窓を破壊する音。

 事態に気付き、応戦を始めた海賊らと剣を交える音。


 同時多発的な攻撃は、撹乱にも、また敵の戦力を分散する上でも最適だった。


 コランダムは建物の戸を蹴破った。例の、敵の要衝らしき崩れた建物のすぐ隣である。

 中にはいかにも海賊らしい、日に焼けて海水で髪が脱色した大男が複数人。


「観念しろ、海賊!」


 軍刀を握り締めた。

 コランダムが襲い掛かると同時に、小隊が雪崩れ込むように室内に突入した。


「くそッ、海軍か!?」


 海賊らは銘々武器を手にした。

 室内での乱戦が始まった。


 コランダムは軍刀を振り回す。キン、キンと鉄同士がぶつかり合う鋭い音が響く。


「オラァッ!」


 コランダムが刀を振り下ろせば、対峙していた海賊の剣が弾き落とされた。

 セキエイに発注した、量産型の割に大変出来の良い刀に、そのへんの鈍刀が負けるわけないのだ。


「畜生!」


 海賊は咄嗟に回転式拳銃リボルバーを手にして撃った。だが弾丸は刀に当たり、弾かれるだけだった。

 コランダムは豪快に笑った。


「どうしてなかなか立派な剣じゃないか! セキエイが高額の請求金額をふっかけてくるのも納得だ」


 コランダムは軍刀でスパンと横一文字。ガシャン、と音を立てて、海賊が手にしていた拳銃がはたき落とされた。


「ひッ!」


 無防備になった海賊の首元に、軍刀の刃を向けた。


「おまえらの指導者はどこだ?」


 コランダムは海賊にそう問うた。

 ルシオはこう言っていた。


『敵の司令塔を見つけ出すのだ。トップが崩れれば、あとは烏合の衆と化すだろう』


 敵の指導者を捕らえられれば、あとはもうこちらのものである。指導者を見つけ出すことは優先事項だった。


「そこだ! そこにいるはずだ!」


 脅された海賊は悲鳴を上げながら、窓の外から見えるすぐ近くの建物を指差した。


「行くぞッ!」


 コランダムは蹴散らした海賊を縛り上げて指示を飛ばした。


 言われた建物に行くと、室内から騒々しい物音が聞こえてきた。といっても、銃の発砲音や剣戟の音が聞こえないあたり、戦闘が行われているというわけではなさそうだ。ただの話し声らしい。

 恐らくこの事態を受けて作戦を話し合っているのだろうが、戦場が分散しているために上手く行っていないのだろう。


「突撃するッ!」


 コランダムは戸を蹴破り、室内へ踏み込んだ。


「おまえが指導者かッ!」


 と、そう言って軍刀を翳したとき。

 コランダムは大きく目を見開いた。


 目の前にいた、屈強な海賊らを束ねていたのは。


「女?」


 ――だったからだ。

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