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38話

「武器が欲しい」


 挨拶もそこそこに、ルシオは久々に会った鍛治職人――セキエイに要望を告げた。


「あくまでも『護身用』の武器ですわよ」


 と横からヴィネアが口を挟む。

 ルシオは困ったように肩を竦めた後に頷いた。


「……わかっている。攻撃用ではなく、あくまでも『護身用』の武器だ」


 ヴィネアといいアズリエルといい、同じことを心配しているらしい。ルシオが力を手にすれば、護身ではなく攻撃に使うと思っているのだ。


 二人のそんな会話を聞いていたセキエイは『護身』という言葉に心当たりがあり、苦々しく口を開いた。


「お聞きしました。少し前に誘拐に遭われたとか……ご無事で何よりです」


 誘拐の件については、息子であるイヅナ経由で聞いたのだろう。


「剣などはございますが、護身用にと常に持ち歩くわけにもいきますまい」


 セキエイの言うことももっともであろう。警察や護衛でもないのに、普段の日常生活において剣を持ち歩いているような人間はそうそういない。

 ならばとルシオは提案する。


「仕込み杖はどうだ?」


 仕込み杖。一見、紳士が持つ至極一般的なステッキだが、剣として使えるよう細工が為されている道具のことだ。

 が、セキエイはあまり良い顔はしなかった。


「剣のご経験は」


 セキエイに問われルシオは言い淀んだ。


「……ない」


「であれば、お勧めはできません。あなたの方がお怪我をされてしまいます」


 しかしアズリエルに断られ、その上セキエイにも断られれば、『身を守る術を身につける』というルシオの目的は頓挫することになりかねない。

 諦めるしかないのだろうか、という考えが頭をよぎったとき、セキエイが棚をがさごそと探り、冊子を取り出した。


「ですが息子の友人であり、恩人でもある貴方の身に万一があれば、私としても困ります」


 冊子の表紙に書かれている文字を見る限り、セキエイが手にしているのは武器の設計図らしい。


「手立てを考えますゆえ、少々お待ちください」


 ルシオは「さすがだ」とぱっと顔を輝かせた。武器と武術に精通した男。やはり、セキエイに頼んで正解だった。


 ルシオとヴィネアは、客の待機用にと据えてあるのだろう、刃物店の隅に鎮座しているソファに案内され腰を落ち着けた。

 ソファには客が退屈しないようにするためか、ソファの隣のテーブルに新聞が置いてあった。労働者階級向けの大衆紙『デイリー・ロンド』である。


 ルシオが暇つぶしにと新聞を手に取り開いたときだった。

 キイ、と少し錆びた蝶番の音がした。店への来客であった。セキエイが顔を上げて、そちらに視線をやった。


「おや。いらっしゃいませ、コランダム様」


 セキエイは手にしていた冊子を作業台に置くと、たった今店内に入ってきた客――コランダムというらしい――の方へと歩み寄った。

 セキエイの姿を見るなり、コランダムは「ああ」と短く返答した。


「注文していた剣100本はどうだ?」


「もう出来ております。配送済みですので、明日あたりには軍に届くかと」


「そうか。毎度助かるぞ。

 ああそうだ、領収証を作成してくれ」


「はい。少々お待ちを」


 コランダムは、凛々しい顔立ちの中年男性だった。袖に数本の線が入った黒いフロックコートを見る限り、海軍士官らしい。

 イヅナをニュージェイド学校に推薦したのは軍関係の人間であると聞いているが、もしかしたらそれはこの男のことかもしれないな、とルシオは思う。


 コランダムは店のソファ――ルシオより少し離れたところにある――に腰を下ろして、セキエイに世間話をし始めた。


「国王陛下に命じられてな。これから我々の軍は、海賊に占拠されたトルターガ島の奪還に向かう予定だ。おまえの剣が良い働きをしてくれることを期待している」


 タイムリーだな、とルシオは思った。

 ちょうどいま開いている新聞に、海賊問題の記事が出ていたのだ。挿絵としてトルターガ島の地図が描かれてあり、目を引く。


 この記事曰く。

 なんでも、この島付近にカーネリアン王国とディアマンテ王国間の貿易船が通る航路があり、海賊にとってこの島は貿易船を襲うに際して良い拠点になる、とのことだった。


 と、暇でもしていたのか、隣に座るヴィネアが新聞を覗き込んできた。ルシオはヴィネアにも見えるようにと、新聞をテーブルに広げてやる。

 ヴィネアはその新聞記事に目を落としつつ、ルシオに耳打ちをした。


「トルターガ島には、二年ほど前に海賊たちが入植し始めたんだそうですわよ」


「二年前?」


「ええ。その頃に貿易船の航路が開拓されて、近くにあったトルターガ島が発見されたらしいですわ」


「で、貿易船を狙った海賊もまた島を見つけて拠点にした……と」


「恐らくは、そういうことでしょうね」


 ヴィネアの補足に、ルシオはなるほどと頷いた。


「随分と詳しいな?」


 ヴィネアは記憶を手繰るように天井に目をやった。


「トルターガ島は、我がオパール領に近い物出して。そのニュースを耳にした当時、領主の父と一緒に海に異常がないか船で見回ったものですわ。まあ結局、オパール領には特に影響ありませんでしたけど」


「ほう」


 と、コランダムがまた話を続け始めた。ルシオは記事に視線を落としつつ、コランダムの話に聞き耳を立てる。


「でかい装甲艦ができたんだ。そいつでトルターガ島に乗り込んでいって、ドカンとやろうと思ってな」


 ルシオは新聞のその地図を見て――眉を寄せた。

 周囲は岩と崖。唯一ある湾は狭く、スケールバーを見る限り湾内が1000ヤード(約1キロメートル)程度しかない。湾内に通じる湾口に至ってはそれ以下だ。


 そのとき。

 ――ルシオの脳内に、文章が浮かんだ。


『その巨大な装甲艦の威力は凄まじいものだった。武官は多大なる希望を込め、トルターガ島奪還にこの装甲艦を投入した。


 しかし、島唯一の湾はあまりにも小さすぎた。

 果たして身動きが取れなくなった装甲艦は、海賊たちの攻撃から逃れることができなかった。武官はただ乗組員が倒され、船体が破損していくのを傍観するより他なかった。


 結局このトルターガ島奪還作戦は失敗に終わり、多大な損失と犠牲者、そして士気の低下を招いただけであった。』


(思い出した)


 ――この作戦について書かれた、前世で読んだ物語の一節を。


(このまま放ってはおけん。多大な犠牲が出る)

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