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43話

 セキエイの刃物店。

 ルシオが――今日はヴィネアはおらず一人だ――到着すると、コランダムが既にソファに腰を下ろして待っていた。


「ルシオ・カイヤナイト君――というそうだな」


 ルシオの姿を認めるなり、コランダムが口を開いた。


「君のことは、セキエイから聞いた」


 ルシオがセキエイの方を見ると、彼は精悍な顔立ちに似合わず少し困ったような笑みを浮かべてルシオの方を見ていた。

 ルシオが、コランダムの手前のソファに腰を下ろすと、コランダムは話を続けた。


「――セキエイの恩人らしいな。そうとはつゆ知らず、失礼なことをした」


「いや」


 ルシオは首を振った。


「見ず知らずの生意気なガキが、素人の稚拙な憶測だけで話をしたのだ。まともに取り合う方がおかしい」


「ルシオ君」


 コランダムは自身の組んだ手をじっ、と見つめつつ、口にするべき単語を頭の中で探すようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「私は後悔した。もっと君の話を聞いておくべきだったと。耳を傾けておくべきだったと。君の言う通りになった」


 巨大な装甲艦に対し湾が狭いと、身動きが封じられると、そう忠告されたというのに。


「攻撃のことばかりに気を取られ、防衛のことなどすっかり疎かになった。船を……自身の力量を、過信しすぎた」


 結果、敵の攻撃に対象しきれず、ただただ攻撃を受けるより他なかった。――散々な結果だった。

 根本から考え直すべきだったのだ。


「あの戦いに、巨大な装甲艦など投入すべきではなかったのだ」


「その作戦は……あなたが?」


 ルシオは『貴様』と言おうとして、直前で言い換えた。

 軍は功績と実力重視の世界ではあるものの、指揮を取る立場にある士官は男爵以上の貴族である場合が多い。コランダムも例に漏れず貴族だろう。


「ああ」


 コランダムは頷いた。


「私はな。戦艦に希望を見出していた。だが装甲艦は――私が思っていたほど、優秀ではなかった」


「場が相応しくなかっただけだ」


 ルシオは首を垂れるコランダムに、幾分優しく声を掛けた。


「ある程度の広さがある場であれば。そして相手が海賊でなければ。――装甲艦は、活躍していたはずだ」


 しかし、とコランダムは嘆いた。


「作戦は失敗した」


「だが、誰の命も失われていない。最後にあなたは、一番重要で、一番正しい判断を下したのだ」


「それも、君の助言があってこそだった」


 本当は、敵前逃亡という形になったことはあまりよろしくない。命を賭して国に仕えることが、軍の、そして兵士の存在意義なのだから。

 ゆえにコランダムの立場は、あまり良くなかった。だが。


 命を賭すことと、命を捨てることは違う。


 コランダムはたとえ不恰好になろうとも、仲間の命が無意味に散るのを防げたことに大いに安堵していた。

 これで良かったと、そう思っていた。


 あのとき、ルシオの言葉を思い出していなかったら。

 撤退などせず、無謀にもそのまま立ち向かっていたとしたら。


 そうしたら、間違いなく自軍は壊滅していたことだろう。


 だから、仲間の命を守る決断を下すことができたのは、ルシオのおかげだった。


「礼を言う。――ありがとう」


 コランダムはソファから立ち上がり、ルシオの前に行くと。

 深く、頭を下げた。


 コランダムは海軍将校。軍の指揮官だ。簡単に頭を下げられる立場ではない。

 それでもルシオに頭を下げたのは、ひとえに、隊の人間を誰も死なせることなく帰還できたことに対する感謝を示したかったためだ。


 このコランダムという男を見て。

 ――ルシオは、以前アズリエルが言っていた言葉を思い出していた。


『きみが強くなって、下手に自信をつけたりしたら、万一のときにきっと『逃げる』って選択肢より上に『戦う』って選択肢ができる。自分の力を過信して、無謀にも立ち向かってしまう』


 強い力を手にしたとき、人はその力を過信するものだ。

 それでも最終的に『逃げる』という英断を下したコランダムは、勇気ある人間だ。

 ルシオは、そう思った。


「コランダム将校」


 ルシオはコランダムにじっと目を向けた。

 そして、口を開いた。


「――トルターガ島を奪還するつもりはないか?」


 ルシオの言葉に、コランダムは目を見開いた。


「――できるのか?」


「可能性はある」


 ルシオは考えていた。

 ルシオが前世で読んだ、この世界の物語。そのストーリーで命を散らせるはずだった者たちは、いま生きている。

 その時点で、被害者を救うというルシオの目的は達成されたのだ。


 しかし根本的なトルターガ島の問題が解決されていない以上、また奪還の試みは行われるだろう。そのときに、また犠牲者が出るかもわからない。

 ならば今、トルターガ島の問題を解決してしまった方がいい。


「とはいえ空理空論かもしれん。俺は軍のことに詳しくないからだ。俺が話せるのは、ただの素人の、それも子供の意見だ」


「構わない」


 コランダムは頷いた。


「君の意見を聞いた後で、可否を判断すればいい。どんな意見であれ、まずは聞く耳を持たねばならん――そうだろう?」


 コランダムの言葉に、ルシオは端正な顔に柔らかく笑みを浮かべた。


「成長したらしいな」


「成長、か」


 ルシオの言葉に、コランダムは「フハッ」と吹き出た。


「ああ! この歳になっても、まだまだ成長できるものだな!」


 それからコランダムは、声を立てて楽しそうに笑った。

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