42話
国王が海賊に略奪を命じていたという旨のヴィネアの発言に、ルシオは片眉を跳ね上げた。
「つまり海賊は私掠船だったと言いたいのだな」
「しりゃくせん、とは?」
ルシオはなんと説明すべきか逡巡し、口を開いた。
「敵国の船舶を襲撃する権利を認められた――ざっくりと言えば、要は『政府公認の海賊』ということだ」
「『政府公認の海賊』……」
ヴィネアはルシオの言葉をオウム返しに呟いてから、自分の考えを口にした。
「仲のよろしくない国の経済に打撃を与えると同時に、略奪できた物資はこの国のものになる。だから国王は海賊行為を推奨した――。そう考えると、この話は信憑性があるのでは?」
しかしルシオは首を振った。
「信じるに値しないただの陰謀論だ。貴様の言う話が正しければ、国王陛下はトルターガ島を奪還せよ、などとは命じないだろう。
トルターガ島が貿易船の航路を抑えるのに良い拠点となることを考えると、海賊らが占領していた方が通商破壊をしやすいからな」
「……じゃあ、噂は嘘?」
「だろうな」
ヴィネアは溜息をついた。何も噂を信じていたわけではないが、こうやって論破されてしまうとやはり変な噂は信じないに限ると思わざるを得ない。
「やっぱり、都市伝説や陰謀論は所詮噂好きな人の妄想にすぎませんのね」
「そうとも言い切れん。ものによっては事実もある」
ヴィネアの呟きをルシオが否定した。論理的思考のルシオがこういう反応をするのは意外で、ヴィネアは首を傾げる。その様子を見つつ、ルシオは口を開いた。
「たとえば、だ。王国暦1833年、奴隷制度が禁止された。そして表面上は奴隷の存在は無くなった、はずだった。
だが――何故か奴隷貿易が続けられている、という噂がある」
「それが噂ではないというの?」
「ああ」
ルシオは目を伏せた。余計なことを言わないよう熟考しつつ言葉を選びながら、ゆっくりと口に出した。
「俺の邸にいた使用人が、奴隷貿易の被害者だった」
ヴィネアはルシオの言葉に考え込んだ。が、ヴィネアが言葉を発する前に、ルシオは咳払いをした。
「脱線したな。とにかく、都市伝説や陰謀論の類いがすべてが嘘とは言い切れん、という話だ。まあ先程貴様が言った私掠船の噂については嘘だろうがな」
ルシオは「話を戻そう」と新聞の記事に目を戻した。
「『この件で、東モーティ会社の社長リサ・ドレーク他130名が犠牲となった』……か」
貿易船はたいてい多く品物を積むことができるよう、大型の船舶を使う。それが沈没し多数の犠牲者が出たことを鑑みると、大規模な事件だったことがうかがえた。
そして貿易船が積んでいた貨物は、海賊の手の中。
ヴィネアは『海賊は積載されていた物品を略奪し、航路付近の最近発見された島トルターガに立て籠ったとみられる』と記載された箇所を指差した。
「恐らくこの事件のときに、海賊たちは本格的にトルターガ島への入植を始めたのでしょうね」
「そして現在まで占拠している……と」
ルシオはさらに記事に目を走らせた。
『トルターガ島は岩と崖に囲まれた島で、一つだけある小さな湾が主な出入り口となる』
この辺りの情報は、先日見た新聞記事に記載されていたトルターガ島の地図で知っている。
『湾の反対側は密林になっている。そのため占拠した海賊らが拠点を作るとすれば、おのずと湾の付近に集中することだろう』
これは新情報だ。
ルシオは他に情報はあるかと思い読み進めるが、あとは『早いところ奪還すべきである』と締め括られ、記事はこれで終わっていた。
(整理してまとめると……)
二年ほど前に、トルターガが発見された。
その後東モーティ会社の貿易船が海賊に襲われ、海賊たちは航路を抑えやすい位置にあるトルターガ島を占拠した。
トルターガ島は湾が一つあるだけの岩と崖に囲まれた島で、湾の反対側には密林があるため、海賊らが拠点を作るならば湾付近にあると考えられる。
そして国王は、現在海賊に占拠されているトルターガ島を奪還しようとしている。
(――といったところか)
「少しはトルターガ島について知ることができた。やはり調べねばわからんこともあるものだな」
と、鐘の音が鳴り響いた。そろそろ寮に帰る時間である。
「ヴィネア・オパール。手伝い感謝する」
そう言いつつ、ルシオはテーブルを指差した。
「それで。ついでと言っては何だが、もう少し手伝って貰えると助かるのだが」
テーブルの上には、二年分の新聞が四散していた。片付けを手伝え、ということらしい。
ヴィネアの目には、ルシオがまるで片付けを嫌がる子供のように映り、苦笑いをして了承した。
□□□
校舎を出てすぐ、「ルシオくーん」と呼ぶ声を耳にして足を止めた。
振り返ると、よく見知った赤髪の男がいた。アズリエルである。彼は何やら便箋が沢山入った箱を持っていた。
「ヴィンター寮宛の郵便物を運ぶところだったんだけど、きみ宛ての手紙があったからさぁ。あとで配るのめんどくさいから、取っていって」
ルシオは、そういえばこいつはヴィンター寮の監督生だったなと思い出した。
ちなみに監督生というのは、生徒の生活指導をする権限を持つ高学年のことである。寮長、という言い方をしても差し支えないだろう。
そういう意味でアズリエルがこうした仕事をするのは何らおかしなことではないのだが、いかんせん彼はリーダーシップを取るようなタイプではないのだ。
ルシオが封筒の山から手紙を見つけ出すと、アズリエルは「じゃあ夕食のときに」と去っていった。別に夕食を一緒にしたくはないのだが。
ヴィネアが横から「誰からですの?」と訊いてきたので、ルシオは送り主の署名を確認した。
「コランダム――先日の海軍将校からだ。俺の名前や住所はセキエイから聞いたのだろうな」
ルシオは封筒をびりびりと破きながら、付近のベンチに腰を下ろした。ヴィネアも隣に腰掛ける。
「コランダムさんは、なんて?」
封筒を開けたルシオは手紙を取り出し、それに目を通した。
「謝罪と、死者が出なかったことに対する感謝だな」
ルシオは隣のヴィネアに手紙を渡した。
手紙を受け取ったヴィネアは、その内容に目を走らせた。
『直接謝罪をしたい。来週土曜日の夜、時間を取ってもらえないか』
「お呼びがかかっているわよ。行くつもりですの?」
ヴィネアの問いに、ルシオは「ああ」と頷いた。
「俺も言いたいことがあるからな」
「忠告を無視したことへの苦言かしら?」
「いや」
ルシオは『コランダム』と送り主の書かれた封筒に視線を落とした。
「乗船員の命を優先してくれてありがとう、と言いたいんだ」
少しでも面白いと思っていただけましたら、星やブックマークでご評価いただけると嬉しいです!




