39話
たった今耳にした、トルターガ島奪還作戦。しかしこのままでは、失敗することは目に見えている。
だがどうしたものか。懸念やら何やらを、口を出していいものだろうか? それも部外者の、ただの子供が、だ。
とはいえ当事者であるコランダム自身が問題を認識しないことには対策のしようがない。ルシオはあくまでも部外者に過ぎず、手出しをすることは叶わないのだから。
(――見て見ぬふりはできない、な)
ルシオは立ち上がりコランダムの座るテーブルまで足を運ぶと、「横から失礼」と口を開いた。
「その装甲艦というのは、どれほどの大きさなんだ?」
コランダムは、不意に話し掛けてきたルシオに目を向けた。不審がるような反応ではない。ただ単に、軍事に興味を持つ子供が話し掛けてきただけだととらえたらしく、ルシオを見ながら応じた。
「聞いて驚け、坊主! こいつは世界最大の装甲艦なんだ――大きさはなんと307フィート(93メートル)だ!」
「307フィート……か。随分大きいな」
建築にするとどれくらいだろうか?
1階3メートルだと考えると……31階建てか。もはや想像できるレベルを超えている。
確かに300フィート前後の装甲艦は時折開発されているし、実戦投入もされている。故に非現実的ではないにしろ、コランダムが言う通り『世界最大』という謳い文句は伊達ではなかろう。
「そしてこの装甲艦にはな。実に多くの『アームストロガノフ砲』を搭載しているのだ!」
アームストロガノフ砲。
王国歴1854年に、アームストロガノフという男が開発した火砲である。現在では最もメジャーな大砲だ。そして射程距離が長く、威力も凄まじい、という特徴を持つ。
近年では威力が重視されるようになり、どんどん大口径化しつつある。今回の装甲艦に積まれているアームストロガノフ砲というのも、例に漏れずその類だろう。
そんなものが山のように積まれている、世界最大の装甲艦。――どれほどの予算が注ぎ込まれているのだろうか。
使用人出身であり、軍事には疎いルシオではあるが、少なくとも国家がこの作戦に本気だということだけは伝わってきた。
どうやらこのディアマンテ王国は、というより国王陛下は、何としてもトルターガ島を海賊から取り返したいらしい。
「なるほど、装甲艦の威力は相当なものだろうな」
ルシオが呟けば、コランダムは「当然だ」と高笑いした。
「この装甲艦にかかれば、巨大なスクリュー船も大型帆船も、たちまち海の藻屑と化すだろう」
そして、とこう付け加えた。
「――勿論、トルターガ島にある海賊めの拠点もな」
――トルターガ島の話になった。
ルシオはここで、本題を切り出すことにした。
「しかし、聞く限りはその装甲艦は相当な大きさのようだな。狭いトルターガ島の湾に入るのか?」
ルシオの言わんとしていることを察し切れず、難癖をつけられたような気分にでもなったのだろう、コランダムは顔を硬らせた。
そんな彼に、ルシオは小脇に抱えていた新聞を開くと、自身が先程見ていた新聞の地図を見せつける。
「トルターガ島の周囲は、崖と岩だ。そうなれば当然、その装甲艦は唯一の湾から入り、そこから攻撃を仕掛けることになるだろう。だが」
ルシオは地図の下に記されているスケールバーを指し示した。
「湾内の大きさはせいぜい1000ヤード(約1キロメートル)……その装甲艦10個分程度の広さしかないぞ」
ルシオの指摘に――コランダムの額に青筋が浮かんだ。
「小僧。おまえの質問はこうだったな――『装甲艦がトルターガ島の湾に入るのか』と」
コランダムはつい、とルシオを指差した。
「いま、おまえ自身が答えを出しただろう。湾内には装甲艦10個分入る、と! だから答えはイエスだ!」
「そういう意味ではない、充分な機動性を確保できるのかと聞いている」
ルシオは眉を寄せた。素人の自分にでも思い当たることが、この軍人であるこの男にはわからないというのだろうか。
「狭い湾内では移動できるスペースが限られている。その上、潮流も強い。巨大な装甲艦どなると、移動も操縦も困難だ」
「構わん! 移動や操縦が出来なくとも、届かぬ場所などないほどの射程距離を誇る大砲を積んでいるのだ!」
「攻撃面ではなんとかなるやもしれん。だが反撃されれば、避けることなどできない。それらすべてを食らうことになる。乗船している者は……」
「黙れ!」
機嫌を損ねたコランダムはぴしゃりと言うと、席を立った。
「この装甲艦はトルターガ島奪還のために、最新鋭の技術を集約して開発したものだ!」
「だが――」
「だがも何もない!
この作戦を変えるつもりはない!
素人のガキが口を挟みおって!」
軍人たるコランダムの気迫に、ルシオは気圧された。聞く耳を持ってもらえない以上、更に言い募ることは流石にできず、ルシオはただ黙るしかなかった。
(――ああ、失敗した)
――コランダムに、この作戦の問題点を気付かせることはできなかった。
だがこのままでは多くの犠牲が出るであろうことが目に見えている以上、ルシオはこれだけは言っておかねばならなかった。
ルシオは立ち去ろうとするコランダムの進路を塞ぐように立ち塞がった。
「……一つだけ、聞いてほしい。
勝機がないとわかったときは、乗組員の命を最優先に考えてくれ」
「勝機がない、だと?
何を縁起でもないことをッ!
たわけ、これ以上話しかけるでない! 不快だ!」
コランダムは、セキエイに差し出された領収証を引ったくるように奪い取ると、ドン、とルシオにぶつかり、店を出て行った。
ルシオは閉まる扉をただ見つめることしかできなかった。
――視線を感じる。
セキエイとヴィネアが心配そうにこちらを見ていることに気が付いたルシオは、二人のほうへと振り向いた。
「……俺が余計なことを言ったらしい」
ルシオはセキエイに向けて謝った。
「貴様の客を怒らせた。申し訳ない」
「いえ」
セキエイとしても、ルシオが何らかの懸念があって口を開いたてあろうことは予想していた為に、ルシオを責めるようなことは言わずに一定の理解を示したのだった。
ルシオはコランダムが去って行った扉の方を見つめた。そして一言、心からの願いを呟いた。
「……誰も死ななければいいが」




