40話
トルターガ島。
カーネリアン王国とディアマンテ王国間の貿易船の航路を抑えられる場所にあり、いつしか海賊たちの溜まり場となった島だ。
その時より海賊が入植を始め、気が付けばディアマンテ王国の国土であったはずのトルターガ島は、すっかりと海賊により占拠されてしまっていた。
ディアマンテの国王はこれを大いに憂い、海賊がトルターガ島を占拠してすぐに、海軍将校ジャッキー・コランダムに奪還を命じたのだった。
コランダムは島の奪還のため、即座に世界最大の装甲艦を起工させた。この装甲艦の完成に、二年とかからなかった。
「すべては、海賊どもに占拠されたトルターガ島の奪還のためにッ!」
進水式で、コランダムは自身の隊に宣言した。
「宿敵である海賊どもを一掃できるよう願いを込め――この装甲艦の名を、デヴァステイション(破壊)とする!」
そして本日――作戦決行日。
優秀な海軍の部下たちを集め、腕の良い鍛治師から百を超える剣を受け取り、そして肝心の装甲艦の整備も整えた。
万全を期して、ついにこの日を迎えたのだ。
「出航せよ!」
コランダムは大いに自信があった。
技術の塊と言っても過言ではない、この世界最大の装甲艦。これで破壊させられないものなどない。
――だというのについ数日前、突っかかってきた小僧がいた。
『湾内の大きさはせいぜい1000ヤード……その装甲艦10個分程度の広さしかないぞ』
まるで、それが深刻な問題であるかのように言ったのだ。
(それの何が問題だというのだ? 湾内に装甲艦が入る。何の問題もない。それで良いではないか)
『狭い湾内では移動できるスペースが限られている。その上、潮流も強い。移動が困難だ』
(そんなことはわかっている)
だからこそ、すべての場所に行き届くほどの射程距離を出せる、巨大なアームストロガノフ砲を積んだのだ。これでカバーができる。
(――そう、何の問題もない)
心配など皆無。
勝利は目に見えていた。
やがてトルターガ島が見えてきた。
「ヨーソロー!」
コランダムは直進を指示する。
「このまま湾内に進入せよ!」
例の『小僧』が言った通りに、確かに湾の面積は小さい。湾口はさらに狭い。進入の際に座礁などせぬよう、慎重に船を操縦する必要があった。
装甲艦はゆっくりと湾に進入していく。コランダムは注意深く確認しつつ、部下に指示を飛ばす。
「進入でき次第、攻撃に移る! 大砲の準備をッ!」
乗組員が砲列甲板の方へと向かっていき、着々と準備を進める。
やがて装甲艦は狭い区域を超え、装甲艦は開けた湾内へと出た。
「海賊どもは皆殺しにして構わん! ここにある建物を全て破壊してもいい! 領土の奪還のみを考えろ!」
コランダムは島に並ぶ建築物を見渡した。どれも海賊たちが勝手に作った違法建築物だ。
その中に一際大きな建物があった。この中に要衝があるとすれば、きっとあそこに違いない。
「目標位置、二時の方向ッ!」
狙いはその大きな建物。コランダムは指示を飛ばす。
「撃て!」
ドン! と。
コランダムの指示と共に、陸上の大きな建物に向けて弾が飛ぶ。ドン、と音を立てて命中し、建物が崩れ落ちた。
「攻撃を続けろ! 目標位置、11時の方向! 撃て……」
――その号令が終わらないうちに、大砲の音が響いた。
(ん?)
自軍がフライングで撃ったのか?
そう思って確認するが、そういうわけではなさそうだった。
――コランダムの嫌な予感は的中した。
ドカン!
凄まじい音と共に、装甲艦に衝撃が伝わった。
「敵からの攻撃だッ!」
見れば陸上に砲台があり、煙を上げている。
そうしているうちにまた一つ、弾が飛んできて直撃した。
コランダムは眉を寄せたが、やがて叫んだ。
「案ずるな! こちらは装甲艦だ、さして損傷は受けん! 気にせず撃てッ!」
しかし、船体に着弾した弾が。
ドカン! と爆発した。
「うわぁーーッ!」
近くにいた幾人もの隊員が被弾して倒れた。
(何事だ!?)
その様子に、コランダムは何が起きたのかと瞠目する。
そして思い至り、顔面を蒼白させた。
「中に炸薬が詰まった弾……シェルかッ!」
シェル。
中に炸薬が詰め込まれ、衝撃で爆発するよう設計された弾である。
このような爆発性弾丸は、甚大な被害を出すからという理由で禁止されている。他国間との戦いにおいても、条約で禁止されているほどだ。
だが相手は海賊。そのような法になど縛られない。
ドン! と音を立て、相手方の大砲が煙を吹く。ヒュウ、と風を切り、船体に着弾した。そして。
ドカン! と、爆発した。
「ぐあッ!」
一人、また一人と。
被弾して倒れていく。
生きているのかいないのか、撃たれた者はぴくりとも動かなかった。
(まずい)
装甲艦の装甲は強力だが、シェルが使用されることまでは想定していなかった。
装甲の薄い場所を攻撃されれば、損傷は避けられない。
「攻撃は最大限避けろッ!」
ドカン、ドカンと。
次々と装甲艦に着弾しては、爆発する。
「避けろと言っているだろうッ!」
コランダムはそう言いつつも、それが難しいとわかっていた。大型の装甲艦は機動性に欠けるのだ。
それだけではない。湾内が狭く、巨大な船が敵の攻撃から逃れるだけのスペースがなかった。
「避けられません、コランダム大尉!」
まさに、袋の中の鼠。
装甲艦は敵にとって、ただの当てやすい巨大な的だった。
そもそも、崖と岩に囲まれたこのトルターガ島で進入可能な場所はこの湾一つ。敵がこの湾の守りを厳重にしないわけがないのだ。
「敵の砲台から離れろ! 砲台から対極の方へ行け、射程距離から外れるのだッ!」
「駄目です! 潮流が強く、すぐには移動できません!」
「クソッ!」
あの癪に触る小僧のことが思い出された。あの小僧が言っていたのは、こういうことか。
装甲艦は身動きが取れず、敵から攻撃を浴び続けるより他なかった。
ドンッ!
「ぐわッ!」
左肩に被弾したコランダムは肩を押さえた。手に生温い感触を覚える。押さえた右手が鮮血で染まった。
コランダムは後悔した。
素人の、それもただの子供の話だとろくに耳も傾けなかった。
このトルターガ島奪還のために多大な資金を投入し、装甲艦を造り、作戦を練っただけに、意地でもやり遂げたかった節はあった。
しかしこれでは、ただやられに行ったようなものだ。
(勝機が……見えない!)
ふと、小僧の言葉が頭に蘇った。
『……一つだけ、聞いてほしい。
勝機がないとわかったときは、乗組員の命を最優先に考えてくれ』
やりきれない感情で爆発しそうだった。逃げるなど恥だ。屈辱だった。何より、ただの素人の小僧の言葉に従う形になるのが、自尊心を大きく傷つけた。
――だが、これ以上は。
「……いたずらに被害を出すのみ、か」
もはや装甲艦は、その戦艦の通りに破壊された。
とはいえいま撤退すれば、これ以上の人的被害は抑えられる。
コランダムは、決断を下した。
「撤退! 撤退せよッ!」
装甲艦はゆっくりと旋回し、湾口の方へと向きを変えた。その間にも多くの砲弾が当たる。
装甲艦はそのまま湾内から脱出した。
多くの資金を投入したトルターガ島奪還作戦は、失敗に終わった。
死者が出なかったことは、不幸中の幸いだった。




