41話
ルシオの姿はニュージェイド学校の図書館にあった。
席に座り、本日付の新聞――貴族・上流階級向けの大判の高級紙『ディアマンテ・タイム』を開いている。
ちなみに、ルシオが度々世話になっている『デイリー・ロンド』などの労働者階級向けの大衆紙は、センセーショナルな事件やゴシップが主な内容である。
対し高級紙は、政治や経済といったお堅い内容に強い。
今回のルシオのお目当ては軍事関係、即ち政治の部類に入る。よって今回は高級紙を読んでいるのだ。
さて、新聞には一面に昨日行われたトルターガ島奪還作戦の失敗についての記事が載っている。ひととおり目を通したルシオは、ほっと胸を撫で下ろした。
「死者はいなかったのだな」
だがその端正な顔に一瞬浮かんだ笑みはすぐに消えた。死者こそいなかったものの、重軽傷者多数、装甲艦も大破し経済的にも多大なる損失が出ている。手放しに喜べる状況ではなかった。
「……失敗するとわかっていながら、止められなかった」
これは、この物語を『書き換える』と決めたルシオにとって、初めての明確な失敗であった。
「ルシオさんのせいじゃなくてよ」
ルシオの隣に腰を下ろしていたヴィネアは、ルシオの失意の顔を見つめつつ、慰めるように声を掛けた。
「……わたくしたちは何の権力も信用もない、取るに足らない人間。
そんな人が海軍将校のような高位の人間を説得など、もとよりとうてい無理な話でしたのよ」
ヴィネアの発言がもっともで、ルシオは深く溜息をついた。
――ルシオが『ルシオ』として生きることを決心したのは、卑しい生まれで使用人として育った自分にはなかった権力を手にするためだった。
だが子供であり、爵位を継いでいるわけでもない今は、手に入れたささやかな地位でさえ役に立たないのだと痛感した。
海軍将校。貴族としての爵位はどうだかわからないが、軍の指揮官であると考えれば、ルシオたちより遥かに格上の存在だった。
(――いつか、もっと力を手に入れねば)
救いたいものを、救うために。
そして、悲劇を『書き換える』ために――。
ルシオは想いを振り切るように立ち上がった。
「俺の話も、説得力が欠けていた。もう少し知識があればよかったのにな」
ルシオはそのまま何処かへと消えていった。かと思うと、すぐに大量の新聞を抱えて戻ってきた。――こういうときのルシオはそこそこ力持ちである。だからこそアズリエルに、余計な自信がついてしまうと危惧されたのだろうが。
さて、ルシオが持ってきたのはいずれも高級紙『ディアマンテ・タイム』である。図書館に保管されていたものだ。
「反省を含めて、海賊やトルターガ島の件についてもう少し詳しく調べておきたい」
ルシオはテーブルの上にどさりと新聞の山を置いた。ヴィネアはそのうち一番上のものを手に取ると目を落とす。
「王国歴1872年……二年前の新聞?」
ルシオは椅子に座ると「ああ」と返し、自身も新聞を手に取った。
「ヴィネア。貴様が言ったのではないか。トルターガ島には二年ほど前に海賊たちが入植し始めた、とな。あと、その頃に貿易船の航路が開拓されて、トルターガ島が発見されたとも」
ルシオは新聞の一部を手に取った。
「二年話前から今に至るまでの、トルターガ島に関することを調べたい」
多量の新聞の中から、該当する記事がないかと確認を始める。それを見たヴィネアも新聞の山に手を伸ばし、ぱらぱらとめくり始めた。
それからすぐに関係がありそうな記事が見つかり、ヴィネアは「あ」と声を上げた。
「これなんてどうかしら。『無人島発見、トルターガと命名』」
その記事曰く。
『ディアマンテ王国とカーネリアン王国の航路開拓中に、無人島が発見された。周囲が岩に覆われており、その頑丈さから『亀』を意味する『トルターガ』と名付けられた』
「なるほど。このときにトルターガ島が発見されたのか」
次の関連記事を探し、ルシオは再び新聞の山に手をつけた。
とはいえ量が量なだけに、今度はすぐは見つからなかった。新聞を手に取り、開いて確認しては閉じ、また新聞を手に取るという作業を幾度となく繰り返すこと数十分。ルシオはそれを見つけて手を止めた。
『カーネリアン王国 東モーティ会社の貿易船沈没、海賊の仕業か』」
ヴィネアがルシオの手元を覗き込んだので、ルシオは該当記事を指差して示した。
『3月25日昼頃、カーネリアン王国からディアマンテ王国へ物資を輸送中だった東モーティ会社の貿易船が、海賊により襲撃された。
海賊は積載されていた物品を略奪し、航路付近の最近発見された無人島トルターガに立て籠ったとみられる』
ルシオは「なるほど」と顎に手を当てた。
「東モーティ会社か。貿易会社だな。度々海賊の標的になっていると記憶している」
海賊が貿易船を襲撃する理由は大きく二つ。
一つ目は、輸送中の貨物を略奪し売却することで利益を得るため。
二つ目は、貿易船への襲撃で周囲に自身の名を知らしめさせ、海域での支配力を誇示するためである。
この話にヴィネアは思うところがあったようで、ふと口を開いた。
「これは噂なんですけれどね」
ヴィネアはそう前置きをしてから続けた。
「国王陛下が、海賊に貿易船を襲うよう指示をしていたんですって」




